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第13話: good-bye DAYS
大学を卒業して、あれから5年の月日が流れた。俺は卒業後、解離性障害を抱えて就職する事を不安に思い、専門学校へと進学する。ただ、専門学校へと通うのも、両親に悪いので、美容師の資格を取るため、勉学に励んだ。
5年も解離性障害と向き合っていると、自然とそんな生活にも慣れ、しっかりと完治をしたわけではないけれど、就職する事を不安に感じる事もなくなり、なんとか、一つの美容室へと就職する事が出来た。
関東地方にだけある、小さなチェーン店の美容室。そこで俺は、就職してから、3年目を迎える。
「いらっしゃいませ、ご予約ですか?」
「はい、11時に予約した相原です」
「相原様ですね、こちらで少々お待ち下さいませ」
ベテランまではいかないけれども、対面での接客にも慣れてきて、大学時代の自分のように、極度な人見知りをする事もなくなった。そこは、多分、もう一人の自分のお陰かも知れない。
「時任くん、予約のお客様お願いします」
「はい、楠木さん、ありがとうございます」
今や、後輩も出来て、教わる立場から、教える立場へと代わって来ている。
予約で訪れたお客様を、後輩の時任 叶羽(ときとう かなう)くんへと任せ、俺は再び入り口にある受付の席へと座る。時任くんは、俺が就職して2年目の時に、入社してきた子で、始めて俺が教育係を任された後輩だった。時任くんの接客は、お客様を楽しませる事に長けていて、指名してくるお客様が多い。今のお客様も、指名してきたお客様の一人、常連さんだ。
そんな、接客をしている時任くんに目線を送り、入社した頃の時任くんや、自分が入社したばかりの新人時代を、ふと思い浮かべていた。
そんな時、店の電話音が鳴り響く。その音に俺は、ハッと我に返り、その受話器を急いで取り上げた。
「お電話ありがとうございます、ヘアサロン ネネの楠木が承ります」
受話器を耳に宛て、一息、深呼吸をしてから、ゆっくりとした口調で、よそ行きの声音で言い告げる。
「はい、ご予約ですね、いつがよろしいですか?」
受話器越しの相手は、予約の申込みのお客様。そんな電話はいつもの事で、直ぐに対応出来るように、電話機の側に置いてあるパソコンへと、目線を移す。その画面には、予約表が映されていた。
「6月22日……」
受話器越しから、耳に届いた日付けを、俺は思わず、小さく繰り返してしまった。パソコンの画面のその日付けの欄から、俺は目線が離せなくなり、通話中にも関わらず、暫く無言になってしまう。
「あ、いえ、大丈夫です。6月22日の10時ですね、お待ちしております」
俺が、無言になってしまったから、電話先の相手は不審に思ったのか、何度もその日で大丈夫なのか、問い掛けてきていた。慌てて俺は、予約を受け付けて、通話を終わらせる。
相手が通話を切るのを確認してから、ゆっくり受話器を置いた。
予約を受けたその日付け、……それは………、6月22日は……、柚葉の誕生日。
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パソコン画面を見ながら、今受けた予約を打ち込む。打ち込みながらも、目線は、何度も6月22日の文字を見てしまう。
誕生日……、ちゃんと祝ってあげれたことなかったな……。
付き合ってる時は、柚葉の誕生日は、殆ど平日で、大学の講義があったりで、俺はそっちを優先させてしまっていた。もちろん、誕生日を忘れた事はないけど、おめでとうも、ちゃんと言ったけど。何かをしてあげたって事はなかった。
あの頃は、大学卒業したら……とか、講義がなければ……とか、来年はちゃんと祝ってあげようとか、旅行に行こうとか考えてたけど。来年は必ずしも、一緒に居れるわけじゃないんだね………。その時、その時を大事にしたら良かった。
この日付けが大事なもので、この日付けを見ただけで、こんなにも悲しく切ないものになるなんて、あの時は考えたこともなかったと、大学卒業してから、毎年思ってしまう。過ぎてしまった過去は、取り返せないんだね……。
毎年の事だけど、柚葉の誕生日が近付くと、俺はいつも、こんな気持ちになってしまう。目頭が熱くなってきて、俺は俯いて、流れそうな涙をなんとか堪えていた。
「楠木さーん、…………え? 楠木さん?」
突如、時任くんに、声を掛けられ、泣きそうなのを誤魔化そうと、両手で顔を覆い、溢れそうになっていた涙を拭った。
「あ、なんでもない……、どうしたの? 時任くん」
「……大丈夫ですか? 楠木さん」
それでも、誤魔化しきれてなく、時任くんは、俺を見て、驚きの表情を浮かべている。
「ごめん、ちょっと、思い出しちゃっただけ……」
心配かけまいと、俺は、なるべくの笑みを浮かべるも、時任くんの困惑の表情は崩れる事はなく。
「…………辛い事でもあったんですか?」
「んーん、昔の事思い出しただけだから、大丈夫」
困惑と心配気な面持ちが入り乱れる時任くんの表情が、視界に写り、俺は申し訳なくなり、そう答えると、時任くんは、暫く俺を見たままで無言になる。
「…………、楠木さん、今日呑みに行きましょう」
「…………え?」
そう告げると、時任くんは受付に予約の空きを確認しに来たのか、予約表の映る、パソコン画面を一度確認すれば、再び接客へと戻って行った。
-2-
お店を閉店させると、時任くんは言葉の通りに、俺をとある居酒屋へと連れてきてくれた。
「……ごめんなさい」
ただ、時任くんは、居酒屋の個室で、席に座ると謝罪の言葉を述べる。
「謝らなくていいよ」
その様子に俺は、思わず笑みが溢れてしまう。
何故ならば、店の閉店作業を二人でしている中、時任くんは、一人の人物に連絡を取っていた。その人物は、時任くんが高校時代からお付き合いをしている彼氏。今現在は、同棲中である。その彼氏に、帰りが遅くなると連絡を入れていたのだが……。
「折角、二人で呑もうと思ったのに……、あのバカ南飛」
「いいじゃないの、仲良しで」
「だって、昨日は、今日会社で飲み会あるって言うから……、俺も呑みに行くって言ったらこれだ……」
そう、その彼氏こと、花沢 南飛(はなざわみなと)くんは、会社の飲み会を断り、俺たちと一緒に飲みに行くと言い出した、らしい。
「花沢くんは時任くんが大好きなんだよね」
なんだから、その仲良さとかに、俺は微笑ましく思い、笑みが溢れてしまっていた。何度か時任くんから、彼氏の話を聞いたり、お店の歓送迎会とかで、迎えに来ているのを見掛けたりと、彼氏の存在は知っていた。
「でも、あいつはヘタレですから」
時任くんは、席に用意されているメニュー表に手を伸ばしながら、そんな事を述べてくるから、俺は思わずといった調子で、時任くんへと目線を向けてしまう。
「ヘタレって……」
彼氏の事を平然と'ヘタレ'と断言している時任くんの顔は、冗談でもなく、真剣そのもので。
うん、今からそのヘタレな彼氏に会うんだけど、俺、どういう態度とったらいいかな………。
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「ヘタレですよ、ヘタレ、聞きます? 俺達の馴れ初め」
それでも、時任くんは言い続けていたけれど、真剣に言ってるけど、なんか、その奥に愛情を感じるな……。
「あ、聞きたいかも」
メニュー表に目線を向けていた時任くんは、そう言葉を繋げ、俺に目線を変えて問いかけてくる。時任くんとこういった恋愛的な話をするのは、初めてかもしれない。
「あいつが失恋したから、身体で慰めてあげてたんです」
「え?」
そう思いながら答えたが、時任くんから耳に届いた言葉は、俺には想像を超えるものだった。思わず声を出しちゃったじゃん……、俺。馴れ初めとかは、うん、人それぞれだけど………、しかも、時任くんの馴れ初めを言った時の表情も、突っ込みを入れたいけど。なんで、そんな嬉しそうに言ってるの………。
「なんか……、その言い方だと凄い誤解招くから……叶羽」
どう返していいか判らないで居ると、店員に調度案内されて、個室に入ってきた、その馴れ初めの相手の彼氏、花沢くんが呆れた表情を浮かべて突っ込みを入れてくれた。
「…………、本当に飲み会良かったのかよ」
その声に気付いた時任くんは、花沢くんへと目線を向けると、来てくれた事に嬉しそうにしつつも、言葉は裏腹に悪態をついている。時任くんって、ちょっと素直じゃない?
「叶羽と呑みたくなったから、仕方ないだろ」
「何が仕方ないのか、全く意味がわかんねー」
そんな時任くんに慣れているのだろう花沢くんは、さすが商社マンと言えるスーツ姿で、背広を脱ぐと壁のハンガーへと掛けて、奥に座っている時任くんの隣へと席に着けば、既に置かれているお冷を一口飲み言い告げている。
「いつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ、時任くんにはいつも助けてもらってて」
お冷で喉を潤せば、俺へと目線を向けて、軽く頭を下げながら、挨拶をされたので、俺も頭を下げて答えていた。
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軽く注文を終えると、小鉢が人数分運ばれてきて、それを受け取りそれぞれの前へと置く。時任くんは、席の側にある割り箸を、それぞれへと手渡していた。
「ちゃんとやれてます? 叶羽、すぐ顔に出るから接客とか大丈夫なんです?」
「…………南飛の前じゃないと、俺別にそんなにすぐ怒らないし」
そんな途中に花沢くんが俺に問い掛けるから、時任くんは割り箸で花沢くんの頭を軽く叩いていた。
「え? なんで俺だけ……」
叩かれても気にした様子もなく、その割り箸を受け取りながらも、驚いたように問い掛けている。
「腹立つ事すぐするからだろ」
目の前で繰り返されているその二人の様子を見ていたけど、二人のやり取りはなんだか、俺の気持ちも和ませた。
「ふふふ」
思わず笑ってしまうと、二人は会話を辞めて、俺の方へと目線を向けてから、二人で顔を見合わせていた。
「み、南飛のせいで楠木さんに笑われただろ!」
「お、俺のせいなのか……」
「ご、ごめんなさい、そういうわけじゃなくて、仲良くて微笑ましいなって」
そう二人のやり取りが微笑ましくて、俺の気持ちも和んで、思わず笑ってしまっていた。
「もー……、楠木さんの話聞こうと思ったのに……、あれ、そういえば、連れは?」
そんなこんなしていると、注文したものを店員が運んでくる。その運ばれた品を、個室の入り口に近くに座っている俺は、受け取ってりながらも、時任くんの話を聞こうと思ったの言葉には、'大丈夫'と伝える様に笑いながら首を左右に振った。
「あー、今持ち合わせないから、金下ろしてから来るって」
花沢くんの知り合いも来る事になったというのは、時任くんから居酒屋に来る前に聞いていた。知り合いというよりも、同じ会社の同僚とか言ってたかな……。
「あ……、高屋、来た来た」
注文した品を置いている店員の向こうへと、花沢くんは目線を向けながら、そう言葉を発した。
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花沢くんの言葉が、耳に木霊する。居酒屋の独特な雑音も、俺には全く聞こえなくなっている。
'高屋'という苗字に反応してしまう。柚葉と同じ苗字………、高屋なんて珍しい苗字だから、同じ苗字の人にこの5年遭遇した事はなかった。
「俺……、向葵と、またどっかで出会えるの信じてる。その時まで俺は、向葵の事ずっと好きだから、今度は絶対に裏切ったりしない」
あの時の柚葉の最後の言葉が、頭の中で静かに再生される。苗字を聞いただけで俺は、目頭が熱くなるのを感じていた。
------またどこかで出会えたら。
そんな不確かな希望を口にして、約束したあの時。守りたくても叶えられない約束。さよならと口にした、あの日の希望。
「花沢、悪い遅くなった…………」
俺の耳には、居酒屋の雑音なんて、まったく聞こえてこない。唯一耳に届いたのは、懐かしい柚葉の声だった。店員が品物を置いて個室を立ち去れば、その姿ははっきりと俺の視界に映される。背広を身に纏った少し大人になった柚葉の姿。
「……柚葉」
俺は思わず声を漏らしてしまうと、花沢くんへと向いていた柚葉の視界は、俺へと向けられる。
「え?………、向葵……?」
柚葉は驚きの表情を見せながら、俺の名を呼ぶ。あの懐かしい柚葉の声が、現実に俺の名を呼んだ。思い出の中でしか呼ばれなかった、聞くことの出来なかった柚葉の声が、今、俺の耳へと届く。
「え? なに、知り合い??」
「楠木さん?」
俺達の様子を見ていた時任くんと花沢くんは、事の状態が理解出来ずに俺達へと問い掛けてくる。
「あ、ごめん、うん、大学が一緒だったんだ」
俺は二人にそう説明していた。同僚が来るとは聞いていたが、それがまさか柚葉だったなんて思わなかった。柚葉も柚葉で、俺が居るなんて、想像すらしていなかったのだろう、個室の入り口に居てそこから動こうとしていなかった。
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「俺らの事は気にせずに、ちょっと二人で話したら?」
俺達の様子を見て、何かを察した時任くんは、居酒屋のカウンター席へと移動するように促される。俺達は断りを入れたけれども、時任くんの強引さに負けてしまい。二人でカウンター席へと移動することにした。する事にしたというよりも、移動せざる負えなかったと言った方が正しい。断っていたのにも関わらず、店員を呼んでは、席が空いてるか確認されてしまったので、移動せざる負えない状況になっていた。
「いつ……、戻って来たの?」
「先月の中旬……、本社に転勤になって戻ってきた」
5年経った柚葉は、どこか落ち着いていて、あの頃の自信のない柚葉とは全く違っていた。生ビールの入っているグラスを片手に持ち、何度か揺らしながら、柚葉は俺の問い掛けに答えている。
「そ、そうだったんだ……」
話しながらも、俺はどこか緊張してしまっている。話を繋げる事が出来なくて、こんな事しか返す事が出来なかった。
「まさか、花沢の恋人が、向葵の店で働いてるとはな」
会話が途切れてしまっていると、柚葉は話題を出してくれる。
「ん……、うん」
柚葉と話してるのが、夢でも見ているみたいで、上手く言葉が返せない。緊張しているのも相俟って、どうしていいのか判らない。
「……向葵?」
「…………」
柚葉に問い掛けられたけれど、答える事が出来ない。答えたいのに、声が出ない。答えられないのが悲しいのか、会えた事が嬉しいのか、後者の方が強い気がする。俺は、目頭が熱くなり、自然と涙が流れた。
「うわー……、なんで泣いた」
5年間ずっと、忘れなかった。ずっと、ずっと想っていた事、それだけでも伝えたい。
「……会いたかった」
5年前は伝えなくても、伝わってる気でいた。言葉にしなくても、柚葉は判ってくれてると思っていた。そんなの、言わなきゃ判らないのにね。そんな当たり前の事も判らずに、過ごしていた、あの頃。
「………………」
「ごめん、5年も経ってるのに今更だよね」
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会いたかった、そう素直な気持ちを述べると、柚葉は黙り始めてしまう。その沈黙に耐えられなくなり、俺は言葉を小さく声は震えて、それでもなんとか言い告げていた。
「いや……、違う……、気が動転してるというか」
「動転……?」
俯き俺が言うと、柚葉の口からは想像とは別の言葉が出て来た。驚いた俺は俯いていた目線を上げ、柚葉の顔へと目線を向ける。目線を向けると、柚葉はゆっくりと首を左右に揺らしていた。
「向葵が……、綺麗になってるから」
柚葉の表情は、目線を緩め笑みを浮かべている。俺の前髪を軽く指で掬う、そのまま横髪は耳に掛けられた。髪が耳に掛けられると、目線と目線は絡み合う。
「え?」
その柚葉の言葉と行動が予想外過ぎて、目線を泳がせ戸惑っていると、髪を弄るその手は俺の頬へと移動した。
「それに……、最初から」
「最初から?」
移動した柚葉の手が頬をゆっくりと丁寧に撫でてくると、柚葉はその手を離して、自身の胸元を探り始める。その手を俺は、ずっと見てしまっていた。柚葉が何をしたいのか判らずに、その手へと目線を向け続ける。
「……これ」
手元をずっと見ていると柚葉の首元から出てきた、チェーンが視界に入り、そこにはシンプルなデザインのシルバーリングが光っていた。
「あ……」
それは昔、まだ柚葉が浮気を始める前、二人で出掛けた時に一緒に買った、シルバーのペアリング。俺もそれは、ずっと持ってて、今も指にしている。それを柚葉はチェーンにしていたリングを俺に見せながらも、俺の指に光っている指輪をチェーンを持つ手とは逆の手で、人差し指で軽く突いていた。
お酒が入っていたグラスを持つ手は、微かに揺れてしまって、そのまま柚葉その手へと、自身の手を重ねてきた。その手の温もりは、暖かくとても心地良かった。
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柚葉は俺の手を、そのまま握り締めてくる。お互いで目を離さずに、その視線は絡み合う。
「俺と同じ気持ちで居てくれてるって……、思った」
強く握られたその手から、温もりは伝わり、暖かさは心地良い気持ちを持続させる。柚葉の目元は緩み、笑みを浮かべたその顔は、5年前の側に居た頃の事を思い出す。
「うん……、ずっと外さないでいた……、こうしてると、柚葉が傍に居てくれてるみたいで」
ゆっくりとした口調で、俺はそう告げていた。この指輪は、別にお互いで取っておくとか、身につけているとか、そんな事約束したわけじゃなく、ただ、持ってる事で何か安心感があった。それが柚葉も同じだと、嬉しい。
重なり合う手と手で、光ってる指輪は、今までは切なくて、それでもそこにないと不安で、あるだけで柚葉を感じられていた。今は、その指輪が、二人を繋いでくれている気がした。
「…………今日、このまま俺の家、泊まりに来てくれる?」
柚葉は、俺の手を握り締めたまま、少し自信なさげだけど、そう小さく問い掛けてきた。
「明日、仕事が…………」
俺はそんな様子の柚葉を見て、言葉を言い掛けて、途中で止めてしまう。だって、これじゃ、5年前までと一緒。
「美容師じゃ、日曜日も仕事だよな」
柚葉は、俺の言葉を聞き逃していなく、残念そうな表情を浮かべるも、そう言葉を発していた。こうやって、俺は5年前も柚葉に我慢をさせて、不安にさせていたんだ。
「……んーん、大丈夫、行く。ただ明日仕事だから、朝早く出ちゃうけどいい?」
でも、もうあの頃の俺じゃない、同じ過ちは繰り返さない。首を左右に振り、握られてる手を俺は握り返してそう告げていた。
「……いい……、なんなら朝店まで送る、俺の髪切って……」
「……うん」
俺が言うと、柚葉は嬉しそうに笑みを浮かべ、握り返した手に更に力が籠るのを、俺は強く感じていた。
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あの時は、素直に言えなかった言葉を、言おうとしなかった、その言葉を今の俺は告げる事が出来る。
「好き……、大好き」
「俺も、ずっと片時も忘れる事なんてなかった……」
あの時は、お互いでお互いを判ろうとしなかった。
「俺だって……、忘れなかった」
それでも流れた5年の月日は、俺達を変えてくれただろうか。
「向葵……、ありがとう……もう、絶対泣かせたりなんてしないから」
色んな事で泣いた日々も、色んな事で傷付け合った日々も、信じて信じる事の出来なかった日々も、辛くて逃げ出してしまった日々も、忘れたりなんてしてない。忘れたりなんてしたりは、してはいけない。
「ん、俺もいっぱい柚葉に、好きって伝える」
間違いだらけだった、あの日々。傷付け合う事しか出来なかった、あの日々。
「……向葵」
「柚葉……」
それでも、ずっと想い合う事はやめなかった。やめれなかった。やめることなんて、出来なかった。それは、ずっとずっと……。
「ずっと、愛してる」
お互いの愛情の計り方を間違えた、あの頃の自分達じゃ、もうない。伝え方も確認の仕方も、もう間違えたりなんてしない。
あの頃の幼くて愚かだった自分たちに、傷付けあった日々に……、さよなら。
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