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第19話

……いや、でも違うかも知れない。違っていたらとんでもなく恥ずかしい。だから、直球で訊ねることはしない。 「……休職の申請が通らんかった話と、海外へ行くって話の繋がりが見えんのやけど」 「海外……カナダは税金が高い代わりに、医療や福祉サービスが手厚くて日本人が暮らしやすい」 麻琴はそこで言葉をきり、邦孝の目を見つめる。混じり気のない底深い黒の瞳は、剛毅で真面目な彼の人となりを映し出しているようだった。一度そうだと決めたら、脇目も振らずに突っ走っていくような力強さを思わせ、それ故に危うさを感じる。 昔と変わらない彼の眼差しに、胸をぐっと掴まれ、引き寄せられそうになる。 麻琴は、昔から何も変わっていない。そう思わされる。そして、自分と彼を隔てていた色深い霧が、少しずつ晴れていくのを感じた。 「それに、カナダなら同性婚が合法化されてる。男同士でも結婚できる」 ……思い違いでなかったことにほっとすればいいのか、頭を抱えればいいのか、どうすればいいのか。分からなかった。ただ、麻琴が本気で自分とカナダで結婚しようとしていることは理解した。 「……何で、今まで黙ってたん?」 「まとまった金ができて、現実味が帯びてからの方が、お前を囲める思うたから」 なるほど、一理あると思ってしまったのが悔しい。だとしても、あまりにも独り善がりが過ぎるのではないか。邦孝は口元の痙攣を抑えることなく訊ねる。 「ということは、お前の方の準備は整ってるんや?」 「あぁ。今年度で退職して、春から向こうに行けたらって思うとる。後はお前次第やな」 「……ほんまさぁ」 くらりと眩暈がし、ため息をつきながらこめかみに指を当てた。……麻琴は昔から突拍子もない男だった。けれども、決して思いつきで物を言わない。思い悩み、勘案した末に決心したことを、あまりにもさらりと口にするのだ。 「お前には敵わん」 そう言って溢れたのは、笑みだった。呆れ、感心、歓び、自嘲。そんなものが一緒くたになって、喉奥から湧き出てきた。 邦孝は顔をあげ、再び麻琴の顔を見る。表情は恬淡だが、その下にとんでもない願いや欲を隠し持っているこの男に、心を大きく揺さぶられていた。 「お前は何でもできる。何でもこなせる」 その言葉に、麻琴の表情はなぜか曇る。 「ほんまにそう思うか?」 「え?」 「やったら、お前を弱らせずに済んだやろ。俺は、お前を助けられへんかった」 悔いるような声だった。あぁ、と邦孝は胸のうちで声を漏らし、苦い笑みが唇に滲む。 「それはお前のせいやない。俺が変に意地張ったり、対抗心燃やして、勝手に自滅しただけなんやし」 「……あの時は正直、お前のことより仕事を優先してた。仕事も楽しかったし。そのせいで、潰れていくお前に気づけんかった」 「そんなん、俺やって仕事のことしか考えてへんかった」 邦孝はするりと右手を伸ばした。

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