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#5 朱雀のα 白虎のΩ

「国王の命令で、明日から白虎と青龍の国境警備の巡視に行くことになった」 今まで見たことがないくらい神妙な面持ちで、リューンは僕に言った。 シヴァの情報を国王に進言した結果、リューン自ら国境警備に赴くことになったんだ。 言い知れぬ不安が………僕たちにまとわりつく。 不安の原因を突き止めて、お互いの不安を打ち消し合うように、言葉で伝えて………唇を、重ねて。 お互いに、何かあったら……いの一番に知らせることを約束した。 その夜、リューンが狂い咲いた月季のように、その香りを撒き散らしながら乱れて。 僕とリューンは、アルファとオメガの性を爆発させて互いのぬくもりを求めあった。 しばらく会えない、から。 その唇も、舌も、香りも、体の隅々まで全部。 忘れないように、記憶に刻み込むように。 僕はいつもより激しくリューンを抱いて、リューンはいつもより僕に反応して強く体をしならせて。 この時間が、永遠に終わらなければいいのに、って………涙が出そうなくらい、切望していたのに。 あっけなく、希望は絶望に変わる。 翌朝、リューンは僕の送った紬の襟巻きを風になびかせて、国境に旅立って行った。 リューンが国境に行ってから、心にポッカリ穴があいたような寂しい日を、僕は何日か過ごして。 ………そして、僕は。 奈落の底に突き落とされたんだ。 「シジュ、お前に間諜の嫌疑がかかっている」 ウーラと双六をしていると、突然ハーレンが西の屋敷に現れて、そう言うなり僕を縛り上げた。 悲鳴のような声で僕の名前を叫ぶウーラの声がして、僕は引きずられるように東の屋敷に連れてこられたんだ。 すぐに、分かった。 間諜の嫌疑なんて、ハーレンの嘘なんだと。 青龍との国境に、リューンに行くように仕向けたのも、リューンがいない間に僕を陥れたのも。 全部、ハーレンが仕組んだんだと………分かったまでは、よかったんだ。 リューンに、知らせなきゃ……。 でも………正直、そこから先、僕はあまり記憶がない。 と、いうか………忘れたい。 僕は……僕は………アルファの身でありながら、オメガであるハーレンに………。 犯された、から。 縛り上げられたまま、僕はオメガみたいに犯されて、気が狂ってしまうかと思った。 行為に及んでいる最中、ハーレンがずっと僕に何を言っていたようだったが、不安定になりそうなくらい波状に与えられる苦痛によって、その言葉なんて耳に届くはずもなく。 僕はハーレンを睨みつけて、唇を噛み締めて、ひたすら耐えていたんだ。 それから、どのくらい時間が過ぎたのか分からない。 僕は今、小さな窓一つない薄暗い部屋に閉じ込められている。 後ろ手に縛り上げられて、足枷もつけられた僕の体は………そうでなくとも、体中に激痛が走って、指を動かすこともままならない。 なぜなら僕は、気がついたら目の前に現れるハーレンに、陵辱の限りを尽くされるからだ。 もう、何回も………何十回も……。 オメガのとはいえ、僕の中に強引に割り入って、突き上げられるとそれなりに苦痛だ。 ハーレンのもの以外のを突っ込まれたり、体中を噛まれたり殴られたりする度に、僕は気を失う。 しばらくしたら、また僕は、ハーレンに強引に起こされて、また犯される。 ………あまりの陵辱ぶりに、幾度となく、ハーレンにこの身を委ねそうになったか………。 「助けて」と。 「許して」と。 何度許しを、こいそうになったか……。 それでも……。 目を閉じると、僕のまぶたの裏にはリューンの優しい笑顔が焼き付いて離れない、だから。 口の中が血の味がするまで僕は歯を食いしばって、その恥辱 と苦痛に耐えるうることが、かろうじてできているんだ。 「細い……情けない体をしたアルファだな……。どうだ、オメガに犯される屈辱………。アルファであるのにオメガに犯されるなんて………屈辱の極みだろう……?」 「………っ!………ん、っっ!!」 「やめて欲しくば、俺と番になれ……!……辛いだろう、ほら………。早く、楽にさせてくださいと。早く噛ませてさせてくださいと言え………!!」 「……っ、絶対………嫌……だ」 「そうか……実は、気持ちいいんだろ?………女みたいに、オメガみたいに犯されて………気持ちいいんだろ?………よがれよ………。『もっと気持ちよくさせてください』と………よがって、懇願しろ」 「っ!!……ふ、ざける……な………」 「………この!!」 ハーレンの拳が僕の頰に入ると同時に、その行為はさらに激しくなって………意識が、遠くなる。 「……んで………なんで……いつもこうなんだ。……何でリューンだけ恵まれる……んだ」 ………な、に…? 殴られて熱を帯びた頰に、一つ雫がぶつかって顔を伝う。 それは冷たいようで、あったかいようで………たまらず、僕はハーレンの表情を見た。 怒りにまかせて僕を組み敷いているハーレンが……。 僕を支配する側にいるハーレンが、何故、泣いているんだ……? 「何故俺だけ………国王が見栄を張ったばかりに、俺はオメガなのに………アルファではないのに!!娶ったのはオメガで………愛した者と一生番にもなれなれず、その結婚は破綻したというのに……!!何故、リューンのとこには体裁のいいアルファが来るのだ……!!……何故………何故なんだっ!!」 薄暗い室内に、ハーレンの慟哭だけが響いて。 ハーレンが自分の状況を悲嘆して泣いていることに、驚愕しつつも………何故、その悲しみや怒りの矛先が僕に向いているのか、どうしてもわからない………。 「……っあ…や、………め」 「黙れ……黙れ………黙れ、アルファのくせに」 ハーレンによってもたらされる痛みと苦しさで、僕の意識は夜の帳が下りるように、また、真っ暗になってしまったんだ。 「……リュ………ン」 愛しい人の名前を声に出すのは、どれくらいぶりだろうか。 いつもと、違う雰囲気を感じたからか。 だから、つい声に出してしまったのかもしれない。 だって………。 いつもなら、ハーレンに無理矢理起こされて、体が痛いまま、愛撫され貫かれて。 そしてまた、気を失って………。 声すら漏らさぬよう、ひたすら耐えて……。 でも、もう………。 僕は身も心も、限界なんだ。 だから、無理矢理起こされなかった今、僕は溜まりかねた思いの丈を吐き出すように、リューンの名前を口にしてしまったんだ。 「気が付いたか?」 ………ハーレンの声じゃ、ない? もう、睨む気力も体力も残っていない僕は、その声がする方に視線を移した。 「ア……ミ…ユ」 最後にこの人を見たのは、ミナージュが来たあの日で………もう、随分と昔のように感じる。 相変わらず、感情が読めない……アミーユの表情と、その眼差し。 「縄を解くから、じっとしておけ」 「………な……んで……」 「ハーレンはしばらく戻らない。逃げるなら今のうちだ。それとも、ここが好きならこのままにしといてやるぞ?」 僕は首を横に振った。 縛り付けていた腕の縄が徐々に緩くなった。 久しぶりに僕の腕は自由になって、この部屋に留まらせていた足枷が、鈍い音を立てて外れる音が響く。 ………不意に自由になった体は、力が抜けて床から立ち上がることすらできない。 「おまえ、アルファか……?どうりで。気が優しくて真面目なだけが取り柄のリューンが、穿ったことを言い出したと思った………。おまえだったんだな、リューンに知恵を授けていたのは」 アミーユは真っ白な布で僕を包むと、その逞しい腕で僕の体を抱き上げた。 ………少しの振動で、少しの刺激で………体が軋むような激痛が走る。 「熱があるな………。唇が血で滲んでる。………こんなになるまで、何故我慢をする。リューンとの番を解除して、ハーレンを番にして寝返ってしまえばよかったものの」 「………リューン……じゃ…なければ………嫌……だ」 「リューンが……死んでしまったら………どうするんだ?」 絞り出すように………ようやく答えた僕に、アミーユは怒りを宿すわけでもないのに鋭い眼差しで畳み掛けるように聞いた。 ………なん…で? そんな、ことを聞く……んだ………? 国境で、何かあったのか………? 僕はアルファでリューンの番なのに………リューンが苦しんでいる時もわからず。 辛い時にも、共鳴せず。 僕は一体、こんなところで何をしていたんだろうか………。 会いたくて、あの真っ直ぐな瞳で見つめられて、その肌に触れたかったのに。 もう2度と、そんなことができないかもしれないなんて………!! たまらず、涙が出てきた。 「………僕も……死に…ます。リューンが………いない……なんて………意味が………ない」 もう、どうでもいい……。 リューンがいたから、ハーレンから与えられるどんな苦痛にも恥辱にも耐えられたのに。 リューンが、いないなら。 僕も………いらない。 「………殺し…て………リューンが………いないのなら………僕を………殺して」 アミーユが鋭い眼差しで僕を見つめる中、僕はその視線から逃れるように目を閉じた。 このまま、二度と目を覚ましたくない。 リューンのいない世界からも、苦しみからも、悲しみからも………。 深く、闇に落ちている。 縛られた腕も、肩も可動が自由で久しぶりに痛くないし、足枷のせい金属と皮膚が擦れて動かすことさえも苦痛だった足首も軽い。 ハーレンが僕の中に熱を注ぎ込んで、その熱が僕の体中を蝕んでいる感覚も、次第に薄くなった。 きっと……僕があまりにも切実に願ったから。 リューンのいない世界から、解放されたのではないか、と………考えてしまった。 〝シジュ〟 暗闇の中から、僕を呼ぶ懐かしい………それでいて胸が高鳴るような声が響く。 ………リューン…!! どこ?どこにいる? 声は聞こえど暗闇に姿をかき消されて、リューンの姿を目にとらえることができない。 〝シジュ〟 リューンの声はだんだん僕に近くなるのに姿は全く見えなくて、僕は暗闇の中で手を泳ぐように動かして、リューンの実体を探した。 リューン!!どこ!? リューン!! 「シジュ」 耳元で、リューンの声が響いて。 僕は、ハッとした。 一気に視界が明るくなる。 白い漆喰の壁が目に突き刺さるようにじんわり染みて、中々目の焦点があわない。 「シジュ!!」 リューンの声とともに、目の前に現れた人影はゆっくりその輪郭をはっきりさせて………心配そうな顔をした愛しい人の顔が、くっきりと浮かび上がった。 「………リューン」 「シジュ!!シジュ!!よかった………目を、目を……開けてくれた……!!」 ここは、現……? それとも、夢……? どちらともはっきりしない感覚で、僕の体を強く抱きしめるリューンの肩に、僕はそっと腕を回した。 温かい……しっかりした筋肉の体は、リューンそのもので。 月季のいい香りが鼻をくすぐって………リューン………だ!! 夢でも、まぼろしでもない………本物のリューンだ!! 「………リューン……会いたかった」 堰を切ったように、涙がとまらない。 あれだけハーレンに酷いことをされていた時すら、涙なんて流れなかったのに。 「リューン……リューン………」 子供みたいに泣いてリューンにしがみつく僕に、リューンはさらに、その均整のとれた体に僕を密着させた。 「大丈夫、シジュ。もう、心配いらない。大丈夫だよ、シジュ」

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