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生きること8

入ってくる奏一のモノに、背を仰け反らせる。 襲う快感にビクビクと体が震えた。 胸いっぱい、幸福感で満たされていく。 途端目頭が熱くなる俺に、奏一は困ったような笑みを浮かべて俺の目元を撫でた。 「真琴…、大丈夫。俺はいなくなったりしないから、側にいるから…」 「っ、そ…いち…」 堪え切れなかった嗚咽が漏れ出す。 何度も見る夢があった。 俺に手を振る兄ちゃんの笑顔。 背を向けた彼は、徐々に小さくなっていく。 どれだけ手を伸ばしても、届かない。 ポツンとギブソンのギターを残して、消えてしまう。 なぜ俺は、兄ちゃんの苦しみに気付いてやれなかったのだろう。 いつだって兄ちゃんは、俺を救ってくれたのに。 頭の中で、兄ちゃんの歌声が流れている。 そこにあった苦しみや悲しみの音に、気付いてあげられなかった。 支えることができなかった。 「ご、め…。ご…めん、なさ…っ」 「大丈夫。大丈夫だから」 喉が枯れるまで謝り続ける俺に、奏一は何度も優しく声をかけてくれた。 心が満たされていく。 兄ちゃんを助けられなかった俺が、こんな幸せになってもいいのだろうか。 こんなことが、許されるのだろうか。 ──真琴が幸せでいてくれたら、兄ちゃんは何よりも嬉しいよ。 「…っ」 不意に、酷く懐かしいその声が聞こえた気がした。 そして思い出す。 これはかつて、兄ちゃんが俺に言ってくれた言葉だ。 優しく頭を撫でてくれた手の感触が、ほんのりと香る兄ちゃんの優しい匂いが蘇る。 「っ、ま、こと…っ」 「ぁ、あぁ…っ。そ、いち…っ、奏一…!」 快感が限界に達する。 俺たちは殆ど同時に、熱を放っていた。 呼吸を荒げながら泣き続ける俺を、奏一は優しく抱きしめ、キスを落としてくる。 その背中に縋り付き、昔の泣き虫だった自分のように涙を流す。 こうして弱さを曝け出すことが怖かった。 だからずっと覆い隠してきたのに、奏一といると全てが露わになってしまう。 「そ、いち…。ありが、とう…っ」 「…うん」 「すき、だ…。だいすき…っ」 「うん」 「奏一…」 求めるように顔を上げれば、そっと唇が塞がれる。 涙で濡れた唇のキスは、とてもしょっぱくて、幸せの味がした。

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