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[序幕] ある月夜の閨にて ※少し異物描写あります
「随分といやらしい顔だ」
蔑むようにいいながらも、ココの下肢を弄ぶハイネの瞳には愉快気な色が滲んでいた。
大きく脚を広げさせたその中心。可憐な蕾に咥えさせた玩具を泣き所に当てて抜き差ししてやると、ココはいっそう甘い声で鳴きハイネの慰撫にすっかり慣らされた肢体を震わす。その様を満足そうに眺め下ろし、ハイネは獣の唇で囁いた。
「おまえはすっかり快楽の下僕に堕ちたな」
ハイネの下で過ぎる刺激に耐えかねて涙を浮かべていたココはその言葉にちがうちがうと譫言のように繰り返す。
「……快楽……ではなく……俺は、ハイネ様の下僕です………」
「よく言う。玩具さえ挿入しておけば、挿れる者が私であろうが他人であろうがお前は同じ反応をするくせに」
「----------ああッ」
無体なほどに激しく突き込まれて、ココは顎を天に反らして喘ぐ。獣人である自分に身体を好きに弄ばれて息も絶え絶えに喘ぐその姿は、哀れでありながら思わず我を忘れてむしゃぶりつきたくなるほどの色香がある。
この少年はすこし前まで誰も顧みることのない、不器量で何も知らない未通子だった。
ハイネとて取るに足らない醜い子供だと思っていた。それがいまや白い肌を上気させてほっそりした腰を無意識にくねらせ、甘い声と快楽に蕩けきった煽情的な表情で痛いほどにハイネの官能を刺激する。
その姿は自分だけでなくどんな男の劣情も掻き立てるに違いない。
「……あ、もう…だめ…………ハイネ様ぁ……ッ」
「もう耐えられないだと?堪え性のない。この続きは庭師にでもやらせてみるか?」
それまで与えられる悦楽に蕩けきっていた目が、その言葉ですぐに正気を取り戻す。
「庭、師?」
「仕事に手を貸してやったり、あの男とは随分親しげだったな。私が知らないとでも思ったか?」
不貞を疑われたことが心底不本意だったのだろう。みるみる顔を青褪めさせ、ココは縋るような勢いでハイネを見上げた。
「そんな。……クグーさんとは年がいちばん近いってだけで、ハイネ様がお疑いになることは何も……」
「つれないことを言う。あれはお前に興味があるようなのに。少しくらい相手をしてやってはどうだ?」
ココはいかにも強情そうな様子で唇を引き結ぶ。たとえ本当に庭師に誘われようともココが応じるわけがないことくらい分かりきっていた。その上で意地の悪い言葉を重ねることが、何故か愉しくてならなかった。
「なんとか言ったらどうだ。何なら今すぐここに呼んでもいいが?おまえの体で遊ぶのは楽しいが、偶には趣向を変えるも一興だろう。あいつもこの遊びに混ぜてやるか?」
沈黙で否の態度を決め込んでいたココは、ハイネも聞き違えたかと思うほどの低い声で「嫌だッ」と拒絶した。
「……嫌です。絶対に駄目。駄目ですッ」
勿論己の手でじっくり可愛がってきたココの体を、他の男に与えてやるつもりなぞない。だがあまりに必死な様にハイネはなおも言い募ってしまう。
「口ではそう言っても、淫乱なおまえの体は駄目とは言わないのではないか?」
他の男を試すだけ試してみたらどうだと言ってハイネが意地悪く笑って見せると、ココは押し黙る。もしや泣くのか。そう思って俯いた顔を覗き込むが、ココの顔には哀れみを誘うような涙もなければ、これ以上の揶揄を助長するような怒りの色もない。
明るい空色の瞳にあるのは、毅然とした覚悟だけだった。
「ハイネ様でなければ嫌です、他の人なら死んでしまいます。………俺に触れるのがハイネ様でないなら、今すぐここで俺は死にますッ」
掛け値なしの本心なのだろう。まっすぐにハイネに向けられた瞳には偽りの曇りなどなく、ただただうつくしく澄んでいた。
「……生意気にも私以外に触れさせるつもりがないというのか」
言葉ではなく、ココは強いまなざしで答える。
「まったくとんだ好き者だな。他の誰でもなく、人間ですらないこの獣人がよいと言うなど!」
詰るような言葉を吐きながらも、ハイネの胸の中は嬉しさで甘く痺れるような衝動が駆け巡っていた。その得も言えぬ幸福感に、下衣の中では堪えきれなくなったハイネの雄が熱く滾りだす。
-----------今すぐこの少年を征服したい。
胸にひとつの望みが浮び、だがハイネはすぐに打ち消した。違う。そうではなく。そんな身勝手で暴力じみた衝動ではなく。
-----------ココを抱きたい。
自分の指で、唇で、雄で、この少年の唇や肢体、それに腹の奥の奥までも、隅々までいとおしみたい。そうして余すことなくこの少年のすべてを自分のものにしてしまいたい。そんな強烈で切実な情動が沸き起こる。
少年のもっとも敏感で脆い場所に、玩具などではなく、自分の熱を埋め込みたい。自分にだけ触れてもいいというこの少年の気持ちに応えたい。今までどんな酷い仕打ちも受け入れてきたココは、自分が「抱きたい」と口にすれば獣の雄ですら健気に受け入れようとしてくれるだろう。
だが。それは叶うはずのないこと。叶ってはならぬこと。何故ならこの獣の体でまともに人を抱けるはずもないのだから。
狼のような獣面に悪魔のように尖った角。ぎょろりと剥いた不気味な目玉に、赤黒い口から覗く鋭い牙。全身を覆う黒い毛に鋭い爪、そして股の間に息衝く、人のモノではありえない、人の子が受け入れられるはずもないあまりに長大で岩のように堅い、醜悪な肉棒。それが今のハイネの姿だった。
こんな体でか弱いココを抱いたりすれば、きっと取り返しもつかないほどに傷つけボロボロにしてしまうだろう。
--------何故私は獣の姿なのだ。
--------何故私は人の姿に戻れない。
神に祝福を受けたと称賛されるほどうつくしかった人間の姿に戻りたい。自分のためではなく、健気に自分に体を委ねるこの少年のために。
魔女に呪いで姿を変えられて以来、獣人であることを幾度も呪わしく思い、何度も昔の姿に戻りたいと願い続けた。けれど誰かのためにそう願ったのはこの月夜の晩が初めてだった。
人の手で、この子に触れてやりたい。
人の体で、この小さな体を抱き留めたい。口付けたい。
なのに何故。
--------何故私はこの子を抱くことが出来ないのだろう。
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