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 その男は見た目だけで言えば藤を(しの)ぐ美男子で、紅蓮と藤の姿を認めて部屋の前にいた使用人に(しばら)くの間、藤の部屋に人を入れぬよう言い付ける。と同時に藤を促しながら部屋に入り、自分に掛けている術を解くと大袈裟に溜息をついた。 「また貴方がお伴していたんですか」  先程までの(まげ)を結い、(つや)やかな黒髪で(りん)とした(たたず)まいの男はもういない。二人の目の前の青年は華奢(きゃしゃ)ながら長身で体躯(たいく)のいい男で、藤と同じような肩を(おお)う長さの銀髪に薄く青が乗ったような不思議な髪色をしていた。呉服屋の制服である屋号の入った法被(はっぴ)を脱ぐとやれやれと軽く肩を(もみ)(ほぐ)す。下座へ移動して居住まいを正すと藤を上座へ促した。 「蒼月(そうげつ)、仕事はいいのか」  上座へ座りながら藤が青年に声を掛ける。青年は藤に蒼月と呼ばれたが、吉弥(きちや)と言う二つ名を持っていた。 「若旦那が出掛けたと聞き及んだのに仕事なんかやってられますか」  吉弥とは人間(ヒト)として暮らしている青年の名前で、実は青年は紅蓮と同じ鬼と呼ばれる妖怪(あやかし)だ。紅蓮が再び人型(ひとがた)を成したのは人型の蒼月を見掛けたからで、紅蓮は蒼月が人型を解いたのを認めて頭をがしがしと()(むし)り、自分もまた人型を解いた。と言っても鬼と言うものは元々人型なのだが、所謂真っ赤な散切(ざんぎ)り頭に角を生やした本来の鬼の姿に戻ったのだ。ただし、腰蓑(こしみの)一つの例の姿ではない。 「ああ、すっきりした」  藤の隣にどっかりと腰を下ろした紅蓮に蒼月が冷ややかな目線を送る。蒼月は諦めたように大きく溜息をつくと、二人の前に座り直した。  鬼と言うものは幾つかの種族がおり、紅蓮は赤鬼、蒼月は青鬼だ。その他に白、黒、緑等の様々な色を有するものがあるが、それはここでは触れないでおく。  立派な(つの)(きば)を持つ如何(いか)にも鬼の様相の紅蓮とは違い、蒼月は一目では鬼だと分からない容姿をしていた。牙と言っても犬歯に毛が生えたような目立たないものしかないし、角にしても小さな(こぶ)のようなものが一つ、薄青い銀髪に隠れているだけだ。実は蒼月の母親は人間(ヒト)で、蒼月は半妖と呼ばれる人間と妖怪の混血なのだ。  蒼月はその生い立ちにより、普通の妖怪や鬼よりも長く人間でいることができた。お陰で藤の用心棒としてちょくちょく人間の前に姿を現すだけの紅蓮に対し、 蒼月は手代として藤の生家の藤吉屋で働いている。  妖怪と交流がある人間として藤は蒼月にとっては稀有(けう)な存在で、藤の世話役も任されている蒼月は藤には滅法(めっぽう)甘かった。そんな藤に都合のいい時だけくっついている紅蓮はまさに目の上の(こぶ)で、蒼月は眉間に(しわ)を寄せている。そんな蒼月を前にしても紅蓮は何処(どこ)吹く風で、暢気(のんき)に鼻唄を歌っていたりするのだけれど。  苦虫を噛み潰す思いで蒼月は二人に向き合った。茶器を引き寄せて茶を()れ、藤の前にだけ置く。 「それでどうでした? 例の件は」  顔には出さずとも待ち兼ねたように、蒼月は藤に詰め寄った。

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