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序章(R−18)

 真っ赤な衣装。薄く施した化粧。薄暗い廊下。湿り気のある空気。  最初は気味悪かったこの場所も、すっかり慣れたものだ…と幸は溜息をついた。  日が沈む頃、この店は営業を始める。店に入ってすぐの大広間には巨大な鳥籠が置かれており、客はこの鳥籠の中から今夜の〝小鳥〟を選ぶところから始まる。  大きな鳥籠の中には鳥ではなく、人が入っている。正確には人は幸だけで、その他は獣人や魔族と呼ばれる人外ばかりだ。みな一様に幸と同じ真っ赤な服を着て、鳥籠の格子の隙間から手を伸ばし「自分を選んで」と媚びた声で客を誘う。  幸は鳥籠の中から、他の小鳥たちが客を呼ぶ姿をじっ、と眺めていた。この世界では珍しい、黒曜石のような色の髪と瞳を持つ幸のことを、客は興味ありげにしげしげと見てくる。しかし鳥籠の中で、人形のように座ったままでいると、みな面白くなさそうに去って行った。  1人、また1人、と目の前に来ては去ってゆく。それを幾度か繰り返していると、2人組の男が鳥籠の前に立った。口元に髭を生やした小太りな中年と、親子ほど年が離れていそうな若い青年だ。若い方はおどおどしてはいるが、体格が立派で、なかなかの美男だ。よく見ると2人とも手が荒れて、爪の先が黒ずんでいる……鉄工業を営む者だろうか。ずんずん進む中年を、青年が小走りで追いかけている。 「し、師匠……だから僕は、こういうところは……」 「遠慮すんな! 代金は俺が全部出してやるからよ! おっ、これは珍しい黒髪だぞ! しかし男か……お前も最初は女がいいよなあ」 「師匠っ、勘弁してくださいよ!」  聞いたところ、いい年をして未経験の弟子を、師が気遣って連れてきたのだろう。しかし弟子はあまり乗り気ではないようだ。 「俺は戻りますからね!」  弟子の声も聞かず、師はどんどんと店の奥へ入って行く。幸の籠の前で、弟子は困った様子で頭を乱暴に掻いた。  幸は籠の中から手を伸ばすと、降ろしてあるもう片方の弟子の腕をそっと掴む。弟子がびくっとして幸を見下ろしてくるのに、幸はすっかり作り慣れた極上に笑みで返した。 「ねえおにいさん、今夜は俺の鳴き声で、アンタを楽しませてあげたいな……だめ?」  そう言いながら、腕を掴む手にじんわりと力を入れる。  弟子が息を呑み、その瞳が情欲で曇るのが見えた。いける……と幸は心の中でほくそ笑む。 「俺、安いけどイイ声で鳴くよ? きっと、おにいさんを楽しませてあげられる。どう?」  甘えた声で誘うと、うっとりとした表情で弟子がこくりと肯いた。 「ありがと。この札持って、あの人に見せて、部屋で待ってて?」  籠の中に置いてあった木札を弟子に渡し、個室へ繋がる扉の前に立つ下男を指差す。 「君……なんていう名前なの?」  頬を赤く染めた弟子の言葉に、幸は籠の鍵を持つ下男を手招きしながら振り返った。 「俺はサチ。サチだよ」 「あっあんっ、あっんん」 「あ…っあ、きもちいぃ…サチさん…気持ちいいっ」 「あはっ…んっ、ほ…ほんとぉっ? うれし、っあ、はげしっあっあっ!」  真っ赤な衣装。薄暗い部屋。甘い香のかおり。肌のぶつかる乾いた音。混ざって聞こえてくる水音。  慣れたものだ、もうすっかり。この世界に来るまで、どれのことも何一つ知らなかったのに。  何も知らなかった。男根で腹の中をかき回される快感も。胸を弄られて得る快楽も。陰茎を触らずに味合う絶頂が、どれだけすさまじいものかも。 「イ、イく…っ、サチさんっ、ぼく、もうっ」 「あんっ、いいよ…っ、イッて…っ? 俺の中に、ぜんぶちょうだ、あああっ、ひぅっ、あっあっぁっ」 「イ、く…ああっ!」 「ああああんっ」   自分の体は作り替えられてしまった。自分という存在の何もかもが、この世界に来て変わってしまった……。

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