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第1話

見返りなんて、必要ないと思ってる。 たとえ貴方が他のひとを大切にしてても、僕のことなんて見えていなくても、ありがとうとすら、言ってもらえなくたっていい。それでも僕は貴方を支えたい。貴方のためになるのなら、僕はなにもいとわない。 でも、出来ることなら、振り向いて笑ってほしい。僕を見つめて、名前を呼んでほしい。僕のために時間を使ってほしい。 そんなことを心のどこかで、わりと真ん中らへんでいつも思っている。 だけど、そんなことは悟られてはいけない。 僕は近頃人気の動画配信者、ナツメグぱんだ、こと、友人である(なつめ)の手伝いをしている。といっても、食事を用意したり、近くのコンビニに飲み物を買いに行ったり、部屋の掃除をしたり、使いっぱしりのような仕事だ。 誰にでもできるような雑務だけど、ずっと大好きな棗のそばに居られるのだから、僕にとっては特別な仕事だ。 棗とは学生時代に知り合った。当時から棗は動画サイトに自作の映像を投稿していた。たまたま居合わせた食堂で、ちょっとこれ持っててとカメラを渡された。 それが運命の瞬間だった。同性の男であるにも関わらず、ビデオカメラ越しにニッコリと笑う棗を見たあの瞬間から、僕は棗に恋をしている。 棗は主に「おしゃカフェ比較してみた」や「学部全員で踊ってみた」といった、若年層をターゲットにした動画を投稿している。 時には政治の話をしてみたり、奉仕活動をしてみたり、社会派な動画もあげている。一見するとウケが悪そうだ。だが、棗の甘いルックスのせいか、人としての魅力なのか、あるいは編集の技術か、そういった動画でも一定の視聴回数を稼げている。 そのため棗は動画の収入で生活しており、大学卒業後も就職はせず、ひねもす映像制作や生配信をして暮らしている。 対して僕は縁のあった企業に契約社員として登録し、週6回、半日だけの事務仕事をこなしている。午前中に会社で働いて、午後は棗の家に来る。収入は少ないが、とても充実した毎日を送っている。 「ごはんできたよー」 僕はお皿に盛り付けた中華丼をダイニングテーブルに置き、棗とその動画制作仲間に声をかける。毎度のことながら返事は無いが、楽しそうに話ながらダイニングに向かってくる様子を見てひと安心する。 「うわー中華丼!うまそー!」 声をあげた棗が、調理器具を洗っている僕の顔をじっと見つめて、にっこりと微笑んだ。ドキドキして、何も言えなくなる僕。そんな様子を気にもせず、棗は席について、食事を始めた。 時折、棗には好意がバレているんじゃないかと思うことがある。 棗が僕の好意に気付いていて、からかっているような、利用しているような、そんな気がする。 まぁ、それでもいいんだけど。 そんなとき、僕は決まって虚しさを感じる。 僕はきっと一生、棗からは逃れられない。これから先、いつまでだって棗のために生きていく。棗の1番が僕じゃなくても、いつだって僕の1番は棗なんだ。 それが嬉しくて悲しい。 昼食を頬張りつつ談笑を続けるナツメグぱんだのチームメンバーを眺め、小さくため息をつく。 何故か、棗以外のチームメンバーたちは、僕には全く話しかけて来ない。それどころか、目も合わせないようにしているみたいだ。 大学時代は僕も、カメラを回したり、小道具を用意したり、棗の動画制作に携わっていたが、ナツメグぱんだが成長するに連れて、僕は棗の動画から遠ざけられていった。 当時一緒に動画を作っていたメンバーたちも、自分のチャンネルを持ったり、動画製作会社に就職したりと、今では話すこともめったにない。 今いるナツメグぱんだのチームメンバーは、大学を卒業して、動画を専業にした時に棗が集めたメンバーだ。 食べた後の食器は流しに置いておいてくれるし、たまに部屋の掃除もしてくれるし、棗が居ないときにも、すれ違えば会釈くらいはしてくれる。まるで初めて遊びに行った友人宅に居た初見の家族にそうするように。 嫌われてる訳ではないんだろう。 だけど僕はナツメグぱんだには混じれない。 僕もあそこに混じって、一緒の時間を過ごせれば、棗の1番近くで支えられればいいのに。そんなことはさせてもらえない。 やっぱり少し切ない。 だけど、僕が棗のそばにいるには、これまで通り雑務をこなすこと。それしかない。いいんだ、見返りなんてなくてもいい。今、僕にできる精一杯をすればいい。 僕は棗のために、頑張りたい。

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