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第4話

「って訳なんだよ。僕、どうすればいい?」 僕らは織部の行きつけだという小洒落たカフェバーに入った。そして、ノンアルコールカクテルを飲みながらドライフルーツをつまみつつ、棗と同居するまでの経緯と現況をひととおり伝えたところだ。 「は?ちょっと待て、もう同棲してんの?」 やはり友人とはいえ、便利だからという理由で共に暮らすのは一般的ではないのだろう。織部は驚いた顔で問い直してきた。 「ん?んー、うん、一緒に住んでるよ?」 答えると織部は何故か呆れた顔をして、「ノロケかよ」とため息をついた。全然まったくノロケてない。僕はいたって真剣に落ち込んで、悩んでいるというのに。 「あー、んで何だっけ?棗が家に帰ってこないで、浮気するかもって悩んでんの?」 織部は昔からややこしい比喩を使う。僕が棗について話すときは、いつもまるで僕と棗が恋人であるかのように言うのだった。 「浮気っていうか、棗はなんか、僕を動画から遠ざけたいみたいなんだよ。僕は棗を1番近くで支えてたいのに、棗からどんどん遠ざかってる気がして辛いっていうか。」 織部は僕が真剣に悩んでいることを汲み取ったのか、渋い顔をして告げた。 「それは、あれだろ、帛紗に他の男を近づけたくないだけだろ?大学の奴らも何かと理由つけてチーム辞めさせてたし、俺ですら未だに牽制されるぞ?無視してっけど。」 織部の励ましは時々とても的を外れていて、なんと返事をしていいのか分からなくなる。 もし本当に僕が棗と恋人で、僕のために同居を提案してくれていたのなら、どれ程良かっただろうか。 「棗の中心は動画投稿だし、それを手伝えれば、僕も棗の世界に居られる気がしてる。 夢中で製作してる姿、めちゃくちゃ好きなんだよ。超かっこいいし、動画配信者としても人としても、恋愛って意味でも惚れてる。 間違いなくずっと応援し続けるよ。それが嬉しいって思ってる。けど、時々虚しくなる。 棗にとって僕は一体なんなんだろうって。」 織部は僕の話を遮らず、ただ聞いてくれた。 「見返りなんて要らないって思ってるはずなのに、振り向いてもらえないことが寂しくなるんだ。僕なんて、必要ないのかもって、そう思って虚しくなる。それが嫌なんだ。」 僕が話終えると、織部はどこか切なげな表情で僕に聞いた。 「それ、棗に話したのか?」 恐れ多くてそんなことは言えない、と答えると、織部はまたため息をついて僕に言った。 「それが問題なんじゃないのか? 棗と帛紗は対等なんだから、思ってることはちゃんと言い合え。 それから、見返りなんて要らないっていったけど、そこが違う。棗が帛紗に求める分だけ、帛紗だって棗に求めればいいだろう。」 対等、という言葉に驚いた。言われて初めて気がついたが、僕ははじめから棗と対等だなんて思っていなかった。僕が棗に惚れていることが、弱味だとずっと思っていた。 棗に捨てられないためには、棗とおなじくらい魅力的な自分で居なければならない。まずちゃんと棗を好きなことに自信を持つことにした。胸を張って棗に好意を伝えなくては。 「…うん。言ってみようかな。」 いつか来る別れを危惧して思いを伝えないくらいなら、いっそ関係がダメになっても、好きだと伝えておいた方がいいかもしれない。 好意を利用されたって構わない。棗のそばで棗のために働けるならむしろ本望だ。 今日うちに帰ったら、棗に気持ちを伝える。そう覚悟を決めてこの話を終えた。 そのあとは、近況を報告しあい、織部がずっと片思いをしているという少年の話もした。 久々に懐かしい友人と過ごせて、充足感に満たされ僕は上機嫌で帰宅した。 しかし棗は不機嫌な顔で仁王立ちし、玄関の扉を開いた僕を睨み付けたのだった。

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