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第13話 ボストンと蒼

次の日、蒼と久しぶりの電話をした。 電話は一週間ぶりだった。 初めは多かった電話も、タイミングを逃すと、蒼も多忙のようで掛け直しても繋がらない事が多々ありこのペースで落ち着いている。 『皐月、最近元気ないね。風邪でも引いた?』 声は優しくて甘い。 声の遠くで、何か聴いているのか、音楽が流れていた。 忙しい合間を縫って、蒼はいつも昼前に電話をかけてくる。向こうはもう夜23時ぐらいで、時差は13時間だ。恐らく仕事が終わって、寝る前に電話を掛けてきてくれるのだろう。 「そんな事ないよ。……前に葉月さんの店を訪れたら、桐生と葉月さんがね、二人とも仲良くて、ちょっと羨ましくなった」 『……僕達も仲良いいじゃないか』 とは言いつつ、黒瀬の登場から気まずさだけが尾を引いている。なんとなく黒瀬の事を話題に出せず、できるだけ避けている感じがしてお互いに見えないしこりだけが残っていた。 けれども、向こうに行けばゆっくり出来きるだろうし、初めての海外旅行となれば、楽観的な自分は現地の観光スポットを調べて、遠足前の子供のようにわくわくと興奮していた。 携帯で話しながら、付箋を沢山張った観光雑誌が目についた。 その雑誌を横目に、蒼が北海道をよく訪れた時の事を思い出す。 会う度、どこに行くわけでもないのに、観光雑誌に付箋を沢山張っては鞄に入れており、よくそのヨレヨレになった雑誌を見て、蒼を揶揄っていた。 蒼は雑誌をいつも大切そうに持って、どこで何を食べようか、どこに行きたいか一生懸命調べるとメモもしていた。 大袈裟だなとよく呆れては、揶揄って、笑い合った。 だけど、逆の立場になり、蒼に会いに行くというだけで、気持ちが高揚し、どこに行こうか考えて、沢山の付箋を貼っている自分がいた。 当時の蒼の気持ちが良く分かり、揶揄っていた自分に反省し笑ってしまった。 「……はは……そうだね、仲は良いかも」 『皐月?』 「なんでもないよ、ちょっと北海道を旅行した頃を思い出してた。」 『……付箋だろ。君はよく僕を揶揄って笑ってたよね。本当、僕は真剣だったのに君は張りきりすぎだって、いつも笑ってたよね』 蒼は根に持っているように話しながらも、照れたような声で苦笑した。 思い出の分、厚くなったヨレヨレの雑誌も今や懐かしくて、取って置けばよかったと少し後悔した。 「そっちは忙しい?蒼こそ体調崩していない?」 心配になり、外を眺め、携帯を耳に押し付けた。外では蝉がけたたましく鳴いている。 暑さは相変わらず茹だるようなくらい暑く、気持ちが滅入るほ。今日はこれからまた駄文を重ねていくしかない。 仕事の締切はまだ1本残っている。 『……そうだね、こっちも忙しいけど、休暇はちゃんと取ってあるから大丈夫だよ。会えるの楽しみにしてる。空港についたら連絡して。』 蒼は蕩けるような甘い声で話した。 もう少しで逢えるかと思うと、その甘い声に躰が疼きそうで少し恥ずかしくなった。 まだ昼前だ。 「うん、着いたら連絡するよ。じゃ、また……」 『うん、愛してるよ』 「うん愛してる」 名残惜しく電話を切った。 向こうはこれから深い眠りにつくのだろう。ゆっくり身体を休めて、眠って欲しい。 仲直りしてから、蒼を見習って、出来るだけ気持ちを表すように努力している。 愛してる、好きだよ、逢いたいなどを滑るように言う蒼が羨ましい。自分も不安にさせないように、言葉に表しては口にしていた。 だけどもそれは、蒼に対してでなく、自分に対してでもあった。 蒼を愛してる。 多分、これは本当にそう思ってる。 呪文のように自分に言い聞かせて、その日もまた、言い知れない罪悪感に苛まれた。

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