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第20話
「なぁ……手、握ってもええ?」
多少、いや、かなり緊張しながらも言うと、切れ長の双眸が大きく開かれた。彼がかすかに顎を引いたのを見て、節くれだった右手に指を絡める。
相変わらずきめ細かで、吸いついてくるような肌感だった。懐かしい感触に、心はさらにぶるりと震え、じんわりと熱くなる。
「麻琴」
邦孝は調子に乗って、麻琴の膝の上に跨った。見上げてくる黒い瞳は丸く、やや強ばっていた。……もっと貞淑に事を運ぶべきだったかと少し後悔したが、引こうとは思わなかった。恥ずかしさや気まずさはあるものの、今、この時がそうなのではないか、あまりにも久々でよく分からないけれども、といった思いだった。
「反省も後悔もたくさんあるけど、それはもうええやん。先のことだけ、考えようや」
「……あぁ」
「あ。でも、カナダの話は今すぐにイエスともノーとも言えへんし、時間くれへん? とりあえず今は―」
照れ笑いが浮かんで、しょうがない。そんな邦孝を見て、麻琴は固かった表情を淡くゆるめた。絡まった手に力を込め、空いた手をこちらの腰に回してくる。
「……今は?」
「……言わな分からん? めっちゃ恥ずかしいんやけど」
麻琴がふふっと小さく笑う。表情の起伏はさほどないが、彼は人並み以上に何かを思い、考えている。邦孝にはそれが分かる。今の彼は、ものすごく嬉しそうで、愉しそうだった。
「できれば聞きたいけど、無理にとは言わへん」
「そういう言い方、ほんまずるい……」
随分と久しぶりに胸のうちも身体も大きく昂ぶっていた。付き合いたての頃を思い出す。おおいに恥じらい、けれども相手に触れたくてどうにかなりそうで、そんな自分を知ってか知らずか、麻琴は追い詰めてくる。
「なら、言ってくれ」
そう、こんな風に。……何となく癪だが、素直になるしかなかった。
「……お前がそばにいるんやなっていう実感がほしい」
小さな声でぼそりと言った口を、柔らかいもので覆われた。
忘れて久しかった感触だった。少しかさついていて、肉が薄くて、そしてあたたかい。麻琴の唇は昔と変わらず気持ちよく、脳髄がくらりとするほど蠱惑的で、涙が出てきそうなほどの多幸感に襲われた。
邦孝は目を閉じ、彼の口唇と深く交わる。目には見えぬ霧が、綺麗さっぱり消えていく。羞恥心は肉欲に飲まれ、それが全身を激しく巡っていき、たまらなくなるも、突然、麻琴が口づけを解いてきた。何だ、どうしたと思い、やんわりとまぶたを上げれば、視界いっぱいに決まりの悪そうな顔が映る。何や、何やと驚いていると、麻琴は「しまった」と独りごちた。
「え、なに? どうしたん?」
「……買わなないわ」
「え?」
「ゴムとローション」
一瞬、ぽかんとしたが、邦孝はすぐに噴き出した。ゲラゲラと腹の底から声を出しながら、依然ばつが悪そうにしている麻琴にぎゅっと抱きつき、髭が生え始めた彼の頬に頬を擦り寄せる。
「恥ずかしいけど、一緒にドラッグストア行こか」
「いや、俺ひとりで行く」
「やけど、ひとりで留守番してんのも、なんか寂しいし」
唇を尖らせながら言えば、麻琴は「しゃあないな」と言わんばかりにため息をついた。「なら、一緒に行こう」
「うん」
邦孝はベッドからおり、繋いだままの麻琴の手を引く。じっとりと熱く、肌と肌が溶けてひとつになったような感覚を面映く思いながら、ふたりで部屋を出た。
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