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第4話
案の定、ディナーの小鹿のソテーがミハイルの獲物だと明かすと、遥は目を丸くしていた。
「狩りもなさるんですか?」
「たまに、な。赤ワインのソースに合うだろう」
誇らし気に語るミハイルに隆人も、やや引き気味だ。
「隆人はやらないのか?面白いぞ」
ミハイルがちょっと意地悪く隆人に話を振る。
「私は殺生は好みませんから.....」
まぁ日本人は滅多に狩猟なんかやらないものな。昔は狩人は差別の対象だったし、民族性が違う。ミハイルは、ふむ....と小さく頷いた。きっと隆人や護衛の兄さん達も、やむを得ず人を殺める時は刃物....刀でも使うんだろう。
「小蓮(シャオレン)もやるの、狩り?.....」
遥が恐る恐る俺に訊いてくる。
「俺はたまに付き合うけど、殆どやらない。やりたいなんて言うなよ、遥」
俺だって、殺生はあまり得意ではない。俺が狩るのはミハイルに仇なそうという輩だけだ。小兎だって可哀想で撃てない。
「なんで?」
と問う遥に間髪入れず隆人が答える。
「神に仕える者は殺生などしてはいけない」
それはそうだろう。それに猟銃とは言え、立派な凶器だ。遥に銃器など持たせられない。俺やミハイルのように銃を持ち慣れている人間だって、扱いには慎重だ。
そこで、俺はさりげなく肝心のことを訊いてみた。
「隆人、殺生がダメというんじゃ。遥は釣りもダメなのか?」
「釣り......ですか?」
隆人は考えたことも無い.....という表情でしばし黙り込んだ。
「いや、明日、隆人とミハイルが打ち合わせしている間に、湖でふたりで遊ぼうかと思っているんだが.....」
俺はさりげなく、ミハイルの顔を見た。別に異存がありそうなふうではない。
「まあ、釣りくらいならいいんじゃないか?神饌として神前に魚を捧げることはあるだろう?」
ミハイルの助け船に、隆人もしぶしぶと同意した。
「まぁ少しくらいなら.....」
「釣り?釣りに行くの?.....俺はやったことないよ?」
半分驚きながら、はしゃぐ遥にミハイルも俺も思わず苦笑した。
「大丈夫だ。道具は揃えてあるし、俺に任せろ」
「釣りは小蓮のほうが得意だからな」
ミハイルの言葉に俺はついにっこりしてしまった。と、退屈していたのだろう、桜木が訳のわからないことを呟いた。
「おじいさんは山へ鹿討ちに、おばあさんは川へ魚釣りに....ですか」
日本昔話にするな、桜木。
「では.....長旅でお疲れでしょうし、明日のこともありますから、今日は早目にお寝みください」
食事を終えて、応接室でスコッチとウオッカを片手に.....俺はビールで遥はシードルだったが、ひとしきり他愛の無い話をしている俺達に、ニコライが明日のスケジュールの確認と解散を告げにきた。
「わかった。ニコライ、後は頼む。.....隆人、遥、ゆっくり休んでくれたまえ」
そう言ってミハイルが腰を上げ、俺を促した。俺も仕方なく席を立った。そして遥をハグした。
「お休み、遥。良い夢を.....」
「うん。また明日な、小蓮(シャオレン)。おやすみなさい」
隆人に眉をしかめられながら、大きく手を振ってゲストルームへ去っていく遥の背後で桜木がまた、律儀に頭を下げ、付き従って行った。彼らの背中を見送った後、俺達もベッドルームに移った。
シャワーを浴び、だいぶ低い位置に移動した月を眺めながら、互いの唇を貪って、ベッドに倒れ込んだ。きっとゲストルームでも、隆人と遥が同じように月明かりを浴びて互いを確かめ合っているだろう。
「明日の朝は、ゆっくりでいいんだろう?」
耳許で囁く俺に、ミハイルがニヤリと笑った。
「もちろん......」
ベッドの中で抱き合って仰ぐ朝陽は眩しい。きっと遥もそう思うに違いない.....。
俺は両腕に逞しい背中を抱いて、ミハイルを受け入れながら、心の中でふふっ.....と笑みを洩らした。
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