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第1話さよならまでのcount down 10
こんな未来が来ることなんて、本当はあの頃の自分は気付いていたのかもしれない、でも信じていたくて判っているのに判らないふりをし続けてた。
さよならを言う日が来るのを、本当は判っていたんだ。
柚葉のアパート、日曜日の朝、俺は柚葉と約束していて、まあ、約束の時間より早く来ちゃった、俺がいけないんだよね……。
「また……」
「……向葵、これは! 違くて!」
「何に対しての違う? あ、俺? 俺、柚葉の恋人じゃなかったのかな」
俺、楠木 向葵 は、この目の前で浮気を平然と成し遂げる高屋 柚葉 の恋人として付き合い始めて3年目。付き合い始めてから、1年が経ったある日、柚葉は浮気をするようになった。
「そうじゃない! 向葵は俺の恋人だから!」
「じゃー……、その子誰?」
柚葉の部屋の合鍵は付き合い始めた頃に貰ってるから、俺は出入りの自由が許されている。約束の時間よりも、たかが一時間早く来ただけで……、こんなことになるなら、時間より遅く来れば良かった。
「いや、この子は……、友達で、ごめん、もう帰ってもらっていい?」
柚葉のベッドで一緒に寝入っていた彼は、俺と柚葉の会話で目を覚ましたのか、驚きで目を瞬かせている。毛布から出てきた彼は、上半身を起き上がらせたことにより、上半身に何も身に付けて無いことが判ってしまう。
「え? あ、うん」
行きずりか、継続されてきた関係か……、そんなのを気にしても仕方ないけど、彼は柚葉に言われると、傍に落ちていた服を羽織り、身を整えれば部屋を出ようとこちらに向かってくる。寝室のドアを背にしていた俺の方を横目で流し見ると、彼は申し訳なさそうに一礼をしてきた。そんな礼儀があるくらいなら、こんな行為に付き合うのを止めてほしい……、俺は擦れ違う彼を無言で睨んでしまっていた。
「柚葉は友達と、一緒に布団入ったりするんだね……、上半身裸で」
「ほら……、昨日暑かったから……」
俺はその場を動かずに、言い訳をしてくる柚葉の言葉を何処か冷静に聞いていた。
「今……、春になったばっかりだけど」
「…………ごめん」
「はぁー……」
この毎回繰り返される言い訳に、俺は溜め息を吐く事でしか答える事が出来なかった。
-1-
「……向葵?」
「なに?」
あの後俺は、柚葉をそのままにして、柚葉の部屋のリビングに来ていた。早く柚葉に会いたくて、朝食も取らずに家を出たから、というか柚葉と一緒に朝食を食べようと思って早く来た。それが、全ての間違いだった。
「ごめん」
「それ……、何回目?」
柚葉は上着を羽織るとリビングに顔を見せる、俺の姿を確認すれば安心したような表情を浮かべていた。俺が、そのまま帰ったのかと思ったのだろう……。
「……ごめん」
「もう……、無理なんじゃないかな」
柚葉の部屋は、対面式のキッチン付きリビングと寝室の二部屋。所謂、1LDK。朝食を作るため、キッチンに立っていると、その隣に少しの距離を置き、俺の機嫌を伺ってくる柚葉。何度も聞かされてきた、その“ごめん”という言葉を聞いて、俺は包丁を手にしたまま、小さく返していた。
「そ!? それは……、どういう?」
「だから、柚葉のその浮気癖……、治らないでしょ」
料理をする手元に目線を向けたままで、俺は隣にいる柚葉に言葉を投げ掛ける。
「いや……、もう絶対、二度としないから」
「……それだって何回目だよ」
“ごめん”も“二度としない”という言葉も、柚葉が浮気をするようになってから、この二年間、何度も何度も聞いてきた。
「俺は……、向葵しか好きじゃないから……、それは本当だから」
判ってるんだ、柚葉は。こうやって柚葉の分も朝食を作ってる俺が、本当に柚葉と別れるなんて事が出来ないって事が。
「…………うっ」
「愛してるのは、向葵だけだよ」
それでも俺は、何回も柚葉を信じてしまう。
-2-
「はぁー……」
「向葵? もしかして、また?」
俺の沈んだ気持ちとは裏腹に、今日の天気は春日和の快晴。大学のキャンパスは、講義を受けにきた生徒が行き交っている。四年生に上がった今年、通い慣れた風景も、今や見慣れたものだ。
キャンパス内にある、カフェテラスで、俺と都希つばきは、講義の空き時間を利用してコーヒーを飲んで時間を潰していた。
「あぁ……、まあ」
「柚葉くんも懲りないなー」
坂田 都希 、彼は俺の中学からの親友。俺が唯一、気心を許せる相手。
「どうしたら……、止めてくれるのかな」
「んー……、向葵も浮気してしまえば!」
「都希……」
俺はテラスのテーブルに頬を付け嘆いてしまっていると、都希は俺の頭を撫でながらそう言葉を漏らしてくる。そんな都希に、俺はそのままで目線だけを向ける。
「だって、向葵はモテるんだぞ? そんな浮気性の奴なんか、放っといてたって、他はいっぱい居る。柚葉くんに拘ってるの勿体ない」
「そんなこと、ない」
「向葵は……、結局それだもんなー」
そんなことないよ……、柚葉は浮気だって……、本当は出来る人間じゃないんだ……。
-3-
「向葵! あれ、今、空き時間?」
「あ、柚葉くんだ」
空き時間はいつもこのカフェテラスに居るから、柚葉にはすぐにわかってしまう。別に隠れてるつもりも、避けてるつもりもないけど……。昨日の今日で普通に会いに来ちゃうんだもんな……。
「…………」
昨日は、あれから朝食を食べて、その後に何処かに一緒に出掛けるとか、さっきまで浮気していた部屋に長居することも出来なくて、そのまま俺は家に帰った。
「あーおーいー……、シカトすんなよー」
ここで、普通に笑顔を向けて挨拶出来る程、俺は出来た人間じゃない。俺は顔をテーブルに突っ伏したままで居ると、柚葉はしゃがみ込みテーブルの下から俺の顔を覗き込んでくる。俺は無言のままで、目線を柚葉に向けていた。
「向葵……、明日、講義なかったよな?」
「ないけど、柚葉はあるでしょ?」
明日は、日曜日でもないけど、俺は丁度、講義が何も入っていない。1年生から必死に単位を取っていたら、4年生になってそんな曜日が出来上がっていた。4年生は卒論とか就活とかで忙しいと聞いてたから、1年生のうちから頑張っていた。
「休んでも単位問題ないから」
「サボるの?」
「さ、サボるっていうか……、昨日の埋め合わせしたくて」
柚葉は申し訳なさそうに眉を下げて、小さい声で言葉を漏らしていた。本当……、俺、こういう時の柚葉に弱い。
「…………、なんか奢って」
「!? 奢る! なんでも奢る! そのまま、俺ん家泊まってって!」
「…………その時の気分」
俺が同意すると、柚葉は嬉しそうに俺に抱き付いてきていた。その抱き付かれた柚葉の腕は、大きくて暖かかった。
-4-
「あ、……んん、ん」
「向葵……、大丈夫……か?」
「ん……、うん」
大学の講義が終わった後、約束通りに俺達は夕食を食べに行った。その帰り、俺は何も言わずにいると、手を引かれて柚葉のアパートへと来ていた。
行くとも行かないとも言わなかったけど、柚葉に握られてる手から、柚葉の温もりが伝わってきて、離すことなんて出来なかったんだ。
俺がベッドはやだって言ったら、柚葉は俺の身体を、リビングに置いてあるソファーへと沈めてきた。
昨日、柚葉が他の人を抱いたベッドでだなんて、したくなかったから。
「向葵……、好きだ」
「んん……」
柚葉の手が優しく、俺自身を捕らえる。脱がされたズボンと下着は、無造作にソファーの横へと放られている。
「あ、……んんあ」
柚葉は俺を抱き締めたままで、自身へと愛撫を続けていた。俺の髪を優しく触る柚葉の手付きに、俺はいつも安心感を感じてしまう。その手が他の誰かに同じように触れたと思うと、目頭が熱くなってしまう。
「あ、んん……、ん」
「……向葵、好きだ」
それでも柚葉に触れられれば、俺自身は簡単に形を持ち始めてしまう。
-5-
「ゆず……は、んっ」
俺はクッションを握り締めて、柚葉から与えられる快楽に、目をキツく閉じていた。俺を扱う柚葉の手付きは、俺の反応を見ながら徐々に早められていく。
「向葵……、きもち?」
「んっ、ん……、きも、ちっ」
柚葉から問い掛けられ、俺は首を縦に振り答えるので必死だった。俺が答えると、柚葉に自身への愛撫をさらに激しくされる。自身の先走りが手伝い、柚葉の手の動きはスムーズだった。
「や、んん、あぁ、だめっ」
「向葵……、イッていいよ?」
耳元で柚葉にそう囁かれると、俺の身体は勝手に身震いを起こす。快楽により俺自身は張り詰め、欲望を吐き出したいと熱が渦巻いている。何度も身体を重ねてきたから、柚葉には俺の反応はすぐにバレてしまう。絶頂を促そうと、柚葉は俺自身を激しく擦り上げた。
「や、あぁ、だめっ、イッちゃ……、あぁんん……!」
俺は柚葉の愛撫によって、簡単に達してしまっていた。俺が果てたのを確認すれば、柚葉は俺の白濁の液を自身の指に絡ませていた。絡まった白濁の液を、柚葉はそのまま口許へと運ぶ。それを丁寧に舐めている光景に、俺は息を整えながら眺めていた。
「…………」
「向葵?」
俺は絶頂した脱力感を感じながらも、無意識に柚葉のその手へと腕を伸ばしていた。
「…………はやく」
-6-
「あん、んん、ぁあ」
自分の中に柚葉を感じながら、それでも何処か心の隙間を胸が支配する。
「はぁ、向葵……、きれい」
「んん? あ、ん、あぁ」
俺の上で揺れ動く柚葉の姿、柚葉は俺を力強く抱き締めながら、腰を打ち付けてくる。俺の中を、何度も柚葉自身が行き交う。
「んん、んんっ」
柚葉が小さく言葉を漏らしたかと思ったら、そのまま互いの唇が重なった。こうやって、抱き締められて、キスをされて、抱かれて。身体は快楽の渦の中に居るのに、頭の中は想像をしてしまう。
こうやって、柚葉は他の誰かを抱いたの……?
俺にするように、優しく抱き締めたの……?
考えたくないのに、考えてしまう。俺は柚葉を離したくなくて、柚葉の背中に腕を回した。キツく抱き締め、しがみついて、柚葉が離れていかないように。
「はぁ、あ、んん、ゆず、は」
「向葵……、愛してるよ」
柚葉に愛してると言われて、俺は涙が流れた。その涙を誤魔化すために、俺は柚葉の首元へと顔を埋めた。そんな俺を柚葉は、髪質を確かめているかのように撫でてきていた。
「あ、……ん、はぁ、あぁ、ひぅ」
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行為が終わった後、俺達はそのままソファーに横になった。ソファーの膝掛けを枕にして、横向きに寝ている柚葉。柚葉の腕は俺の頭の下にあり、狭いソファーから落ちないように、身体は密着させていた。
柚葉の胸に顔を埋め、柚葉の鼓動の音を耳にする。静かに動く柚葉の鼓動は、規則正しく奏でられていた。
「うっ……ん」
寝ようと思っても、寝ることが出来なくて、目を瞑ると、あの光景が瞼の裏に写し出される。柚葉と他の人が一緒に、ベッドで寝ていた姿。何度も止めて欲しいと言っても、柚葉は同じことを繰り返す。
「…………柚葉」
寝れる事なんて出来ないから、俺は柚葉の腕の中から出る事にした。柚葉が寝ているソファーの、今まで俺が寝ていた箇所に腰を下ろす。俺が居なくなった事で温もりがなくなったからか、柚葉は寝惚けながらも手探りで存在を探す。
「んー、……向葵?」
微かに瞼が揺れて、俺の名を呼ぶ柚葉。ソファーのクッションを、俺は身代わりに柚葉の胸元へと埋めると、柚葉はそれを抱き締めていた。
「柚葉……」
俺は、柚葉の頬へと唇を寄せる。唇を離すと、柚葉は寝ながらも頬を緩ませて笑みを浮かべていた。
「俺が愛してるのは向葵だけだから」
何度も聞いた柚葉の言葉が、頭の中を木霊すれば、俺の頬には滴が流れ落ちた。
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俺は脱衣所で、洗面台に向かい鏡に目線を向ける。鏡の中には、酷く歪んだ表情の自分の姿。その姿を目にして、俺は首を激しく左右に振ってしまった。
「はぁー……」
柚葉を信じたいんだ、今度は信じさせてよ。なんで、何回も繰り返すの……。嫌いになりたくない、でも嫌いになって楽になりたい。好きなまま、信じていたい。
「んん……」
俺は止め処なく溢れる涙を抑えるため、洗面台の蛇口を捻る。静かな部屋で、水音だけが鳴り響いていた。俺は両手で、それを掬った。手のひらの中に、集まる水の雫、それは酷く冷たかった。冷たいままで、何度も顔を濯いだ。
濯いでも濯いでも、涙は溢れ出て、留まる事を知らない。枯れるまで泣いたら、もう明日から泣くことは、なくなるんだろうか……。
「んん……、ふぅ……ん、ひっ」
水音が耳に届いてくる中、俺は止まらない涙を流し続けた。
「…………向葵?」
脱衣所の扉が静かに動き、その音に気付いてそちらに目線を向けると、そこには柚葉が居た。
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「向葵……、ごめん。泣くなよ」
柚葉は、そのまま俺に腕を伸ばす。その腕から俺は避けて後退って、その距離を作る。
「んっ、ん」
それでも、一度溢れた涙は止める事が出来なくて、言葉も発する事が出来なかった。後退っても狭い脱衣所では、行き場を失う。柚葉に腕を引かれて、力強く抱き締められた。
「もう、絶対泣かせたりしないから」
「んっ……」
溢れる涙が柚葉に見られないように、俺は顔を両手で覆っているが、鼻をすすっているから、柚葉にはもう気付かれてる。そんな俺を落ち着かせてくれるように、柚葉は背中をゆっくりと撫でてくる。
「好きだよ……、向葵」
包み込むように抱き締められ、耳元に響く柚葉の言葉を聞くと、嘘の様に俺の涙は止まってくれた。
「……、絶対、もうやだから」
俺は息を吐くように、小さい声で言葉を告げていた。
「うん、約束するから」
それでも、柚葉は俺の言葉を聞き取って、そう優しい口調で返してくる。俺は柚葉の背中に腕を回して、抱き付いていた。
「柚葉……、好き」
「向葵、ありがとう」
今度は信じてもいいよね……、柚葉。
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