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第10話 レモネード
桐生を引き摺ってるように見せかけて、蒼と過ごしながら、黒瀬を重ねていた。
こびりついた記憶で思い返すと、穏やかで甘いマスクと優しい口調が共通して似ているのだ。
黒瀬は身長は高く、すらりとした背丈をして笑うと爽やかでよく周囲の人を集め、好かれる。そして自分はその顔面と上っ面に完全に騙されていた。
性格は蒼に似て穏やかで優しく、エスコートも上手い。逢えばデートし、躰を繋いでは甘い言葉に酔いしれた。
だが、黒瀬は裏で散々浮気をして、最悪な時はは鉢合わせまであった。浮気されては、その甘いマスクと整った顔に免じて許し、また浮気されては許すという事を繰り返していた。
もう自分が浮気相手ではないかと言うほど、最低で、逢えばそれを打ち消すほど甘く愛された。
そして最後に結婚と妊娠という自分が永遠に持てないカードを持ち出され、関係は終了した。
一度許すとどんどんと深みに嵌るように、見えない出口を彷徨った8年だった。我ながら自分のアホさと忍耐力を褒めたいが、そのおかげで、こんなやさぐれた性格になってしまった。
タイミングが良すぎなのか悪いのか………。
黒瀬は結婚して、確かもう子供も5歳のはずだ。
黒瀬の結婚式も出席して、厳かなチャペルと豪華な内装のホテルと食事で祝った。
今更会っても、何も関係は変わらない。
懐かしく苦い思い出だけで、思い出すだけで最悪だった。
だからなのか、蒼と付き合って優しく愛される度に桐生との間についた傷も癒されていくが、どこかで浮気されてるのではないかと疑ってしまい、影で勝手に怯えていた。
黒瀬につけられた傷は意外と大きく、蒼が優しくすればするほど疑惑は膨らんでいく。
そのせいなのか蒼に自分が桐生をずっと思い続けていると、付き合っている頃に大変申し訳ない思いをさせてしまった。
そして今でも、蒼のひたむきな眼差しと献身的な愛に触れるたびに素直な気持ちで受けれない自分がいて、それが辛かった。
おかげで蒼へ積極的に連絡を取ることも出来ず、何も知らない蒼に甘えている。
最低だ。
こんな気持ち、知られたくない。
隠し通して、消さなければ。
薄れていく記憶と蒼との言葉で、最近はやっと忘れたのに。
どうして黒瀬と今再会してしまうんだろう。
蒼はまだ1年、ボストンでの契約期間を残しているし………。
遠距離に対してやる気も失いつつ、黒い滲みのような記憶がどうしても頭に引っかかってしょうがなかった。
今更再会して、黒瀬への気持ちは冷えていて蘇ることはない。
ただ、その重ねてしまっていた過去を蒼に知られたくなく、さらに隠したかった。
黒瀬と似ていたから好きになったかもしれない、なんて口が裂けても言えない。
今度こそ蒼に見切られたら、完全に関係を断ち切られる。
そして自分も桐生に抱かれて、葉月から奪ったと蒼に責められ、躰の関係だけを強要され冷たくされると、その冷酷な部分がこびりついてしまい怯えていた。
本当は悲しくて、辛かった。
冷たくされる度に、躰だけを求められ、蒼もこんな事をするのだと思う反面、信じていた部分が壊されていった。
それでも自分はまだ甘いのか、蒼が好きで、離れがたくて、あの優しい蒼をもう一度触れたいが為に、今傍にいようとしている。
頭の片隅で黒瀬の浮気を許すのと同じように、全く成長していない自分を感じでいた。
そしてもう縋る力すら残っていない自分は、次に別れを切り出されたら、完全に蒼との関係に終わりを覚悟していた。
レモネードの氷が解け、飲み込むとレモンの皮の苦みが口の中へ拡がった。
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