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傷跡
購買でパンを買った後、教室に向かっている途中でトイレに行きたくなった。
教室に戻ってからだと色々面倒くさく思えて、少し抵抗はあったもののそのままトイレへと寄ることにする。
そこでバッタリと、用を足していた遥先輩と出会してしまった。
遥先輩は、俺の顔と手に持ったパンを交互に見て、何故か憐むような眼差しを向けてくる。
「奏一、お前いつもトイレでぼっち飯食ってたのか。俺知らなかったよ。ドンマイ」
「違います。誤解です。やめてください」
即座に否定する俺を気にもせずにベルトを締める遥先輩へ、俺は一度間を開けてから切り出した。
「俺、真琴と付き合うことになりました」
先輩の視線が向けられる。
静かな目だった。
動揺も怒りも何も感じられない、感情の読めない目だ。
先輩から目を逸らさずに向かい合う。
絶対に弱い部分を見せたくはなかった。
どれくらい見つめ合っていたか。
次には遥先輩が口元を緩める。
「そっか。おめでとう」
穏やかな声だった。
動揺を隠せなかった俺に、先輩は背を向ける。
「じゃあね。便所飯はほどほどに」
「だから違いますって」
それ以上何かを言う暇もなく、遥先輩は行ってしまった。
まさかこんなあっさりと認められるとは思わず呆気に取られる。
まぁどれだけ反対されても、聞き入れるつもりはなかったけれど。
相変わらず、考えの読めない人だ。
あんな人に好かれて、真琴も苦労する。
あの「おめでとう」が本心からなのかは分からないが、取り敢えず素直に受け取っておくことにした。
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