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第26話
「先生、お慕いしております」
「う、うん」
白帆が伸びあがって唇を触れさせた舟而の頬は、火傷しそうなほどに熱かった。
頬に接吻されて、舟而は足から頭へ順々に震え、目を丸くして白帆を見た。白帆は舟而の姿
を見て声を立てて笑う。
「何だい大人をからかって。白帆がその気なら、僕だって」
舟而はキャラメルを一粒取り出すと、白帆の肩を抱き、キャラメルを唇に挟んで白帆の口へ近づけた。
薄く口を開けて迎えた白帆の口の中へ、舟而の舌がキャラメルを押し込んできて、そのまま白帆の口内をかき混ぜる。
「んっ」
白帆の口の中で、四角いキャラメルと変幻自在に滑らかな舟而の舌が追いかけっこをするように動き回った。
「ふふっ」
白帆は笑いながら舟而と舌を絡める。
身体の内側の柔らかな場所を直接触れあわせ、舐めあっているうちに、白帆の身体はふわふわとしてきた。
子供の頃、雪の日に発熱したときと同じくらい身体が軽く、独楽のように頭の中が揺れて、支えきれない身体は、舟而の腕の中に引き込まれていた。
(仔犬に頬を舐められるだけだってくすぐったいのに、先生の舌で、口の内側を舐められるんだもの……)
白帆はうっとり目を閉じて、舌とキャラメルの追いかけっこを楽しんだ。
舟而の口の中に舌を吸われると、舌の根元がぴりっと痛んで、全身に痺れが伝わる。
「んっ! んんっ!」
暴れてもがいたが、強く抱き締められて許されず、ようやく解放されるとすぐに白帆は隅田川の上に身を乗り出して下流の方を見た。
「下駄が片っぽ、流れちまいました。歯を継いだばっかりだのに」
「買ってあげるよ。銀杏白帆にふさわしい、目の詰まった柾目 の桐の下駄を買ってやる」
白帆は片方だけ残った下駄を手にぶら下げて、舟而の背におぶってもらって家路に就いた。
「先生の背中って、大きくてあったかいですね」
「白帆は心配になるほど細くて軽い。どうやってあんな重たい衣装を着て、舞台の上を動き回っているんだか」
「また舞台の上を動き回れるといいんですけど」
「大丈夫さ。僕が約束する」
「はい。本当に大丈夫なよな気がします」
「気がしますって、何だい。本当にお前さんは大丈夫なんだ。僕のことを疑ってるのか」
「そういう訳じゃありませんけど、先のことなんてわからないじゃないですか」
「僕にはわかるんだ。白帆は当代一の女形になる」
「そんな、当代一なんて」
「『女にしてください』なんて作家の家へ飛び込んでくる女形は、後にも先にもお前さんしかいない。そこまでの気概を持って女形に臨む奴が、報われないはずがないんだ」
「ねぇ先生、私を女にしてくださいますか」
白帆に頬に頬をくっつけて訊かれ、舟而はしっかり頷いた。舟而の首に一層強く白帆の腕が絡みついた。
「おかえんなさーい」
お夏の明るい声が茶の間から聞こえてくる。
「ただいま」
舟而は何事もなかったかのように普段の顔つきで家の中へ上がっていき、土間へ行ってコップに汲んだ水を飲む。
「お湯屋さん、混んでた?」
「いや、そうでもなかったよ。女湯はわからないけど」
「そりゃそうよね」
お夏と舟而の会話はいつも通りで、舟而にはあえて何かを隠しているという気配すらもない。
「夢だったのかしらん……」
白帆は舟而の背中から降ろされたまま、式台にぺたんと座って呆気に取られていた。そこへ銭湯へ行く仕度を整えたお夏が通りかかる。
「白帆ちゃん、どうしたの? そんなところに座り込んでたら湯冷めしちまうわよ」
「は、はい」
舟而からも声が飛んでくる。
「白帆、湯冷めしないうちに布団にお入り」
「は、はい」
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