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第46話

あれから数日が経ち、今日は黒瀬と約束した悠を預かる日だった。 土曜なのにスーツ姿でビシッと決めた黒瀬から悠を引き取ると山下公園に行き、ボールで遊んだ。広い芝生を駆け回っていると、ボストンにいた頃が懐かしく思え、あの頃がもう遠い過去のように思えた。 「この後、ご飯食べようか。」 「スパゲティがいい!」 悠は笑いながら小さな声で話した。 歩くには少し距離があったので、電話して葉月の店にタクシーで向かう。まだまだ暑い日が続き、タクシーのエアコンで涼むと幾分か楽になった。 あの電話から蒼の着信が途絶えた。一度メールを受信したが、読むとまた思い出しそうでまだ読んでない。代わりに、黒瀬との会話で自分の思いを書いてみた。相変わらずの駄文過ぎて読み返すとゴミ箱に入れたくなるほどの出来栄えで、まだ送信ボタンを押せなかった。 タクシーで坂を上り、横で港に集まる船を眺めつつ葉月の喫茶店へやっと辿り着いた。 「こんにちは。」 重いドアを開きながら、葉月の姿を探す。店の中は誰もおらず、奥に誰か二人の姿が見えた。 「…………やッ……ぁ…」 悠を後ろに目を凝らして覗き込むと奥では桐生が葉月を顎を掴み、押し倒すようにキスをしていた。 反射的に扉を閉じて、目に焼き付いた光景を反芻した。 「……ご、ごめん。変な所見られちゃったね。」 「あ、いえ…大丈夫です。」 「わ!可愛い子がいるね、お名前は?」 葉月は屈んで悠に微笑むと、悠は背中に隠れておずおずと顔だけ出した。 「くろせ ゆう。5さい。」 「ゆうくんか!偉いね、ちゃんとお名前と年齢言えたね。上手だね。」 葉月は微笑みながら悠の頭を撫でた。 先程の光景が嘘のように見え、大人の対応を感じた。 「お久しぶりです。…これ、お土産です。」 ボストンの美術館で買った紅茶を葉月へ渡し、明るく感じの良い店内へ入った。奥には桐生が憮然と座って、こちらを見た。 「ひ、久しぶり。」 き、気まずい……。 雄の顔を知っているとはいえ、先程の葉月との情事を見せつけられるとなんとも言えない気持ちになる。 「その子供は?」 桐生は後ろに隠れている悠に視線を移して、微笑んだ。普段無表情だが、子供には優しい事は知っている。 「黒瀬の子供だよ。今日預かってるんだ。ほら、こんにちは。」 「……こんにちは。」 「こんにちは」 目元が緩んで、桐生は優しく悠に微笑んで挨拶をした。一応、警察官である事を忘れてはならない。 「桐生は仕事?」 「そう、珈琲飲んだら行くよ。」 桐生は葉月さんをチラッと見ると、葉月さんは頬を赤くしながらキッチンの中へ入った。 「倉本くんも珈琲いる?悠くんはオレンジジュースがいいかな?あ、ご飯もだよね。桐生くん、メニュー渡してあげて。」 葉月は真っ赤になりながら、早口で桐生を見ずに言った。 悠と自分は壁側にあるテーブル席へ座る。ずっと遊んでいたので、ソファに腰を下ろすとやっと休めた気持ちになる。 「ほら、メニュー。」 桐生が冷たい水とメニューを渡してくれ、悠にスパゲティのページを開いて見せた。 「ありがとう。悠くんスパゲティで食べたいのある?」 「これ!」 ミートスパゲティを指差し、わくわくと目を輝せている。すっかり心を開いてくれて、気持ちが和んだ。 葉月へ自分と悠の分をオーダーすると、珈琲とジュースが運ばれてきた。 「……あ、桐生にもお土産…。」 急いで袋から取り出して、土産を渡すと怪訝な顔をされた。 「なんだよ、コレ?」 「え、先住民族の人形だよ。可愛いから桐生についつい買っちゃった。お守りにもなるんだって」 「………ありがとう。貰っとく。」 掌サイズの変な人形を桐生はじっと観察し、溜息をついて胸ポケットに入れた。 憂鬱な気持ちで美術館に行ったが、ショップは色々な土産があり見ていてすごく楽しかった。 唯一、わくわくと胸を躍らせた場所で悠と一緒に色んな物を探しては買った。 「ボストン楽しかった?」 葉月がキッチンからこちらを見ながら、ニコニコと悪びれる事なく訊いてきた。 「………ええ、楽しめました。」 微笑みながら返した。 葉月も桐生も普段と変わらない様子なので、蒼な何も言っていないのだろう。出発前にここを立ち寄った時の気持ちが懐かしくなる。 実際にボストンは黒瀬と悠、そして天候と景観の良さに救われて楽しかった。あの公園を思い出すと、また行きたいと思いつつ複雑な気分だ。 珈琲を飲みながら美しい街並みと行き交う外国人の情景がまだ記憶にこびりついていた。古い建物が多かったが、歩いていてその光景を観ながら公園に向かうのが一番好きだった。 「はい、スパゲティ2つ。一応紙エプロンもあげるから、ゆっくり食べてね。」 「ありがとうございます。悠くん、頂きます、しようか」 紙エプロンを悠につけて、腰を下ろして手を合わせた。やっぱり一人で食べるより誰かと食事するのは子供でも楽しい。 「うん!いただきます!」 悠は大好きなのかスパゲティを目の前にすると、パクパクと食べ始めた。 「……蒼さんから電話があったけど、なんかあったのか?おまえがいないって話してて、かなり動揺してた様子だった。」 桐生はカウンターから身体をこちらに向けて、珈琲を飲みながら言った。 あの別れ日、蒼は額に汗を浮かべて自分を見つけるとほっとした顔をしたのを思い出す。 「……ちょっとね。それでどうしたの?」 「前に位置情報システム携帯に入れたろ?それで調べて教えといた。」 「……あ!」 携帯を取ってまじまじと見る。最近は着信とメールを受信するだけで、携帯自体あまり使っておらず存在すら忘れていた。 「……悪い、消しておこうか?」 「いや、いいよ。桐生に守られてるて思うと安心するし………。」 頼りなく笑うと、葉月が視界に入り、しまったと瞬間的に思った。 二人がキスしているのを目撃し、自分はなんて余計な事を言ってしまったんだろう。チラッとまた葉月を見ると、大きな瞳と視線がかち合い微笑み返された。 「兄さんとは上手くいってる?」

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