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第2話
ナツメグぱんだのチームメイトが帰った後、棗は夕食をとるため、編集用機材をまとめた部屋からダイニングに顔を出した。
棗が僕を見つけて近づいてくる。
「はぁ~腹減ったぁ。晩飯なに?」
僕が皿に乗ったハンバーグを見せると、棗は目を輝かせる。いそいそとダイニングにつくときらびやかな笑顔で言った。
「やべぇ!!ハンバーグ!!!超好き!」
ハンバーグは棗の好物のひとつで、学生の時に振る舞って以来、作ってくれとせがまれることもあった。その度に、僕は棗のために食事を作れることが嬉しくてしょうがないと感じた。
ガツガツと小学生のような勢いでご飯をかきこむ棗を見て、僕は笑むのを止められなかった。温かい緑茶を注ぎつつ心までポカポカしてしまうなぁなんて考えた。
すると棗が僕を見つめて口を開く。笑ったことをとがめられるのかと思っていたら、口から出たのは予想外の質問だった。
「なぁ、帛紗 はメシ食ってかねぇの?」
僕が棗の家で食事をとることはなかった。それこそ、大学時代は動画制作のメンバーたちともよく一緒に食事をしていたが、大学卒業後に棗が自宅兼スタジオのこの部屋を借りてからは、僕は棗が食事を終えるのを見届け、洗い物を済ませてすぐに家に帰っている。
一緒に食事なんてとっていたら、下手な勘違いをしてしまいそうだからだ。
僕が黙っていると、棗は話を続けた。
「泊まってったっていいし。」
まさか、泊まるなんてもっての外だ。
「つか、ここ完全にスタジオにして別の部屋借りようと思ってんだよ。帛紗の職場に近いとこにしてさ、そんで、一緒に住まねぇ?」
僕は唖然とした。唐突すぎて話が頭に入ってこない。黙って頭を落ち着かせていると、棗はさらに話を続ける。
「メシ作ったり掃除すんのにいちいち通うのも面倒だろ?いっそ一緒に暮らそうぜ。」
僕が曖昧な返事をすると、棗は了承したと受け取ったらしかった。それからは話がトントン拍子に進んだ。翌週には不動産屋に行き、内見から契約までを済ませ、ひと月も経たないうちに引っ越しをした。
いくら好意がバレていていいように使ってもらえるとはいえ、まさかここまで側で支えられるようになるとは思わなかった。
これからは棗の寝た後のシーツを洗い、棗の使うヘアワックスを買い、棗の寝不足の顔を横で眺められるようになるのかと思うと、嬉しいような、恐れ多いような気持ちになる。
棗と同じ柔軟剤の香りがする自分のシャツをたたみながら、僕はここ数日のことを思いだしていた。
通いから住み込みへと昇格し、僕は最高の気分だった。しかし、寂しさを感じることもあった。それは、相変わらず棗の動画制作は手伝わせてもらえないことだ。
棗との同居をはじめて、ナツメグぱんだからはさらに遠のいてしまった。棗の昼食は僕の手作り弁当になり、チームメンバーたちの食事は用意しなくていいようになったのだ。掃除もスタジオとして運営する以上、僕の手伝いは必要ないと言われ、越してきてからはあの部屋には入っていなかった。
そして僕は、棗の側で支えられることを喜んでいたが、あの頃と比べると、棗と一緒にいる時間はすっかり減ってしまっていることに気がついた。
家事も炊事も棗の役に立っていると思って懸命にこなしているが、このままで良いのだろうか。棗のために衣食住を整える、僕にとってそれは幸せなことだし、これからだって続けていきたい。僕にとって棗は恋する相手で、憧れのひとで、1番支えたいひとだ。
だけど棗にとって僕は、どういう存在なんだろうか。出会った頃は友人だった、と思う。一緒に動画を作って、笑い話をして、学生時代を過ごしてきた。でも今はどうだろう。棗にとって僕は、家にいて家事と炊事をこなすひと。知り合いの家政婦でも雇っているような気分なのだろうか。
実際に給与こそ受け取っていないが、食費も光熱費もここの家賃だって、すべて棗の負担だ。僕が払おうとすると、いつも棗はそんなものはいらないとつっぱねる。きっと、生活させるかわりに家事をこなしてくれということなんだろう。
そうと分かって僕は急に不安になった。
同居生活ははじまったばかりだが、これは一体いつまで続くんだろうか。棗に恋人ができてこの家に僕が必要なくなれば追い出されてしまうんだろうか。
そうならないために、僕に出来ることはあるのだろうか。
落ち込んだ頭ではいくら考えても、わからなくて、僕は久々に大学時代の友人と連絡をとることにしたのだった。
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