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第42話
黒瀬が運転する車は湘南方面を走り抜け、水族館へ向かった。小さい水族館だが生き物も多く、悠は嬉しそうにキラキラと目を輝かせながら車を降りた。
海に行くと聞いたので、すっかり泳ぐのかと思い、タオルと水着まで持っていき込んでいたのが恥ずかしい。車を降りるとき、黒瀬は見透かしたように『泳ぐつもりだった?』と意地悪く笑い、その顔を睨め付けると、悠は後ろで微笑んで手を絡めてきた。
僅かな時間でしか過ごしていないが、ボストンで遊んだ甲斐があって良く懐いてくれて嬉しい気持ちが湧き上がる。荒んでいた気持ちが癒されるような気がした。
チケットを購入すると、悠は手を引いてどんどんと前を歩いていく。
引っ張られるように後をついていくと鮮やかな南半球の海をイメージした水槽にぶつかった。
「彼と仲直りした?」
二人で悠の背中を見ながら、館内を歩いていると黒瀬は小声で話しかけてきた。目の前には大きな水槽の中に色鮮やかな熱帯魚が沢山泳いでいる。平日のせいか、まだ館内は閑散としており、家族連れがちらほらと見えた
どう答えたらいいのか分からず、なんともいえない表情で自分は答えた。
「別れた。」
「え!」
驚いて、黒瀬が声を上げると水槽を眺めていた悠が不思議そうな顔で振り返った。
心なしか知らない魚達が散るように逃げたように見える。
黒瀬は驚いてじっと自分の横顔を見つめるが、説明しずらい自分は悠に手を差し出した。
「悠君、あっちに大きな亀さんもいるよ。見る?」
「…うん!」
悠の手を引いて屋外の亀コーナーへ足を進め、後ろから黙って黒瀬がついてくる。外はまだ暑くムッと湿気があり、日差しが強い。
屋外から見える海は絶景で、陽光に反射し煌く海と小波が館内からよく見えて、サーフィンを楽しんでる人もいて気持ち良さそうだ。
「なんで?付き合いは長いよね。」
「……うん、長いけど、色々あって喧嘩したんだよ。」
「喧嘩………て。」
悠は柵を握りしめ、柵の隙間から見える大きな亀を前に目を輝かせて驚きながらも眺めていた。小さな背中が可愛らしく、その姿が何故か蒼に似ていた。
「………いいんだよ、終わったし。」
関係が切れても普段の生活は変わらなかった。向こうに住むわけでもなく、仕事も相変わらず締切に追われる日々だ。順風満帆ではないが、充実はしている。
「僕のせい?」
黒瀬は困った顔を自分に向けて、腕組みをしながら聞いてきた。柔らかな黒髪の前髪を下ろしているので、ボストンの時より若く見える。
「違うよ。本当に色々重なって、なんかよく分からないや。」
自分がきちんと黒瀬の事を蒼に伝えないまま付き合っていた事、蒼が朝倉とボストンで会っていた事、蒼が嘘をついてまで自分を避けた事、全てが色々ありすぎて何が原因なのか分からなくなっていた。
「………………あんなに君は一途だったじゃないか。」
信じられないと目を大きくし、黒瀬は両手を広げると大袈裟なリアクションを取った。海外ドラマの俳優さながら、全く理解が出来ないようだ。自分も出発するまでは、こんな事になるなんて全く思いもしなかった。
あの時は早く蒼に逢いたくて、本当に蒼の事ばかり考えていた。
「あの時はね。………そうだ、もう少し見たらご飯にする?」
けれども、現実は上手くいかず自分なりに頑張って蒼に誠意を示したが認められなかったのかもしれない。もっと早くに全てを打ち明ければよかったのか、それともあの時に別れていたらよかったのか、どちらにせよ、もう遅かった。
答えのない話をうだうだ言うのも面倒くさくなり、早くこの話を切り上げたくて、話題を変えた。悠も亀を満足そうに見終わったようで、楽しそうに手を絡めて館内へ手を引っ張り歩こうとしていた。
時が経てばどうせ忘れる。
押し殺した気持ちがそう思わせていた。
「………そうだね、ぶらぶら出口まで歩いて、近くの美味しいカフェで食べよう。」
黒瀬は納得できないようだったが、ずっと子供の前で話すわけにもいかず、早々と話題を変え、その提案に乗ると溜息をついて足を早めた。
悠の手を引きながら、館内へ戻り出口を目指して歩くと小さな細い悠の指がギュッと手を掴み、蒼も結婚したら、こうして家庭を築いていくのだろうかと頭の片隅で思った。
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