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第4話 さっさとデートに連れて行け!
デビュタントの日から5日経った。
脳内にかかっていたモヤが晴れてスッキリした様な感覚に、アスセーナはベッドの上で大きなため息をついた。発情期が終わったのだ。
昨晩も激しくまぐわってしまったために身体はあちこち痛むし、この4日間で首や胸元には夥しい数のキスマークが散らばるようになってしまった。
そしてなにより、うなじに消えない跡を刻み付けられた事が一番変わってしまったことではないだろうか。
「フランメ、発情期、終わったみたい。」
「そうだな、かなり匂いが薄くなったし…あとは妊娠してないか念のため検査しような。」
本来ならさっさと妊娠してしまえば子供を産むまでは発情期とおさらばできるのだが、まだ幼い身体で無理矢理産ませるのはこの男の望まないところなのだという。
妊娠適齢期まであと2年…それまではこんな風に発情するたびに激しく求め合うことになるのかと、アスセーナは顔を真っ赤に染め上げた。
「どうした?そんな真っ赤になって…。」
「ん…、私、きっかり毎月くるんだが、その、毎回これで大丈夫かな、と…。」
指先で頬を撫でられると胸がきゅんと締め付けられる。発情してなくても、この甘やかしてくれるような仕草には弱いかもしれない。
「……、ま、毎回こんなに激しいと確かに困る、よな…。」
フランメの視線が首筋に集中していることに気がついて何を見ているんだと目線を合わせると、ばっと目線を逸らして顔を赤くするものだから、釣られて目を逸らしてしまった。
「…検査の前に、今日はゆっくりデートでもしようか。」
この13も歳上の恋人とのデート…。思わず素敵なエスコートを期待してしまってうっとりとその顔を見上げた。
のだが。
「ひぃ!?なんだこのジャケット刺繍まみれじゃないか…!?」
「カフス、これ、え、本物のダイヤ…?」
そもそもがデートに来ていく服すらないとは!
アスセーナは今、彼の家…フェメニーノ家御用達のサロンにありったけの男性物を持ち込ませあれでもないこれでもないと試着させているところだった。
「顔が派手だから大きい装飾は逆に邪魔だな。おい、そのベルベットのやつを寄越せ。」
「はいお嬢様。」
侍女のレジーに手渡されたジャケットは深紅の生地にそれより少し暗い色で全面装飾の入った、(それまでのものと比べれば)控えめなデザインだった。
「……、これ、サイズ直すのにどのくらい時間がかかる?」
「はい、急げば明日の午前にはご納品できるかと!」
ハキハキと答えるのはサロンからやってきたアルファ女性だ。本人が着ている服もかなり凝った刺繍が施されていて、この店の歩く看板となっているようだ。
「よし、ではついでにこのジャケットをベースに新しいデザインのものを10点頼む。」
「かしこまりました…!」
とんとん拍子で話が進んでいくが、営業にアルファが来るほどの店だ。服1着がどれだけの値段なのか想像するのすら恐ろしくて、フランメは目眩がした。
「ま、待ってくださいアスセーナ様!俺は服なんて着れればいいですから10着もいりません!」
「安物の服で並んで私に恥をかかせるつもりか?本当は既製品を買うのも嫌なんだぞ!」
「うぅっ!!」
金銭感覚がまるで違う!とフランメは口を噤むしかなかった。相手は侯爵家、対してこちらは成り上がったばかりの伯爵家だ。それも去年までは一般家庭だったので、サロンで買い物なんてしたことすらなかった。
パーティー用の燕尾服だって、父のものではサイズが合わないからと親戚中に探し回ってもらってやっと借り受けたものだ。
それがいきなり上流社会で流行っているデザインの高級品を10着もだって!?
「旦那様には早くこの感覚に慣れてもらわなくてはな!うちに婿入りするんだから!」
嬉々として抱きついてくるアスセーナは、単純に好きな男を自分好みに着飾れるのを喜んでいるらしい。
これは、流行にも貴族並みの金銭感覚もきちんとある彼の好きにさせておけば、後は自分は黙っておくだけで良いのではないか…とフランメは考えることをやめた。
後々アスセーナに私のドレスを選んでとせがまれて苦しむ話は、すぐそこの未来のことである。
その日のデートの内容は、服装を気にしてなくてもいいからと、アスセーナが邸宅の前に広がる庭を案内することになった。
「ほら、あの温室の中に私のお気に入りの場所があってな、そこには…んん、一緒に見た方がいいな!」
侯爵家の庭園は広い。
1年を通して安定した気候のおかげで温室の外でも色とりどりの花が咲き誇っていたが、特にお気に入りの花はそんなに大事に育てなければならないものなのだろうか。
ガラス張りの温室の中は、外よりも少しだけひんやりとしていた。
中に咲いていたのはーー
「す、ごい…!これ全部蘭か!?」
「ふふ、うちの主力商品なんだ。郊外の研究所も兼ねてる栽培施設で品種改良を重ねて、あぁ、これが今年の新作。」
温室の中央にまるでスポットライトを浴びているかのように大きく咲き誇る蘭。カトレアと呼ばれるその品種が貴族たちの間で大きな賑わいを見せているのは聞き及んでいたが、それがこんなにも美しいのものだとは。
薄い紫の手足を伸ばしたようなしなやかなな花弁、その下の部分だけが燃えあがる恋のような濃い桃色に染まっていて、それはドレスの裾が広がっているようにも見える。美しい貴婦人のような花だった。
「アスセーナに、そっくりだな…。」
「あら、私の名前の由来は百合なんだが。」
「へぇ、そうなのか?でも、…綺麗だ。」
花と私どちらに言っているんだかと、どちらにも手を伸ばす浮気者にアスセーナはクスクスと笑い声を上げた。
この家の次男の成人を記念するために交配を繰り返して産まれてきたその花は、その彼の出会った運命との出会いを祝福する羽目になってしまって、じっとその甘すぎる空気を耐えていたのだった。
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