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3 双子の弟たち

「よお、セラ」 双子の弟を大学と同じ敷地内で出入り口は真逆の高等教育学校の校門で待ち伏せて、バルクは片手を上げて呼び止めた。 外泊続きの兄がこうして訪ねてくるのは兄の探し人のことを聞きに来たに違いない。 黒い制服姿のセラフィンは、すぐにそう察して兄と連れ立って歩いた。 「なんだ、ソフィーはいないのか」 セラフィンにだけ頼んでいる用事なのでソフィアリがいないほうが都合がいいのだが、いつもべったり二人で一緒にいる片割れがいないので不審に思い聞いてみたのだ。 セラフィンは大きな青い目で兄をやや睨み受けながらぼやいた。 「意地悪だよね、兄さん。俺が今ソフィーから避けられてるの知ってるでしょ?」 「いや、すまん。知らない。このところ別宅に入り浸って全く家に帰ってないからなあ。でも珍しいな。喧嘩でもしたのか?」 「……まあそんなとこ」 拗ねたように唇を突き出す姿は小さい頃と変わらない。 しかし最近ぐっと背が伸びてきた6つ年下で今年14歳の弟は、何だか目つきすら鋭くなって一端の男のような雰囲気だ。今は髪型も黒髪を短く切り、より輪郭が際立ち、美形ながらも冷たい感じが漂う男前に成長した。 ついこないだまで双子の片割れのソフィアリの後を追いかけてはべそをかいてばかりいたおっとりした子が、成長期とは恐ろしいものだ。 周りを通り掛かる多勢の女生徒たちもチラチラと二人を振り返ったり見つめてくるが、 どこ吹く風だ。いつだってこの弟の興味は双子の兄に対してしかない。その点親兄弟への興味が薄めのバルクとも噛み合っているといえるだろう。 しかしそれとはまた別の意味での変化をさらにバルクは感じていた。恐らくこの弟もアルファ性を持っている。 これはベータにはわからないかもしれないが互いの縄張り意識のようなものを持ち合せる、アルファ特有の索敵的な感覚だ。番のいないアルファのほうがよりその感覚は鋭いと言われている。 それとともに。双子の片割れは多分オメガだ。二卵性だが幼い頃は見た目そっくりだった二人だが今ではソフィアリのほうが、線は細くて、独特の色香がある。元々しなやかな仕草や、目元のほくろが何気なくエロいなあと弟ながらに思っていたがアルファの勘とかそういうものでなく。 セラフィンがソフィアリを見る目が尋常じゃないことくらい、たまにしか帰らずともバルクにはわかっていた。 勿論双子の兄弟でどうにかなるなどとは思わないが……  「また、俺に聞きに来たの? どうせなら沢山いるオトモダチとかに聞いたほうが早いんじゃない?」 「まあ、あまりおおっぴらに話せるようなことじゃないからお前に聞くのが一番なんだ」 早速小遣いを沢山渡しながら先をねだると、セラフィンに促されて学校横にあるスタンド併設のカフェに入って二人で飲み物を注文した。 「しょうがないな。好きなもの食べていいぞ」 育ち盛りのセラフィンは、にやっと笑って終わりかけの時間のランチメニューとデザートまで注文した。 昼には学校の食堂でも食べた筈だが。 「お前、熊みたいに食べるなあ。俺のお前ぐらいの時より食ってる」 ガッツリした肉料理とパン、スープ、デザートの果物までが一気に運ばれてきた。 セラフィンは早速肉を切り分けてもりもり食べる。 「まあ、俺は軍に入るの希望だし、ソフィーみたいに父上を手伝いたいわけでもないから、身体だけは鍛えておかないとね」 親族や父の旧友など周りに軍人は多いが、バルクは選択肢にも入れなかったのでこの美青年然とした弟がマッチョな考え方をするのが意外だった。 「へえ、意外だな。お前軍人志望だったんだな。うちで一番穏やかでおっとりしてたのに」 するとアーモンド型の青い瞳に剣呑な光が宿った。 「まあね。小さい頃はそうしてたらソフィーがいつでもかばって一緒にいてくれたでしょう? でももういいんだ。俺も大きくなったから……ソフィーを俺が守れるようになって、これからも一生ずっとそばにいられるようになるしね」 そう言うと初めて見るほど男っぽい、色気のある顔つきでやや仄暗く笑った。 バルクはソフィアリを守れるような男になりたくて軍人になりたかったわけなのか。それとも大の男を束縛できるだけの力が欲しいのか? でもそれはミカを抱いてからのバルクには馴染みのある感情だった。 狂おしいほどのそれは。独占欲だ。 それをセラフィンから向けられている相手は十中八九もう一人の弟だろうが…… 「まあ、俺のことはいいだろ。兄さんも諦めないね。ミカ・アナンのこと。もう2年近く経つんだろ?」 そう、あの日。バルクがミカを抱いてからもう2年の月日がたっていた。 ミカの素性は簡単にしれた。名前、年頃、そしてあの目の色。 学校内で年頃も近そうなセラフィンにヒントを出しながら尋ねると簡単に知ることができた。 それはバルクが予想していた通りのファミリーネームだったのだが。 あのあとミカと同じ瞳を持つものの心当たりを必死で思い出していた。 そして思い当たったのは昔カイトの従姉妹がちょうど学校に兄と来ていると、クラスメイトに話していた記憶だった。 その日は学校に家族を招いての音楽会で、面倒臭がったバルクは家族も呼ばず、式典だけ出てすぐにサボった。 その時入れ違いにアイルと会場入りし、見かけたカイトの従姉妹の目があの夕焼け色の瞳だった。 そう、カイトの兄が心中した相手は、父の親友であるレネ・アナン公爵の娘。つまりミカの姉だったわけだ。 あの日…… ミカが血のような夕焼けを浴びながら弔い祈り捧げていた相手は実の姉に対してだった。 それが分かるとあの日のミカの切ない行動に胸が痛み、自分の薄情さや不甲斐なさに怒りがこみ上げてきた。 すぐにミカの素性を調べていればもっと違った接し方もできていたのではないか…… 過ぎてしまったからはなんとでも思えるが、人に対して酷薄で淡白に生きてきた代償だと思った。 ミカの素性が知れたので正々堂々と正面からミカを迎えに行くことは容易いかと思われた。 父親同士が親友であるし、身分的にはバルクがやや劣るが、戦後の今時代も刻一刻と変化している。そのくらいあまり問題にはなならないだろう。 兄が外交の仕事の傍ら貿易の会社も作っているのでそちらの仕事を学生ながら手伝っているから、経済的に自立しているし、元々自分名義の財産もある。ミカ一人を娶ることなど造作もないと思ったのだ。 しかし状況は違っていた。 ミカは身体の弱い長男として常に表舞台から少し距離を置かされながらも、アナン公爵家の嫡男であるという扱いは変わらない。 セラフィンは周りを気にしながら小声になって呟く。美丈夫な二人はそもそも目立つため本当は、こんなところでしていいような会話でもないのだが。 「ミカ・アナンは相変わらず身体が弱くて学校を休みがちだから、飛び級した俺達と逆に一つ下の学年になってる。年は俺達のが一個下だけどそこで逆転してるわけ。 そもそも休みの理由は身体の弱さってことで…… まあオメガだって噂はきかないし、事実だとしても爵位を継ぐなら絶対にオメガだとは公にはしないようにするだろうね。でも定期的に休んでるのが発情周期っぽいな。最近間隔狭まってるけどね」 アナン公爵は貴族院議員だ。それを継ぐのがオメガの嫡男では都合が悪いのだ。婿養子を取ろうにも相手にアルファを望むとあっては他家でも貴重な嫡男であるだろうし、難しいだろう。 そもそもモルス家の兄弟のようにこれだけアルファが生まれることは稀なのだから。 勿論法のもとに性差による差別廃止は訴えられているが、実際のところ風あたりは強い。ベータ女子とオメガの男子、女子は家を継ぐことはできないという法律は戦後に改正されたばかりで、まだ数年しか立っていない。 その間にオメガで家を継いだ例はまだなく、結局どこの家も男子のアルファかベータに、無難に家を継がせていてオメガは嫁がせている。 「じゃあ、俺が婿入りすればいいのか?」 それにはセラフィンも目をむいて怒り、千切って食べていたパンをおいてお茶を飲みほした。 「はあ? 駄目に決まってるだろ。うちの跡次ぐのは兄さんだろ? 」 「うちにはまだお前の他にソフィーがいる。あいつは賢いし、真面目で努力家だ。兄さんや父上に考え方も近い。何より政治に興味がある。常々あいつが一番適任だって俺は思ってた。あいつならば後ろ盾として家族みんなで後押しできるしな」 するとセラフィンはゾッとするような、目の笑っていない笑顔をみせて、少しだけ個性的なフェロモンを発して牽制してきた。 「おい、店ん中でやめとけよ」 同じような色合いの青い目の視線が交錯する。 ガタガタと音を立てて、わかりやすく両隣の席の席に座っていた客が牽制フェロモンに本能的に怯えて席を立ち、去っていった。 「ソフィーの全ては俺のものなんだよ? 兄さんだって、邪魔をするなら許さない」 美しい弟はそういうと、切り分けていた肉をフォークで突き刺し、品よくしかし、貪欲にむしゃむしゃと食した。兄への歪んだ執着を隠そうともしない。 呆れたようにバルクはぼやく。 「兄弟相手に……狂人の発想だな」 「兄さんこそ。幼い子どもに懸想して、今でもずっと執着してる。同じでしょ? アルファなんてみんなオメガに囚われた哀れな狂人だよ。 違う?」 バルクは午後の日差しに輝く華やかな巻毛をかきあげ、嫣然と微笑み腕を組み同意した。 「違わない。俺から逃げるなら、無理やり攫って閉じ込めて、首を噛んで孕ませる。そして絶対に誰とも会わせないようにして囲う。だってミカは俺のために神様が誂えたものなんだから」 と、日頃の彼らしくない傲岸で強い口調でそこまで一気にまくしたて、しかし、一転今度は形よく整った眉を寄せ、愁いを帯びた口調になった。 「……ミカは身体が弱いが、一生懸命講義に通って学んで、たまに大学の公開講座にも顔を出している。父の跡を継ぐために最近ではほうぼうのサロンにも顔を出して嫡男としてのアピールの、地固めをしつつある。 親からの押しつけだけではあんなに頑張れないだろう。多分本人の意志もあって、嫁ぐ以外の道を進もうとしている…… それを尊重してあげたい。俺の番になりたいってミカが望むまでまってあげたい」 「なにそれ。『してあげたい』なんて上から目線、アルファのただの自己満足だろ? さっきの本音のほうがよほど心に素直な分、誠実だよ。本人になんて選ばせない。愛を与えるアルファと共にあるのが一番の幸せだしそこにしか道はないんだ」 「お前こそせいて見誤るなよ。大切なものを失うぞ」 どんどんと食べ終わったセラフィンは立ち上がり兄を傲岸な目で見下ろす。 「俺らの心配してる場合じゃないんじゃない?これあげる」 セラフィンはわが弟ながら頭が切れる。頭はいいが潔癖で真っ直ぐなソフィアリよりも、清濁併せ持つセラフィンのほうがより使える。とバルクは思っている。 鞄から取り出した紙の束にはびっしりと多くのことが書かれていた。 「もしもオメガが強い抑制剤を使っていた場合、2、3年でどの程度の副作用がでるのか計算したものと、未成熟な場合で発情期が起こったオメガのフェロモン分泌異常についての医術文献の抜粋。フェルシナ語のもあるけどまあ読んでみたら? 俺の見立てでは、今の医療水準では完璧な抑制剤はこの国にはないよ。兄さんがいつも飲んでる、イオル兄さんとこであつかってる、質のいい海外製のものならまだマシかもしれないけど…… 俺、軍人は軍人でも軍医も志望だからね」 ぱらっとめくっただけでもかなりのボリュームだ。あまりに使える弟過ぎて正直参る。これで実の兄に恋してさえいなければ何でも応援してやれるのだが。 「俺の見立てではもうそろそろ、番なしで発情期を抑えられる限界を超えると思う。そうしたらきっとこっそり番探しがはじまるんじゃない? その前に早めに誘導して兄さんの番にできるようにしないとね。 でもおかしいよね。あっちだって兄さんの素性くらい知ってるだろうになんで申込で来ないのかな? それがないってことは、その時点で兄さんは候補から外れていると思うよ」 「俺が嫡男だからだろ? つまりそれは……」 「目下は他に嫁がせてオメガとして生きるつもりがない、公爵家を継がせるつもりってことだね。まあそんなの絶対に無理があるから頃合いをみて、公爵が適当なアルファをあてがって番にするんじゃない? 格下アルファにかすめ取られないように、せいぜい頑張ってね」 人当たりの良いおっとりとした犬の仮面をかぶった、毒舌狼はそういうと店をあとにした。

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