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#1 朱雀のα 白虎のΩ

「……はぁ」 牛車に揺られて、もう、どの位時が過ぎただろうか。 ため息も、もう、何十回とついている。 牛車は、嫌いだ。 進みが遅いから、余計なことを考える時間が大いにあるし、牛車に乗るより鹿に跨って、地を駆った方が随分速いし、快適だし。 そういう衝動に駆られつつも。 この現状下、僕はどうすることもできずに、ただジッと牛車に座っているんだ。 まるで、囚人のように。 この苦痛に感じるくらい有り余る時間で、僕はこれから先起こりうるありったけの可能性を頭の中で考えて整理することで、僕の中に芽生えた不安や恐怖を掻き消そうと躍起になっている。 そう、僕は今、唯ならぬ状況下に置かれているんだ。 南国特有の鮮やかな染物でこしらえた、その祖国の民族衣装は、花嫁のために準備されるハズのものなのだが。 何故か、その花嫁衣装に身を包んでいるのは僕で。 牛車に揺られて移動している僕は、遠く離れた異国に輿入れをするということになってしまった。 ………これも、祖国のため。 そして、大好きな………あの人のため。 僕は手をギュッと握りしめて、固く目を閉じる。 まぶたに浮かぶのは、父、母、そして兄弟たち。 大好きな人の……笑顔が、浮かび上がる。 「これも、ミナージュのため、大好きなミナージュの……」 僕の祖国〝朱雀〟は、大陸の南の端っこにある小さな国で、小さな国ながらも金や宝石、石炭が豊富に採掘されるため、国内総生産は大陸の中でも随一を誇る。 ただ、南というあたたかい独特な風土のためか、争い事を好む国民性ではないため、取り巻く強国と貿易や協定を締結してその平和を守っているんだ。 かくいう、僕は。 朱雀の第六王子として、今まで何不自由なく平和にのんびり暮らしていたわけなのだが。 その平和でのんびりした南国の生活に別れをつげ、こうして祖国の平和を守るため、西の国〝白虎〟へ嫁ぐことになった………なってしまったのだ。 ことの発端は、2週間前。 朱雀の国王が、発した一言に起因する。 「西の白虎の第二王子に、我が国から王族の輿入れをとの申し出があったのだが」 朱雀の国王、つまり僕の父は、呼び寄せた子供達の前で渋い顔をして言った。 「白虎の第二王子はアルファと聞く。我が国の王族で姫はおらん。従って、オメガである第五王子のミナージュがその対象となるわけであるが、なぁ」 父は、さらに渋い顔をして兄弟達を見渡す。 そう、僕ら兄弟は、すぐ上のミナージュ以外全員アルファで。 さらにいうなら、このオメガのミナージュが最近〝運命の番〟である宝石商と姻戚関係になってしまったという非常事態と相まって、誰一人対象となる王族がいない、かなりまずい状況に陥ってるのだ。 白虎は大陸の西側のほとんどを領土とした、肥えた大地と商業が盛んな、そして、戦に長けた強国で。 この輿入れが不成立となると、途端に朱雀と白虎の関係は政治的にも経済的にも悪化する。 平和ボケした朱雀なんて、赤子の手を捻るくらい簡単に、白虎に支配されてしまうのは目に見えているから、朱雀の今の現状は非常に芳しくない。 つまり………。 渋い顔をした父が言いたいのは、「兄弟の誰かがオメガと偽り、白虎に輿入れをしろ」と、言うことなんだ。 口には出さない………あくまでも、自ら手を挙げさせる。 バレた時に、「知りませんでした。私たち、関係ないし」を貫くため………誰がの自己犠牲を待っているのだ。 ………なんとなく、視線が痛い。 「シジュでいいだろ?」って言う、父と兄達の無言の推薦と多数決。 確かに、僕はアルファにしては体も小さいし華奢で、ミナージュともなんとなく似ている。 一番下だし、母親の身分も低くて後ろ盾もない。 だからといって、いざ寝台を共にしたらいくらなんでもバレちゃうわけで………。 でも、大好きなミナージュに心配をかけるわけにもいかなくて。 ………そんな、責任重大な任務を仰せつかるには、正直、荷が重過ぎる。 でも、手を……あげないわけには、いかなかった。 「シジュ」 おもむろに父が口を開いて、こんな状況に耐えきれなかった僕は、体を大きく震わせて「はい!」と返事をした。 「シジュ、いってはくれるか」 「………万が一!……万が一、偽りがわかって……オメガでないことが暴露してしまったら………。私は……」 「………シジュ。国のため、考えうるすべてのことをしろ。それがおまえの生きる道だ」 「………承知……しました」 〝国のため、最小にして最善の犠牲になれ〟か。 その日の………。 僕の、これから先の人生と運命が決定したその日に見上げた空は雲ひとつなく、高く澄み切っていて、僕はこの日の空を一生忘れないと、思ったんだ。 そして、今日。 牛車から見える空は、あの日の空にとてもよく似ている。 「大丈夫。大丈夫だよ、きっと」 僕は小さく呟いて、ゆっくり目を開けた。 「シジュ様、まもなく白虎の王都に到着いたします」 従者の声に、僕は身が引き締まる。 この瞬間から………僕の人生が、運命が、一気に回り出した。 朱雀の国のアルファの王子は、オメガと偽って白虎の国の王子に輿入れをして………。 生きるか、死ぬか………の僕の人生が、始まる。 ………ミナージュに、ちゃんと「さよなら」を言っておきたかったな。 ミナージュは僕のすぐ上の兄で、そして王族唯一のオメガだった。 朱雀は温暖な気候に相まって、他の国からするとオメガの人口比率が比較的多い。 従って、人を魅了するような美人が多いのだが、反対に王族の血筋はアルファが9割をしめる。 だから、オメガのミナージュの存在はめずらしくて、みんなから愛されていた。 容姿も、性格もよくて。 例にそぐわず、僕もミナージュが大好きで。 ミナージュが運命の番と結婚するまでは、ほとんど毎日一緒に過ごしていたくらい、それまでの僕にとってミナージュは、僕の人生の全てだったんだ。 「シジュは、本当に綺麗だね。繊細で、全くアルファに見えない。まるで山荷葉みたい。まっさらで、透明で」 ミナージュは、僕の頬に手を添えてよくそう言っていた。 僕にとっては、ミナージュは月季で………。 いつもその輝きと美しさを損なわない、枯れない月季で……。 ミナージュが運命の番に出会って、王宮からいなくなるまで、僕の運命の人はずっとミナージュだと思っていたのに………。 ………これで、よかったのかも。 下手に会っていたら、僕は泣いてしまって、ミナージュを困らせていたかもしれない。 ミナージュは今とっても幸せだし、下手すればミナージュが白虎に輿入れをする羽目になっていたかもしれないし。 表向きは祖国のためと言い聞かせてるけど、ミナージュのためなら………。 ミナージュを守るためなら、この命を張ってもいいと思ったんだ。 「考え事を、しているのか?」 聞きなれない声に、僕はハッとして顔を上げた。 独特な、僕の祖国とは違う白を基調とした繊細な民族衣装に身を包んだその声の主は、涼しげで瞳の奥に鋭い光を宿して僕を見ている。 白虎について、初めての夜。 僕は〝夫〟になった目の前の王子と2人きりで、寝屋に佇んでいた。 「あ……はい。故郷のことを、思い巡らせておりました」 僕がそう言うと、王子は口角を上げて優しく微笑んだ。 スラっとして背が高い。 西の国の特有の、色素の薄い髪色と彩光の色と。 初めて見る白虎の国の王子に、僕は目を奪われたように見入ってしまった。 キレイな、方だなぁ………。 朱雀にはこんな感じの人はいない。 ミナージュとはまた違う、美しさがあって。 僕の胸が、大きく脈打つのがわかる。 「長旅と婚礼で疲れたであろう。今日はゆっくり休むとよい」 「はい。お気遣いいただきありがとうございます。リューン様」 白虎の国の第二王子、リューン。 気品が漂って、王族ならではのオーラがあって、さらにいい香りがして………。 あっという間に、そう、アルファが運命の番となるオメガを見つけた時のような………。 そんな刹那的な短い時間で、僕はリューンに魅了されたんだ。 白虎に到着早々、国王に挨拶をして、そのままの勢いで婚礼儀式に突入して。 僕は緊張のあまりとてつもなく変な顔をしていたに違いない。 初めて拝見する白虎の国王は体格が良くて、凄く怖そうだったし、婚礼儀式の最中に粗相があってはと、気が気じゃなくって………。 その横で。 リューンは表情を崩さず、僕の右手をそっと、その大きな左手で握りしめてくれていた。 手から伝わるリューンの体温で、すぐにわかった。 この人は優しい人なんだ………って。 それが分かると嬉しい反面、心が凄く痛くて。 この人を騙している罪悪感で、今すぐにでもアルファであることを打ち明けたくなってしまった。 こんな純粋で優しい人を、僕は騙し続ける自信がない。 それに……僕の人生だ。 ここで終わっても悔いはない。 ミナージュが幸せならそれでいいし、何より、僕は偽りの人生を歩めるほど、器用でも強心臓でもない。 「………あの、リューン様」 僕が、一言発した時。 体が言うことをきかなくなるくらい強烈な香りが、僕を一瞬で包み込んだ。 …………な、なに?これ。 ………リューンから、発せられてる? 頭が熱くなって………。 しかも、かなり………。 危険なくらい下まで熱くなって………。 これ、もしかして………。 オメガのフェロモンじゃないのか………? リューンの顔がみるみる紅潮して、呼吸が乱れ始める。 大きな体が傾いたと思ったら、僕にしなだれかかるように、リューンはその場に倒れ込んでしまった。 情けないくらいアルファ離れしている僕の細い体は、リューンの大きな体を支えることができずに、リューンの勢いに巻き込まれながら、一緒に床に倒れ込む。 「………リューン様!いかがなさいましたか?!」 「……っ!!……ぁっ!!」 「…………リューン様………ひょっとして、オメガ……ですか?」 リューンの……目の奥の………輝きが………。 絶望とも。 恐怖とも。 或いは、怒りとも、悲しみともつかず。 その瞬間、僕の語彙力と五感はそこで崩壊してしまったかのように。 ただ、真っ赤な顔をして苦しそうに悶えるリューンを、見つめることしかできなくなった。 そんな石化した僕に、リューンは静かに口を開く。 「………そう、だ………俺は、オメガだ…………」 最初から、お互い………偽りを抱えていたんだ。 僕は、オメガを騙った朱雀のアルファで。 リューンは、アルファを騙った白虎のオメガで。 この輿入れ………吉とでるか凶とでるか。 僕は、本気でわからなくなってしまった。 「シ……ジュ」 「は、はい!!……」 このリューンの香りとか、表情とか、ヤバいな………無理にでも押し倒したくなってしまう。 僕はひょろひょろの腕に精一杯力を入れて、リューンを抱きしめた。 「………抱いて、くれ……」 「はい?」 「抱いてくれ………と、言っている」 「え、あ?!ちょっ……」 リューンがその恵まれた体格を生かして、僕をそのまま床に押し倒すと僕に馬乗りになる。 押し倒したかったのは、僕なのに………。 なんか、悔しい………。 「おまえが……アルファなのは、分かっている。………さっさと、抱け」 え………? アルファだって言うの………バレてる………。 僕がアルファで、リューンがオメガで、結果として結果大成功だった訳だけど………こういうのって、許されるんだろうか………。 朱雀的な見方をすれば、政治的にも万事安泰で。 僕はしばらく生き長らえることができるけど、白虎的は大丈夫、なんだろうか………この状況。 外見的にも内面的にも、いかにもアルファな白虎の第二王子は、国内外にアルファというのを垂れ流しているから。 ………今さら、「第二王子は実はオメガでした!テヘッ」っていうのは………いかがなものなんだろうか………。 リューンのオメガのフェロモンに当てられて、我慢も限界にきているにもかかわらず、僕の頭は妙に冴えてしまって。 ひょっとしたら、リューンは僕の運命の番云々より、気になることが先走って………。 気がついたら、リューンによって僕のきらびやかな花嫁衣装は、無残にも剥ぎ取られていた。 ………ノットまで勃ちあがった僕のが露わになる。 いくら新婚初夜とは言え、アルファを隠してオメガとして嫁いだ先のアルファだと思っていた夫がオメガで、その夫に「抱け」と言って押し倒されて………。 一気に進みすぎて、体と心がチグハグ……だ。 「リ、リューン……さま……!」 「シジュ………俺は……おまえと番に……なりたい」 「ちょっ………ちょっ、と、まって!!………まってくださっ!!」 白い民族衣装を脱ぎ捨て、鍛え上げられたリューンの体が露わになる。 恥ずかしいそうな顔をしながら、僕のを手で支えるリューンの手付きは慣れたもので、そのまま淫らに濡れたリューンの中は、導くように僕のをノットまで咥え込んだ。 「………っ!!」 熱い……!! そして、リューンが腰を動かす度に、色濃く放出されるフェロモンが僕の理性を崩していく。 ………無理だ…!! 我慢できないっ!! 「リューン……さま………抱き潰したくなります」 「シジュ……初めて見た時から、俺の運命だと直感した………抱き……潰して、くれ」 抱き潰す、なんて一丁前言った割には。 僕の貧弱な体は、リューンの体を押し返すことも出来ず、リューンを促すように四つん這いにして………。 後ろから、リューンを犯す。 「……んあぁっ!!あ、あぁっ!!……シジュ……シジュ、もっと……ぁあ、いいっ………いい」 立派なガタイからは想像もつかないくらい、色っぽい顔で媚を含んだ艶めかしい声を上げるリューンに、とうとう僕の理性をは木っ端微塵に崩壊してしまった。 僕の動きがどうにもならないくらい強く激しくなり、リューンの体が反り上がる。 反り上がったリューンの体を引っ張って、僕はその白い首筋に噛みついた………。 噛み口から伝わる、リューンの熱と、香りと。 それが余計僕に拍車をかけて………。 止まらない……。 僕は宣言どおり、僕より頭ひとつ大きな美男子を犯して、抱き潰す………。 リューンに導かれるまま、僕はリューンと番になってしまったんだ……。

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