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第3話
「おーい、帛紗!こっちこっち!」
数年ぶりに聞く友人の声に僕は振り向いた。土曜の昼下がり、駅前の人通りの中に僕はその姿を見つけた。
「織部!久しぶり!」
大学時代に動画を作っていたメンバーは僕を除いてみんな美形だった。棗は誰よりも抜きんでていて、色気を孕んだ甘いルックスで人気を泊していた。髪色も珍しい色を選ぶことが多く、ファッションも奇抜で独特だが非常に似合っていて棗の魅力をさらに上げている。月並みの表現だが、まるで本当にファッション雑誌から飛び出してきたかのように、洗礼されていてものすごく魅力的だ。
そして今日の待ち合わせの相手である織部も棗には及ばないが、男らしく美しい顔立ちの爽やか青年である。昔から頼れるお兄ちゃんだということが見た目にもにじみ出ている程で、社会人となった今は年相応の渋さもでて、数年前より遥かに優美になっていた。
「元気そうじゃん」
相変わらずの兄貴っぷりを発揮して、僕の頭をポンポンと撫でる織部に、懐かしさを覚え思わず笑ってしまった。
「織部も、相変わらずだね。」
ニカッと微笑む織部を見て、僕は学生時代のことを思い出した。いつだったか、僕は織部のこの笑顔に救われたことがあった。
あれは確かナツメグぱんだ初期の初期、まだ動画投稿をはじめて1年も経っていない頃だった。棗を中心に大学で知り合った友人が集まり、棗の動画製作を手伝っていた。そのなかのひとり、誰の知り合いだったのかは定かではないが、僕のことをひどく気に入って、とにかくよく突っ掛かってくる男がいた。
はじめの頃は話がしつこいなと感じるくらいだったが、日を追う毎に僕を見る目に熱を帯び、スキンシップが増え、それとなく距離を置いてもどんどん詰めてくる。
悪い男ではなかったが、どこかストーカーじみた彼の言動に、僕はうっすらと恐怖心を抱いていた。そんなある日、彼に呼び出されて僕は大学の裏庭に行った。裏庭は人通りが少なく、木が生い茂っており、内緒話をするにはちょうどいい場所だった。
そこで僕は脅され、犯されかけた。
彼は僕が棗に好意を抱いていることに気づいていた。「棗にバラされたくないのなら、俺に抱かれろ。」そう言って、言葉を紡げなくなった僕を押し倒した。
幸い、すんでの所で織部が助けに入ってくれたので、僕は無事で済んだ。その日僕はたまたま一緒に昼食をとっていた織部に、男から呼び出されたことを話していた。それで織部は気にして様子を伺ってくれていたらしい。
あの時の織部は本当に頼れる兄貴そのものだった。逃げようとする男を締め上げて、後にも先にも聞いたことのないような恐ろしい声で彼を咎めていた。それから混乱する僕を宥めて、ことの経緯を聞き出した。
お陰で男への恐怖心も、棗への恋心も、織部には全てバレてしまった。だが織部は、それを聞いて僕を軽蔑するでもなく、恋愛沙汰に首を突っ込むでもなく、ただ「苦しいときは話聞くからな」と告げてくれた。
おまけに、動画製作のメンバーに露呈するのを嫌がった僕のために、それとなく男と距離を置けるようはばかってくれた。
男が動画製作に顔を出すこともなくなり、僕も安心して元通りの学生生活を過ごせるようになった。
あの頃、織部が「大丈夫だ」とニカッと微笑む度に、僕はとてつもない安心感を抱いた。僕にとって織部は頼れる兄のような存在で、よき友で、今でもずっと尊敬している。
そんな訳で、棗に関する悩みはずーっと織部に聞いてもらっているのだ。
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