27 / 59
第27話
長時間フライトと時差ぼけで疲れた身体は合間に起きることなく、深い眠りについては十分な休息を得れた。
朝、目が醒めると寝室に蒼の姿はなかった。浮足立って、リビングに行くと蒼はジャケットを羽織り何処かへ行く様子が見える。
「皐月、ごめん。……同僚が体調を崩したみたいで代わりにシフトを交代したんだ。休みを返上しちゃったから、しばらく忙しくなるけどいい?」
申し訳なさそうに薄緑色を潤ませ、蒼は荷物を整えていた。時計をみると現地時間は朝の7時で、自分はずっと寝てしまっていたようだ。
「仕事ならしょうがないね。」
話したい事は沢山あったが、飲み込んで笑った。ボストンへは3週間程滞在する予定で、まだまだ来たばかりだ。
焦ることはない。
そう思いながらも、昨夜から余所余所しい蒼が気になった。いつもならスキンシップが激しい蒼は別れ際は抱き締めて、キスをする筈だ。
「ありがとう。ご飯は一応冷蔵庫にあるから食べて。夜はテイクアウトを注文しといたから、受け取って欲しいな。鍵はスペアを置いとくよ。」
何から何まで用意されて、少なからず歓迎はされているようなのでほっとする自分がいた。
昨夜は同じベッドで隣に寝ていたのも分からないまま、眠ってしまったので、もう少し早く起きればよかったと少し後悔した。
「………ありがとう。いってらっしゃい。」
そう言うと、蒼はサングラスをかけて車のキーを片手に微笑みながら家を出て行った。
我ながら朝から見惚れるぐらい恰好良い。
外は日本より湿気がない分、日差しが強く暑そうだ。
蒼に甘えたい気持ちを堪えて、ぐっと我慢した。
ーーーーーー夜になればまた逢える。
今日はとりあえずはゆっくり身体を休めて、一日家で待っていようと思った。
閉まるドアの扉を細目で眺めながら、夜が来るのを待った。
だが、蒼とはそれっきりまともな会話も触れ合うこともなかった。
歓迎されてはいたが、タイミングが悪く、次の日も、その次の日も、蒼は少しだけ会話すると早々に出勤してしまうのだ。夜は遅くに帰宅して、すぐにシャワーを浴びると寝てしまった。
蒼は寝室に疲弊しきってベッドに入り、労わるように声を掛けたが素っ気無く返事をするだけだった。
こっちの医療事情も精通しているわけでもなく、何も言えないまま限られた時間だけが削れるように過ぎた。
休みは取ったと前に教えてくれたが、全て返上してしたのかも聞けず、やることもないまま、数日後に自分は一人で観光雑誌を片手に外へ繰り出した。
行きたかった所は多々あったが、一人でも不自然に見えない美術館を選んだ。そして美術鑑賞に満足すると、一人で珈琲を買って、ボストン・コモンという都市公園に行くという詫びしいルーチンが最近できたのである。
いつまで仕事なのか聞けずに、そのルーチンを1週間ぐらい繰り返した。
おかげで美術館では知らない白人紳士と顔見知りになり、現代美術にも詳しくなった。
いつもある絵になると立ち止まり、じっと眺めてると男性が隣に立ち、一緒に並んで鑑賞した。お互い軽く微笑むだけで、特に会話もないまま並んで観るだけの空間が心地よかった。
その紳士を一度横顔を盗み見たら、金髪でハンサムな顔立ちをしていた。だか男性とはそれきりで、蒼だったらいいのになと頭の片隅で思いながら、ずっとその紳士を蒼へ変換して絵を嗜んでいた。
そして美術鑑賞に満足すると、そっと美術館を出てボストン・コモンという広さ50エーカーもある、歴史ある都市公園へ向かい、珈琲片手にただ時間が経つのを待っていた。
ともだちにシェアしよう!

