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第36話
黒瀬が泊まっている所は、ボストンの中心地区に建つ歴史あるホテルで、エレガントな内装の部屋だった。 流石に払えないと伝えたら、秘書が泊まる予定でどうせキャンセル代を払うから泊まってくれると助かるという口車に乗せられ、好意に甘えてしまった。
外は日が暮れて、もう夜になっていた。
賑やかなロビーを通り過ぎて、黒瀬はエレベーターへ案内すると鍵を渡してくれた。
蒼の時は頑なに自分で払いたいと言い出してたのに、こんな時甘えてしまう自分が情けなかった。
「本当に気にしないでね。その代わり、明日は悠の相手してくれると助かるから」
強引にタクシーに乗せられ、駅から荷物を回収してボーイにホテルの部屋に荷物を運ばせると黒瀬は爽やかに笑う。部屋は思ったよりも広く、一人でも充分な広さで大変申し訳ない気持ちになった。だが行く当てのない自分は黒瀬に甘えるしかなかった。
「……分かった。またあの公園でいい?」
「ボール必須でよろしくね。……そういえば、君のお気に入りの雑誌は?」
「捨てたよ。観光もしたし、もう必要ない。」
大きなトランクを脇に置いて、不貞腐れてベッドに横になりながら言うと、黒瀬の溜息が聞こえた。
「………ここはいつまでもいていいから、落ち着いたら早く仲直りしなよ。」
「ありがとう。」
「………まあ、今日はゆっくり休むことだね。明日また声かけるから、必要なものあれば連絡して。僕達は上にいるから気にせず言ってね。」
優しい口調で黒瀬はそう言うと、静かに部屋をでた。
いつだって紳士的で、優しくて、頼りになる。そんな所が好きだった。今こうして再会した事で、奥深く仕舞い込んでいた気持ちが整理されていくような気がした。
対照的に散々放置されて、朝倉と出かけて食事を終えて帰宅する蒼に優しく接する自信が沸かなかった。
躰も求められない、会話もない。
食事も寝室も一人であの部屋で過ごすのは、苦痛でしょうがなかった。
話し合おうとして拒絶されると、今はこのまま終わっても良いとすら思えた。
頬を赤く染めて、楽しそうな朝倉を思い出す。蒼と逢える喜びがよく伝り、幸せそうだった。
朝倉は同僚だと言い張るが、朝倉はそんな感じに思えない。
『1番見込みがないですけどね…。』
力なく笑う朝倉が羨ましく、見込みも可能性もない自分にとって、絶望的な立ち位置なのだとよくわかった。
自分は1週間に1度の電話で、蒼は朝倉と何度も逢っては食事している。
勝算はそもそもなかった。
朝倉と食事したり出かけたりするのを、せめて話して欲しかった。
今回だけではない、以前から親交を深めてるならせめて本人の声から知りたいのは当然だ。
恐らく、蒼は醒めきってる。
傍にいても分かるくらい、冷たい。
前は躰を求められたが、今は求めることすらしない。
もやもやとネガティブに考えながらも、瞼を閉じる。駄目だ、明日は悠と公園に行って考えよう。
悠と汗をかくまで遊んで、楽しんで紛らわそう。蒼には後でメールなり連絡を残せば良い。
そう思いながら、身体を横にした。
ベットのスプリングが軋み、寝心地は最高だった。
するとドアが開く音がして、誰か入ってきた。
「槇、明日なら……っ…」
蒼だった。
「皐月、明日ならどうするの?」
身体を起き上がらせると、怒った表情で蒼は立っていた。額には汗が張り付いて、息は少し荒い。急いでここに向かってきたような感じでがした。
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