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第7話 桐生と皐月

「で、あの男は誰なんだ?」 桐生は犯人を尋問するように、鋭い眼光で切れ長の瞳を睨め付けた。 今日は久々に葉月の喫茶店で待ち合わせをし、帰宅する弘前満を待っていた。 葉月は丁度出かけており、店番を頼まれた桐生と鉢合わせしてしまっていた。 桐生は細身のスーツ相変わらず厚いのに綺麗に着こなして、優雅に長い脚を組んでいた。 「……途中で、逃げたくせによく言うよ」 うんざりした顔でそう言うと、桐生は眉間に皺を寄せて溜息をついた。 「面倒事は避けたいからな。だけど、あの黒瀬という男、黒木にも蒼さんにも似てるな」 意地悪い顔で桐生は笑って、冷たいレモネードを飲み干した。 自分も口に含んで味を窘めるが、レモネードはほろ苦く、とても甘たるかった。 アルコールが入っていれば最高だ。 流石だ。職業柄、エリート警察官だけある。桐生は鋭い。 「昔付き合っていた男だよ。大学出て、結婚するから別れた………それっきり。そのあと桐生に出会って散々だったという所まで話せばいい?」 「…………それは悪かったよ。すまん、もういい」 桐生は苦虫を噛み潰したように舌打ちをして、パソコンを出して仕事をし始めた。 「忙しい?」 「おまえよりはな」 桐生はそう呟くと、目の前のパソコンに集中した。 すっかり嫌味を言い合えるようになったことが微笑ましい。 整った顔立ちをした桐生の横顔を見ながら、ふと黒瀬の事を思い出した。 ―――――――――――――――――――― 黒瀬は高校の同級生で、大学の卒業まで付き合っていた。 思い起こせば清々しい青春と恋愛を送り、過去最大のトラウマを植え付けたられた。 付き合っていた時は優しく、エスコートもしてくれ、自分は夢見る少女のような浮ついた毎日を過ごしていた。そしてある日、いつものように愛し合い、突然どん底に貶めてくれた。 『うん、結婚するんだ。でも関係は続けたい』 悪びれることなく、黒瀬は散々楽しんだ後にぐったりとした自分に笑顔でそう言い、軽く唇を重ねた。 そして今更気づいた左手の結婚指輪に絶望しながら、その光った指輪を眺めていた記憶がある。 恐らく当時の阿保な自分は、その指輪の片方が自分に贈られるのかもと期待すらしていたかもしれない。 勿論、黒瀬が関係を続けたいという、ふざけた申し出は頑なに断った。 自分とは違う申し分のない家柄と約束された将来、決められた許嫁の存在をすっかりと忘れて、若い自分は黒瀬に溺れ、黒瀬が自分とは違う世界の人間なのだと理解してなかった。 黒瀬は縋って来たが、流石に花嫁のお腹にすでに子供がいるのを知ると、無理だと泣いて別れた。泣いたが、円満な別れだったと思う。 それから夜の街を繰り出しては、酒を飲んで帰るという苦行を送って、桐生と出会った。 桐生に夢中になれたらという望みを抱きながら、どんどんと拗れた関係が魅力的に映り、桐生へのめり込んでいったような気がした。

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