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第12話:さよならまでのcount down 0 後編
自分も素直な方ではなかったけど、もう一人の自分は、もっと素直じゃなくて、俺が嫌いになりたい気持ちを押し付けてしまったから、嫌いって気持ちをそのまま受け入れてくれた。でも、柚葉が傷付いた顔を見せると、胸を締め付け苦しんでいた。好きな人のそんな顔、誰も見たいなんて思ってるわけないのに……。あの子にばかり辛い想いをさせて、自分は逃げてるのが許せなかった。嫌いになりたいって想っちゃう俺が居なければ、あの子は柚葉を好きな気持ちを認めるのかなとか思った。そうしてたら、深く眠りについた気がした。本当、長い間、眠っていたような気がする。ただ、夢だけは見ていた、そんな感覚。
「柚葉くん……、黙って居なくなるんじゃなかったのかよ。そのまま北海道行くって言ってたのに……、なんでこんな事に?」
「そのつもりだったんだけど……、会うつもりなかったんだけど、向葵見たら……、止められなくなった」
朦朧とした感覚の中、柚葉と都希の声が聞こえてきて、現実なんだと思えてくる。あの子に起こされた事に、俺は気付いた。
「我慢弱いとこ、相変わらすだな」
「……すみません」
二人の会話は、左右から交互に聞こえてくる。目を開けると、ベッドで横になっている俺を挟んで、二人左右に居て、会話をしていた。
「ん……」
「あ、向葵。 大丈夫?」
目を覚ました俺に気付いた二人は、会話を中断させ、恐る恐るといった調子で問い掛けてくる。
「ん……、ん」
返事を返そうともまだ頭が朦朧としていて、上手く口から言葉を発する事が出来ないでいた。
「……向葵」
朦朧とした中でも、都希の言葉は綺麗過ぎるくらい、ハッキリと頭に入ってきた。そのまま北海道行くって、黙って居なくなるって。
「柚葉……」
視界もまだ定まらないのに、頬を1つの滴が伝っていく。
「え? 向葵!?」
「向葵? 大丈夫?」
1つ滴が流れると、それがきっかけだったように、涙は目から止めどなく溢れてくる。
「柚葉……、居なくなるの? 北海道に……、行くの?」
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俺が問い掛けると、都希と柚葉は目線を合わせ、罰が悪そうに二人とも目線を伏せた。
「都希……、黙って居なくなるってどういう事?」
横になっている上半身を起き上がらせて、俺は横に居た都希の腕の袖を片手で引き寄せる。
「向葵……、ちょっと落ち着いて」
急に上半身を起き上がらせてしまった為か、目眩がしてふらついてしまう。ふらついてる俺に気付いたのか、都希に両方の肩を押されて、静かにベッドに横にされる。俺は目から流れる涙が止まらなく、自身の顔を両腕で覆った。
「あの子が、付き纏わないでって言ったから?」
「向葵? 向葵?」
都希は俺の顔を見ようとしているのか、顔を覆っている腕を掴み揺らしている。
「…………居なくなりたいなら、居なくなればいいじゃん」
「向葵……」
俺がそう言うと、今まで黙っていた柚葉の声が耳に届いてきた。だって、俺達こんな事になったけど、まだ、別れてはない。なのに、勝手に柚葉が決めた事が、悲しかった。話せる状態じゃなかったけど、せめて、なにかしら合っても良かったじゃないか。そう、柊に内定を断ったと知らされるまで、柚葉の事何も知らなかった。
「もう……、いいよ」
揺らされてる腕をそのまま、俺は枕を抱えて顔を埋める。そう、俺は柚葉に言葉を吐き捨てた。
「俺から先に逃げたの向葵だろ!」
俺が吐き捨てると、柚葉から珍しく声を荒げて、言い告げられる。柚葉が声量を上げるのも、荒げるのも珍しい事で、俺は驚いて柚葉の方に顔を向けていた。
「そうだけど……」
柚葉の表情を目にすると、俺は思わず上半身をゆっくりと起こしながら小さく声を漏らしていた。目にした柚葉の表情は、眉間に皺を寄せ、目はつり目がちで、怒りの表情だった。
「柚葉は、ずっと俺の事好きで居てくれると思ってたのに!」
「それこそ、自惚れだろ……」
柚葉の表情で怒ってるのは、見て取れたけど、俺も柚葉に対して言葉を発する事を止める事が出来なかった。今まで不満を口にする事はあっても、お互い感情剥き出しにして言い合う事なんて、したことがなかった。
「そうだよ……、自惚れてたよ、だから何回浮気されても、バカみたいに信じてたんだよ」
「だから、逃げたんだもんな、俺を嫌いだっていう奴残して、好きな恋人に、毎日嫌いだって言われる、こっちの身にもなれよ」
「……嫌いになりたかったんだもん!」
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言葉にしたら、止まらなくなった。今まで言わなくても、伝わっている気で居た。柚葉の事を判ってるつもりでいたし、柚葉も俺の事を判ってるんだと思っていた。
「お、落ち着こうよ……二人とも」
俺達の言い合いを、都希は止めようとしてくれていた。
「もう……、駄目だね、俺達」
「……そうだな、治療……、頑張れよ」
判ってるつもりでいただけで、何も分からなかった。だから、今の俺達が居るんだ。
「柚葉くん!」
最後の言葉を言い捨てて、柚葉が病室を出るのを、都希は引き留めようとしてくれていた。
「……うっ」
「向葵でしょ? 向葵に戻ったよね……、どうして、あんなこと言ったの」
俺は涙が止まらず、顔を両手で覆う。都希は出ていった柚葉を追い掛けずに、俺の傍に留まってくれた。
「だって……、俺の言葉でこれ以上柚葉を傷付けたくない……、あの子の言ったことで、いなくなるの決めたんだろうし……」
言葉にしたら、止まらなくなったのも、事実だけど、さっき柚葉が言うように、恋人に毎日嫌いだと言われ続けるのは、どんなに辛かった事か……。あの子を通して、柚葉を見てきていたから、柚葉がどれだけ傷付いていたか、辛い表情をしてたのか、知っていた。
「向葵……」
「あの子は素直じゃないから……、段々柚葉を傷付けてしまうの……、耐えられなくなってたから」
「そうだな……、不器用な子だもんな」
「俺が嫌いになって楽になりたいの……、押し付けちゃったから」
そして、俺の中のあの子も、柚葉に言葉を投げ掛ける度に、胸を痛めていた。柚葉を嫌いになって楽になりたくて、でも実際には嫌いになんてなれなくて。あの子に全部押し付けて、俺は柚葉からもこの好きだという感情からも逃げ出した。
本当は、俺は柚葉を攻める権利なんてない。柚葉から逃げ出したから、でも、もう逃げちゃだめなんだと思った。ちゃんと言いたいこと言わなきゃだめだと思った。もう、これ以上、二人を傷付けないためにも。
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「あー……、ごめんな、向葵」
「……ん?」
涙が止まるのを、都希は黙って待っていてくれた。やっと落ち着いた頃に、都希は口を開く。
「柚葉くんに黙ってて欲しいって、頼まれたんだけど」
「いなくなること? いいよ、別に大丈夫」
都希は知っているようだったけど、教えてくれなかったのは、柚葉に止められていたということを、なんとなく想像は出来ていたから、俺は素直に首を縦に振り答えた。
「それじゃなくて……、治療」
都希は俺の手を握りながら、ゆっくりとその手のひらを撫で言い告げる。
「治療?」
都希が言いたいことは、俺の想像していた事とは違ったみたいで、都希は首を左右に振り否定の言葉を口にする。
「向葵が解離性障害になったそもそもの原因が、柚葉くんだから……」
確かに、柚葉を嫌いになりたくて、柚葉から逃げたくて、俺はあの子と入れ替わっていた。
「……?」
都希が言ってる事は判ったけど、頭の中での理解にならなく、俺は首を傾げてしまっていた。
「ストレスの原因を取り除かないと、治らないって椛が……」
「え……?」
原因を……、取り除く……?
「それ、柚葉くんに俺言ったんだ……、そしたら、柚葉くん就職先を北海道に志望して、いなくなるつもりだったみたい」
原因は柚葉で、それを取り除かないと治らない。それで、柚葉は傍から居なくなる事を決めた。
「あの子が付き纏わないでって、言ったからじゃないの?」
居なくなる事を決めた理由は、あの子の言葉ではなかったって事……?
「……違う、向葵の治療がうまくいく為に、柚葉くんはいなくなること決めたんだよ」
都希は俺の手を強く握りしめ、そう言葉を告げた。柚葉は俺の為に、俺の病気を治す為に、居なくなる事を決めた。わざわざ内定を蹴ってまで、新たに就活を始めていたんだ。
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俺は、都希の婚約者の椛さんの病院で、身体を休め、体調も戻り、病院を後にした。俺は、その足でとあるアパートへと向かった。早く、伝えなきゃいけないと思ったから。
「……向葵ちゃん、どうしたの」
アパートの部屋のチャイムを鳴らすと、柊くんは玄関のドアを開けた。開けて、部屋へと通そうとしてきたが、俺はそれを首を左右に振り断った。
「柊くん……、ごめん」
「くん……」
君付けをしたことで、柊くんは俺が俺であることに気付いたようだった。
「……柚葉と別れた……」
「……え?」
俺がそう告げると、柊くんは目を見開き、驚きの表情を見せる。
「……あ、でも、ごめん」
「向葵ちゃん、謝り過ぎじゃない?」
謝罪の言葉を口にすると、柊くんは小さく一つ、ため息を吐いた。俺が謝った事で、察してくれているようだった。
「別れたけど……、俺、柚葉が好き……、それ言いに来た」
「……引導渡しに来たって事ね……、向葵ちゃん、残酷だな」
俺は柚葉が好き。好きである自分から、もう逃げない事に決めた。だから、他の人を好きになるつもりはない。この先柚葉とは、もう一緒には居れないけれど、それでも好きである事を止めれない。
「……ごめん」
だから、柊くんに伝えなきゃと思った。いつまでも、柊くんに甘えていてはいけないから……。
俺が、小さく謝罪の言葉を述べると、柊くんは俺の頭をゆっくりと優しく撫でてきた。何も言わずに、頭を撫でながら、柊くんは口角を上げて、笑みを見せてくれている。この一年、この優しい柊くんに何度甘えてきただろうか。正直、あの子は少し柊くんに懐いていた。それでも、あの子の気持ちも俺の気持ちも、柚葉に向いていく。
「柊くん……、ありがとう」
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そして、俺達は、会わないままで卒業式を迎える。
「スーツ新調したの間に合って良かったー」
「前ので良かったのに……」
卒業式の朝、俺は真新しい紺色のスーツを身に纏い、準備をして自宅の居間へと姿を見せると、母親は俺の姿を目にして、開口一番にそう述べた。
「だって、専門入り直すなら、入学式の時にまた着るだろうし」
俺の襟元や、ネクタイの形を整えながら、母は俺の言葉にそう返してきた。父親は、いつものように仕事で、卒業式には来ない。
「……ごめんね、お母さん」
「いいのよ、大学はお母さん達が行くように言ってただけだしね」
ただ、専門に入り直す事を決めた時は、両親揃って話を聞いてくれた。理由はやっぱり、解離性障害を発症させたままでは、就職するには不安があったからだ。
「ん……」
それを打ち明けた時は、母も父もきちんと聞いてくれた。発症させた理由も柚葉の事も全部話したけれど、二人とも偏見を持たずに受け入れてくれた。
「息子が二人出来た気分でお母さん楽しいのよ、二人とも食べ物の好み違うんだもの」
「よく、あんな辛いの食べれるよね」
打ち明けた事で、あの子は自分を両親に隠して、俺を演じる事をしなくなった。
「向葵は昔から苦手だったものね」
「食べてすぐに代わろうとするのは、辞めてほしいけどね」
だから俺は、母にも、父にも、感謝をしている。
「ふふふ、食べるためだけに代わったとか言ってたわね、昨日」
「口の中まだヒリヒリする……」
昨日は、本当、激辛キムチ鍋とか平らげて、満腹だから寝るって、食べるだけ食べて、すぐに代わられた……。まあ、俺も専門の面接試験の時、緊張のあまりに、代わってもらったから、文句言えないんだけどさ……。
治すのは難しいけど、共存し合えてるなら、生活には困難ではないからって、椛先生も今の状態を勧めてくれてる。
「あ、ほら、時間じゃない?」
「わ、本当だ……、いってきます!」
今は、逃げ道だったあの子と、共に共存していて、二人で一人なんだ。もう、逃げ道にはしていない。
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「向葵! お母さんこのまま帰るけど、向葵はどうする?」
「んー……、友達とも少し話したいし、ちょっと寄り道したいから……、ゆっくり帰る」
「ん、判ったわ、先に帰ってるね」
「うん、気をつけて」
卒業式は、型式の様に何事もなく進行された。卒業生と、その保護者と、見送りに来ていた在学生が混み合う中、母は俺を見つけ、声を掛けてくる。俺が対応すると、母は手を振り、大学構内を後にした。
もう来ることがなくなる、この大学構内を俺は最後にゆっくり見て回りたかった。
卒業式を終えると、なんだか、身に染みて、大学生活が思い出される。
大学1年生の時に、柚葉に告白されて、俺も好きになって付き合って。2年生になったら、柚葉は浮気をするようになった。4年生になって俺は、そんな柚葉から逃げた。このキャンパスは、俺達の歴史を、ずっと見てきていた。
でも、俺は、柚葉に出会えたこのキャンパスが大好きだ。
卒業式を行った校舎のある方向から真っ直ぐ足を運ぶと、食堂やコンビニ、カフェレストランがある。このカフェテラスでは、いつもお互いの空き時間に、相手の講義が終わるのを待っていた。都希も交えて、のんびりコーヒーを飲んだりして過ごした。付き合う前は、俺がここに居るのを知っていて、いつも柚葉は来て、俺に好きだの可愛いだのって言っていた。
再び校舎の方へ向かう。校舎へと向かう途中の広場で曲がると、校門へと向かう大通りがある。この大通りで、俺は、柚葉に告白された……。あんな公衆の面前で堂々と告白してくる柚葉は、本当、真っ直ぐに俺に気持ちを伝えてきてた。俺も、あんな風に真っ直ぐに気持ちを伝える事が出来ていたら、俺達の結末は少しは違うものだったのだろうか……。
校門を抜け、最寄り駅への方向とは、逆の道を歩く。車が二台やっとスレ違える程の狭い道路。この道は、キャンパスから柚葉のアパートに続いてる道。在籍中、何度もこの道は通った。一人の時もあれば、柚葉と二人の時もあった。こっそりと、手を繋いで歩いてた。
「……向葵?」
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歩いていると、聞き慣れた声が耳に届き、俺は顔をその方向へと向けた。
「……!?」
思い出を探りながら歩いていて、気付いたら柚葉のアパートの前まで来てた……。声に驚いて顔をむけると、アパートの部屋から柚葉が、ちょうど出てきて、玄関のドアを持ったまま、声を掛けてきた。
「あ、の、ごめん、なんか勝手に……」
なんか、最後に柚葉に会いにきたみたいになってしまった……。言いながら、後退りをしてしまう。柚葉は俺に目線を向けたままで、玄関のドアを閉め、近寄ってきていた。
「…………」
「ご、ごめんね……、会いにきたわけじゃ、なくて、足が勝手に……」
後退りをしながら、柚葉との距離を保つ。何も言ってこない柚葉に対して、勝手に来てしまった事に、申し訳なさを感じ、俺はその場を去ろうと身体の向きを変える。
「ゆ、柚葉?」
去ろうとしたけれど、柚葉は身体の向きを変えた俺を、背後から抱き締めてきた。去ろうとした俺を引き止めてくれたことに、俺は嬉しさを感じていた。
「ごめん……」
柚葉の声を耳元で聞き入れながらも、俺を抱き締める腕の力が増しているのに気付いた。抱き締められている柚葉の腕に、俺は自身の両手を重ねていた。
「……ん、もう引っ越したのかと思ってた……」
抱き締められている柚葉の温もりに、自然と涙が溢れた。
「明日……、引っ越すんだ」
「そ、そうなんだ……」
柚葉の吐息が、耳元すぐ近くで聞こえてくる。その柚葉の吐息が、抱き締められてる温もりが、柚葉の全てが、背中から感じられる。このまま、また、前みたいに何もなかった頃に戻れたらいいのに……。俺は、深く息を飲み込んだ。
「もう離してもいい?」
「あ、うん、ごめん」
息を大きく飲み込み、そう言葉を発すると、柚葉は素直に俺を抱き締めている腕を離した。
「…………」
腕を離され、身体の向きを合わせると、自然と柚葉と目が合った。それでも、お互いに無言だった。無言で居たけど、目線が外される事はなかった。お互いで、ずっと見合っていた。数分しか絶ってないと思う、それでも、この時間は、俺には何時間にも思えた。
「…………」
見つめ合ったままで、俺達の離れていたはずの距離は、互いに詰めていき、気付いた時には、どちらともなく、唇を交わしていた。
「はぁ、はぁ……、柚葉好き……」
蝕むように互いの唇を交わした後、俺は、思わず気持ちを口にしていた。
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言葉を発した俺の顔を見ると、柚葉はきつく俺を抱き締めながら、後頭部に手を回して、ゆっくりと頭を撫でられる。俺は、そのまま、柚葉の肩に顔を埋めた。
「向葵……、いっぱい苦しめてごめんな」
「……柚葉」
柚葉は、俺の頭を撫でながら、そう小さく言葉を口にしていた。
「俺達……、このままじゃ、お互いをダメにしちゃうから」
「…………」
柚葉の言わんとしていることが、判るから、俺は、胸が苦しくなるのを感じる。判っている。このまま、寄りを戻しても、きっと、俺達は、同じことを繰り返す。
「でも、俺、向葵の事は、ずっと好きだから」
「…………俺も」
柚葉は、ハッキリとした口調でそう言い告げてきた。初めて柚葉が俺に告白してきた時と、同じように。俺は、首を縦に振り、頷きながらそう答えていた。俺の声が柚葉に届いたのか、柚葉はゆっくりと抱き締めていた腕を離して、俺の両肩に手を乗せられる。
「ありがとう……、ずっとずっと愛してる」
肩に手を乗せると、柚葉は互いの額同士を触れさせて、笑みを浮かべそう告げてきた。
「柚葉……、ありがとう……」
その笑顔に俺は、何故か涙が溢れた。柚葉の笑顔に答えたいのに、俺は、上手く笑えなかった。
「俺……、向葵と、またどっかで出会えるの信じてる。その時まで俺は、向葵の事ずっと好きだから、今度は絶対に裏切ったりしない」
「また……、会えたら、……今度は、柚葉に好きだっていっぱい伝えたい」
柚葉の言葉が、胸を締め付ける。これで、本当に最後なんだと、実感させられる。柚葉の笑顔に、涙で視界が歪む。願うならば、さよならなんて言いたくなかった。
「…………会いたい、今度は絶対泣かせない」
柚葉は俺の肩から手を退けて、その手で、俺の頭をゆっくりと撫でる。頭を撫でると、柚葉は俺の髪の毛を綺麗に整えた。
「ごめん……、泣きたくないのに……、最後は笑って、いたいのに……」
俺は、自身の涙を腕で拭い、上手く口に出来ない言葉を、必死になって継ぐんでいた。
「いいよ……、ずっと無理させてたから、最後は無理しなくていい。辛いのは俺が引き受ける」
互いの距離を離して、一歩後ろに下がる。
「ありがとう……、柚葉、大好き」
こんな形でしか、俺達は自分の想いを尊重出来ないなんて……、悲しいな。何処かで偶然また再会したら、今度は笑って久し振りって言えたらいい。逃げてばっかりでいた俺、本当にごめん、浮気した事を攻めてばっかりで、柚葉の奥にある不安に気付けなかった。
でも、今はいっぱい泣いてもいいよね。明日からはちゃんと笑って、前を向いて歩いて行くから。
「ん……、向葵、さよなら」
柚葉の“さよなら”の言葉を合図に、俺達は互いに背を向けた。もう振り向かない、互いの“いつか”の約束を胸に。
柚葉……、さよなら。世界で一番、愛した人。
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