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娼館編2(残酷描写アリ)

 馬車が止まり、鍵を外す音がして扉が開いた。真っ暗だった中に眩い光が差し込み、眩しくて目が霞む。ずっと窓もないところにいたので時間感覚がなくなっていたが、今は昼のようだ。  馬車は高い建物の裏に止められていて、周辺は人気がなく暗いの。 「おい、全員降りろ」  女衒がしゃがれた声で命じると、少年少女たちは大人しく従った。幸は1番最後に馬車を出た。全員を横一列に並ばせると、女衒は鎖で繋がれた手錠と足枷を取り出し、1人1人につけていく。全ての手錠と足枷は鎖で繋がっていて、決して逃げ出せないようになっていた。  女衒は「待ってろ」というと、建物の裏口から中に入って行った。程なくして初老の女性を引き連れて戻って来る。女性の顔はおしろいがたっぷりとはたかれて真っ白で、血のような色の紅を引いた唇が不釣り合いなほど目立っていた。  女性は並んだ幸たちを1人1人見つめていく。そして幸へ辿り着くと、汚いものを見るかのように表情を歪めた。口にハンカチを当て、すぐに目線を逸らされる。 「下男と仕込みが必要なんだ。この中で1番体力のある男を頼むよ」 「ならこれがいい。農村育ちで畑仕事に慣れてるから、体力はピカイチですよ」  女衒が指したのはあの少年だった。 「そうかい。じゃあその子と、隣の子をもらうよ」 「毎度あり」  女性が巾着を差し出すと、女衒は小さな鍵を2本渡した。そして少年ともう1人の指名された少女の鎖を、他の鎖から分ける。 「馬車に戻れ」  命じられ、残った者がぞろぞろと馬車の中に戻って行く。幸もそれに続いたが、背中に視線を感じて振り返った。そしてすぐに後悔した。  強張った表情を浮かべた少年と目が合う。大きな瞳が「助けて」と叫んでいた。  ぐらり、と自分の中で何かが揺らぐ。 (俺なら、助けられる)  しかし直後、脳裏にあの兵士の悲鳴が蘇ってきた。同時に、蝋人形が溶けるように、形を失っていく人の姿も。フラッシュバックは、羽ばたこうとした“蝶”を地に叩き落とすには十分で、幸は震えながら少年から目を逸らした。  そして2度と振り返ることのないまま、馬車に戻ったのだった。  馬車は次々に娼館を回り、遂に残ったのは幸と、あの少女のみとなった。  誰もが幸の黒髪や、少女の黒に近い髪を見て顔を顰めた。実際、色素の薄い者から引き取り手がついていくのだ。馬車を降りるたびに、目の前にある建物がみずぼらしくなっていき、出て来る主人の品が下っていく。それは娼館のレベルがどんどん下がっていっていることを意味し、前の娼館では買い手がつかなかった者も、次行く娼館では引き取られたりする。しかしそれも人手が足りないから渋々、と言った様子で、そこで買い取られた者がこれからどんな扱いを受けるのかは想像に難くない。  幸と少女――アナという――は次の娼館で最後だと女衒に告げられた。次で買い手が付かなければ、2人は奴隷商人に引き渡されるという。 「奴隷……」  はじめはポツポツ会話してくれたアナも、ついには黙り込み俯いている。二の腕を抱く腕は震えていて、青白かった顔色は更に青くなった。   この世界の奴隷がどんなものなのかは知らない。しかしアナの怯え方で、きっと幸が想像している姿と変わらないのだと悟る。  幸はアナを力強く抱き締めた。アナの心を少しでも救うために。自分の震えを誤魔化すために……。  しかし幸とアナは最後の娼館で買い取られた。女衒は商品が完売した嬉しさをあからさまに、金を受け取ってさっさと馬車を走らせて消える。 「お前はここで待ってろ」  主人はアナにそう告げ、顎をクイっとしゃくり、幸について来いと合図する。幸は怯えた目のアナをその場に残し、大人しく主人の後を追った。  その娼館の主人は禿げた頭に黒くくすんだ肌をした親父で酷く痩せていた。建物は二間しかない荒屋で、人が住んでいるなんて外側からは想像できなかったが、中に入ると6畳ほどの一間に10人近くの男女が雑魚寝している。一間は娼婦たちの寝室、もう一間は主人の私室らしかった。主人の部屋にはストーブのようなものが置いてあり、パチパチと火花を散らしている。火搔き棒が火の中に差し込まれたまま、床に寝ていた。  主人はそのストーブの前に座ると「上着を脱げ」と尊大に言い放つ。 「え…」 「聞こえなかったか。上を脱げと言ったんだ」  命令に従わないやつは容赦しない――そんな雰囲気を醸し出す主人に、幸は慌てて従った。  王宮の牢に入った時に着せられた、粗末な造りの服を脱ぐ。下からは一切日に焼けていない白い肌が現れた。男は幸を座らせると、買い取った時に外した手錠をもう一度はめた。そして足枷を片方だけ解き、それを近くにあった鉄製の丸枠に繋ぐ。これで幸はそこから逃げられなくなった。この荒屋で、鉄製の丸枠は異常な存在感を放っていた。なぜこんなところにこんなものがあるのか。 「んぐっ!」  突然、口の中に布が押し込まれた。突然のことに狼狽る幸をうつ伏せに押し倒し、主人はその腰に跨った。  とてつもない嫌な予感がして、幸は暴れた。しかし「黙れ!」という怒声と共に、後頭部に重い衝撃が走った。殴られたのだ。脳が揺れて、目の前が白く霞み、体に力が入らなくなる。  視界の端で、男が火搔き棒を掴んだのが見えた。幸が火搔き棒だと思っていたそれは、違った。熱で赤くなった先端は平べったくなっていて、底に模様が彫られていた――まるで判子のように。  それに気が付いた瞬間、幸の意識は恐怖で一気に覚醒した。しかしすでに遅く、背後で〝ジュッ〟と音がしたかと思うと、右肩の肩甲骨の辺りに千切れるような激痛が走った。 「んんんんんん――ッ‼︎」  あまりの激痛に意識が飛びかける。主人が腰に乗っているせいで体は動かないが、足が勝手にばたつき、鎖がガシャガシャと音を立てる。体が痙攣し、目の前が真っ赤になった。  地獄のような時間が何分、いや何十秒だったのかは分からない。幸にとっては数時間経ったようにも感じられた。辛うじて視界が戻って来た頃、同じようにアナが背中にあの棒を 当てられてのたうち回っていた。  じくじくと背中が痛むせいで何も考えられない。幸はぼうっとして、アナが魚のようにびたんびたんと痙攣するのを見ていた。  次第に意識が遠のき、真っ暗になる寸前、アナの背中を見た。  その背中に、蝶の翅を象った模様が、火傷の水膨れとなって浮かび上がっているのを。

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