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第29話

朝起きるとメモ書きだけ残して、蒼は仕事に行った。誰もいないキッチンに朝ご飯が用意されていて、腹が立つので、丁寧にそれだけ食べてすぐに家をでた。 そんな夜からもう三日経つ。 いつもの美術館へ行き、いつもの紳士と会話もせずに並んで鑑賞すると、観光雑誌片手に公園まで歩き、ずっと公園のベンチに座ってのルーチンを繰り返していた。 ちなみに昨日もここにいた。 デジャブなのか、夢なのか、気分は最悪なのは確かだ。 結局、蒼とは仲直り出来てない。 広い部屋で一人で過ごして、一人で食べて寝る毎日を繰り返すだけだ。喧嘩しているが、ただ静かに距離を置かれている。 蒼の違和感に気づいていたが、早く対処すべきだったと今となって反省した。黒瀬に会わなければ良かったと思いつつ、会わなければずっと嘘をつき続けていたような気もした。 しかしながら、蒼との冷戦を続けるうちに、何の為にこんな遠い土地まで来たのか、自分が阿保らしく思えた。公園のベンチに座りながら、脇にあるボロボロになった観光雑誌を横目に見るが、楽しみにしていた頃が懐かしい。 熱い珈琲を口に含んだ。 ボストンの珈琲はサイズが大きく助かったが、味は濃くて苦かった。ほろ苦い珈琲が胃の中を流れ落ちる度に、痛みを感じそうだった。 自分だけが舞い上がり、蒼との温度差がどんどんと拡がっていくだけだ。恐らく今日も夕食は一人で食べて、蒼は遅くに帰宅してはシャワーを浴びてソファで寝てるような気がする。 自分で過去を訊いてきたくせに、それに腹を立てられても謝りようがない。 確かに正直に蒼の意見を聞いて、ファーストクラスに乗ってくればいい話だったのだろうか。 いや、例えそうしても、同じ機体で乗り合わせただけでも嫉妬してる。 そして黒瀬と付き合っていた時間が長かったのが悪いのか、そんな男が好きでごめんなさいと言えばよいのか、それとも碌な男としか付き合ってなくてごめんと言って、頭を下げれば満足するのか。 双方違う答えを、目の前の生い茂る植物と美しい光景を眺めながら、頭の中から沸き上がる愚問を打ち消した。 いやいや、まだちゃんと話し合えば誤解は解ける。仲直りして、また前のように付き合えるたまろうか。 自信がないんだと言った蒼の言葉に、どこか二人の関係の終わりが見えかけてい 見えないものに蓋をするように、その部分を隠してこのまま冷戦を続けるのか自分はまよっている。 そして、蒼が黒瀬に嫉妬するならば、自分も過去の蒼を責めたかった。本当は前に蒼が自分を躰だけ繋いでいたことを許してはおらず、思い出すほど辛いと言えなかった。 それを責めてしまうと今の関係も終わってしまいそうで、付き合いをやめろという心の叫びに矛盾を感じていた。 自分の解消しきれない気持ちに目を瞑って、黙っていればよいのだろうか。 蒼が他の人に気持ちが移っていれば、簡単なんだけどな………。 いやいや、蒼が浮気でもするわけでもない。 放っておかれるのは仕事のせいとして、今日の夜でも一度ちゃんと謝って話し合おう。 そう思いながら、ぼうっとしていると、小さな子供が父親とボールで遊んでいるのが目に入った。ボールがこちら側に転がってきたので、手に取って投げようとすると、父親がこちらを見て爽やかに微笑んだ。 「ーーーーーー皐月!また逢ったね。楽しんでる?」 黒瀬と悠だった。 黒瀬はラフなポロシャツを着て、悠の手を取りながら、楽しそうに近づいてくる。 「うん、楽しんでるよ」 「そうか。なら良かった。……実は、君が昨日もここに座ってるの見たんだ。すごいつまらなそうにいつも珈琲を飲んでるよね?」 黒瀬は付箋が張られた雑誌を横目にみて、苦笑した。結局言わなくとも全てお見通しらしい。 「僕の事で喧嘩でもした?」 にこにこと黒木のように黒瀬は爽やかに笑った。

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