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第11話 葉月と皐月

「ふぅ、暑かった。あれ、皐月くんきてるの?久しぶりだね。」 古びた喫茶店の扉が開くと、葉月が顔をだした。大きな吸い込まれそうな瞳に、童顔の顔をニッコリと微笑みながら、大きな荷物を抱えて入ってくる。 開いた扉からはむっとした熱気が入り、外の茹だるような暑さが伝わった。 「お久しぶりです」 葉月の年の割には若くて可愛らしい笑顔に釣られ、こちらも笑顔で返した。 横から桐生がジャケットを脱ぎ、脇の椅子に掛けると立ち上がって葉月の傍に寄った。 「遅かったですね。待ちくたびれましたよ」 桐生は微笑んで、荷物を受け取った。 その顔は優しく、普段眉間に皺を寄せてる桐生にとって、今まで見た事のない甘ったるい顔をしていた。 「ごめんごめん。ちょっと近所の人に捕まっちゃってね。店番ありがとう」 桐生は葉月の重い荷物を持ち、店のキッチンカウンターに入ると大きく広がる台に荷物を置いた。 汗を掻いて疲れた葉月は、額を拭きながら隣の席に腰を下ろした。 桐生はさりげなくグラスに氷を入れ、冷蔵庫から冷えた麦茶を葉月へ差し出した。 その一部始終を眺めながら、よく気が利く優しい桐生に少し驚く。 そして桐生の自分に対しての扱いが葉月より雑な事に気づいて、少なからず不満を感じた。 まぁしょうがないか……… 最近よく弘前に呼ばれて、趣味のような店で珈琲を飲んで、夜も酒を飲み交わしていた。 葉月は自分を優しく迎えてくれ、性格も良く、1つ上とは思えないほど包容力があった。 そして提供される料理やつまみが絶品で、ついつい坂の上にあるこの喫茶店に頑張って歩いて通うほも美味しい。 葉月は話も上手く、優しく、自分には到底敵わない相手なのだ。 「桐生くん、俺も年上なんだけど…扱いが雑やしない?」 「気のせいだろ。はい、お前は常温」 桐生は空になったグラスを取り上げ、水道水を流し入れた。そしてドンとグラスを置くと、次は葉月が抱えていた袋の中を開き冷蔵庫に慣れた手つきで入れ始めた。 あんなに入院中に優しく看病してくれた奴が、今ではこんなに雑な扱いになったが、なにかあれば頼ってしまい、いまじゃ昔より接しやすい。 「ごめんね、話し中に割り込んじゃったね」 葉月は申し訳そうに汗を拭きながら、可愛らしい顔で謝った。自分より1つ年上なのに、落ち着いて、どことなく蒼と同じ穏やかな性格をしている。なので、葉月と一緒にいると和んだ。 「いえ、全然大した話をしてないです」 「そうだな、大して話してない」 横から桐生が低い声で追随し、苛ついた。 「本当、君達は仲良いよね。あ、皐月くん、足は大丈夫?蒼兄さんもずっと心配してたよ。」 心優しい葉月は心配そうに顔を覗き込み、身体を労わるように聞いてきた。本当に年上なのかと思うぐらい葉月は童顔で若く見える。 「だ、大丈夫です。蒼さんから、よく連絡きますか?」 葉月は大きな瞳を瞬かせながら、じっとこちらを見つめた。桐生は黙々とシャツを腕まくりして冷蔵庫に食材を入れている。 「うん、たまに連絡が来るよ。海外生活も慣れたみたいで、楽しそうに過ごしているみたいだよ。あと、こないだ君がボストンに来る話を自慢されて、首を長くして待っているみたいだったね。」 葉月は苦笑しながら、冷えた水を飲んだ。 「あ…、それは…ちょっと延期になりました」 「そうなの?すごい楽しみにしてたみたいだよ」 バンビのような顔で首を傾げ、意地悪そうに笑った。 「そっか……。なんか罪悪感が今さらに出てきました……」 そう言うと葉月はぷっと噴き出して、カウンターのテーブルをトントンと叩いた。笑うと大学生のように見えてさらに若々しさを感じる。 「いいのいいの、蒼兄大変でしょ? 毎日電話来てません?」 涙目になりながら目尻を擦って、葉月はまた水を飲んだ。 そんなにおかしいのだろうか。 横目で桐生をみるが、まだ冷蔵庫の片づけを粛々と行っていた。 「あ……、連絡は一週間に一度だけで……」 「え!?」 「お互い忙しくて、……まぁでも、ちゃんと連絡してます」 驚いた顔で葉月は大きな瞳をさらに大きくさせて、じっとこちらを見た。本当によくコロコロと表情が変わり、見ていて飽きない。 じくりと少し、桐生と寝た事を思い出して胸が痛んだ。今更ながら、二人の仲の良さを知ると過去の過ちを後悔している。 あの時は寂しさを埋めたかったが、蒼に責められる度に後悔し、付き合ってはいないと言うが、いまでも二人を見ると謝りたくなる。 「…………あの嫉妬深い蒼兄さんが一週間に一度の電話で満足してるなんて……」 「すごいな」 桐生がぼそっと横から呟き、葉月さんも驚いた顔のままだ。 「……いや……普通じゃない?」 おずおずと自分は残った水道水を流し飲んだ。

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