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第8話 蒼との出会い
横で仕事する桐生を横目に、残った甘ったるいレモネードを飲み干した。果汁が下に溜まっていたのか、最後は酸味だけが口に広がった。
そうだ、確か、その時に蒼と初めて出会った気がする。口に拡がる酸味と甘さで、出会った当初の蒼を思い出した。
傍で仕事をしている桐生を横目に、過去を思い返した。
黒瀬に雰囲気がよく似た菫蒼 を弘前を通じて紹介され、食事をして逃げるようにその場を切り上げて、立ち去ったのを覚えている。
あの時は弘前にも蒼にも申し訳ない事をした。
確か桐生と付き合っていた頃だ。
『皐月、アメリカでずっと一緒だった、蒼だよ。親友なんだ』
弘前満 は同じ小説家で受賞式や共同インタビュー記事など通じて、意気投合しよく食事や酒を飲んだりするようになった。
人懐こいく、気さくでよく笑う。酒癖が少々悪いが憎めない奴だった。その日も弘前と軽く食事しながら、お互いの近況と仕事の相談を話そうと思っていた。
そして待ち合わせ場所に辿り着くと、弘前の隣に長身で物腰の柔らかい男が立っていた。
長い髪は綺麗に整え、端正整った彫りの深い顔立ちハーフの男はよく目立った。黒瀬と雰囲気が似て、すぐに心がときめいたのを覚えている。
蒼を見た瞬間、一瞬で頭の中の警報がなり、すぐに立ち去りたい気持ちと一緒に時間を過ごしたい気持ちが入り混じり、とても緊張した。
『初めまして、菫蒼 です』
穏やかに笑って、手を差し出す蒼の指に光るものはないかと、確認してしまう自分が酷く惨めに感じたのも覚えている。
『あ……倉本皐月 です。よろしく』
緊張のせいで不愛想に答え、俯いていると蒼は優しく微笑んで、掌を大きく包む様に握手をした。蒼の掌は温かくて、優しく感じ、とても印象深かった。
その後、三人で少し高めの日本料理屋で食事した。蒼は久しぶりに日本に来日し、このまま移住するようで慣れない箸に戸惑っていた。
その困った顔が印象的で、失礼ながらくすくすと笑うと子供のように拗ねた。
『これでも、向こうでよく日本料理を食べて練習したんだ』
弘前と蒼はアメリカで高校から大学まで育ち、とても仲の良い親友で、二人の積もる話を耳にしながら蒼の顔を眺めていた。
蒼は俳優のように整い、綺麗な顔立ちをしている。それを鼻にかける事なく、蒼は優しく弘前の話を聞いては、微笑んで頷いていた。
笑った横顔がどこか黒瀬と似ていて、黒瀬を思い出すと切なさが胸を締めた。
そしてまだ話し足りないだろうと思い、蒼と弘前を残して早々に退散した。
弘前はほろ酔いだったで、気のせいか、蒼はもっと話したそうな顔をしていたような記憶だった。
それよりも自分は沸き上がる切ない思いを早く桐生に会って、打ち消したい衝動になっていた。
当時は自分は沁みついた黒瀬の呪いともいえる姿を、桐生を利用して上書きしていたのかもしれない。
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