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4 Ωの誘惑 侍従の恋
アナン公爵家の離れは広大な敷地の内にある小さな森の中にひっそりとある。
公爵が自然の豊かな場所で育った妻のため作らせた、すべてのしがらみを忘れられるような、小鳥のさえずりで目を覚ませる二人だけの愛の巣。
しかし今は情動の苦しみに苛まれた虜囚のための小部屋とかしている。
「苦しい…… 薬、もっと薬頂戴!!!」
まだ少年の粋を出ないような白く細い肢体が、ダークブロンドの髪を振り乱し、大きな寝台の上で美しい顔を歪めて身悶えている。
「駄目です、ミカ様。抑制剤は半刻前に服用したばかりです。お身体に触ります……」
本館に用事があり少し目を離したすきに、ミカの今回のヒートはいっそう進んだようだ。
学校から帰ってきて僅か半刻。ぎりぎり屋敷に辿り着いたが今回は本当に危なかった。
「そんなの! 全然きかない。はあっはあぅっっ!」
お互いがまだ子供の頃からミカに付き従いは、見守ってきた次期家令のサリエルは、痛ましい姿の主の枕元に駆け寄った。
うつ伏せたまま悶え、絹のシャツの貝釦を引きちぎり、真っ白になるまで握られた手をとる。ぎゅっとサリエルを握り返してきた手は熱い。
「ミカ様……」
痛ましいが、真っ赤な唇も潤んだ瞳も苦しげに、寄せられた眉も……
扇情的で危うげであり。周りすべてを誘うような柑橘系の香りを撒き散らす様は淫靡な美の極地であった。
頭を上げて印象的なサンストーンの瞳が見慣れた黒髪をさまよいながら探す。
彼の姿を傍らに見つけるとうつ伏せになり這うようにしてさらに近づいた。
「サリエルぅ! 耐えられないぃ!
もう…… 頂戴ぃっ」
涙でぐちゃぐちゃの夕日色の瞳で上目遣いにサリエルの黒い瞳を見上げながら、彼のスーツの腰に顔を擦寄らせる。そしてあろうことか赤い舌をおずおずとさし出しつつ、欲しがりながら股間にキスを落としてきた。
思わずサリエルの腰は引けた。反応してしまうのをなんとか避けたかったのだが、すでに遅かったようだ。フェロモンという名の淫らな舌で直接撫ぜられたように、サリエルの股間は熱く硬く膨らみを帯びた。
ミカが飛びかけている意識とは裏腹に、淫欲に引きずられ能動的に動くさまは、美しい淫魔のようだ。
ベータのサリエルでもわかるほどの強まった、檸檬に蜂蜜をまぜたような香りが辺りを漂う。
ミカはごろりと仰向けに転がると、真っ白な太ももを晒して陰部に手をやりながら蠢めかせ、貪欲に男を誘う妖艶な姿を晒した。
サリエルは、すぐさま煽られそうになる気持ちを抑えながら努めて冷静に応じる。
「わかりました。」
白い手袋を外して、ベッドサイドに腰をかける。
ナイトテーブルに置かれた硝子の香油入れを手に取るとたっぷりと手指に垂らす。
香り立つのはラベンダーの心地よい匂い。
メルト・アスターの店の一級品だ。
ミカは下着も下履きもつけず、長い絹のシャツワンピースもへその辺りまで破け肌が露出した状態だった。
面差しは幼い頃と同様のあどけない愛らしさを宿し、小さな頃から見慣れている身体なのに、なぜこんなにも淫蕩に見えるのだろうか。
それは、サリエルが彼のなかの泥濘の熱さを知ってしまったからに違いない。
そっと、再びうつ伏せに寝転んでいたミカに覆いかぶさり、慣れた手付きで香油をまとった指を後肛に押し当てる。
つぷっとゆっくりと押入ると、すでに緩み始めた後肛は、蕩けながらサリエルの指を迎え入れる。ミカの腰がすでに小刻みにゆれ、自らの指をイイトコロになすりつけようと無意識に動く。
「あっ あん、あんっ!」
しかしすぐに崩れ落ちるように寝台に伏せる。快楽の中でも正気を保とうと、時折こうして逃げを打つのだ。
この後に及んでも正気と狂気の間で哀れに葛藤している。ミカは右手の袖ごと自分の手の甲を噛み、込み上げる声を抑えようとしていた。
その切ないまでに健気な姿に胸を締めけれる。
主従という垣根を越えかけ、愛おしさでこの身が張り裂けそうになった。
サリエルは努めて冷静さを纏い、暗い烏の羽のような瞳を伏せながらその手を外させる。
「ミカ様、声を漏らしても構いません。ここはいつもどおり人払いをしております。もしもどうしても噛むのならば私の手をどうぞ。」
すると僅かに顔を傾けて口元から手を外すとボロボロっと溢れる大粒の涙を振り切るように目をつぶる。
「サリィに傷が…… あっ、ああっ」
こんな時までも自分を気遣う優しさに気持ちがこみ上げ、口元に手を運ぶ前に、サリエルはミカの汗ばんだ髪を撫ぜた。
しかし後ろを弄る手は緩めない。腹側にあるミカの感じ入る部分を探り、そこに当たるように深くヌチヌチとぬきさしすると、すぐにミカは、感じきった声を漏らし始めた。
そのうち前をも扱き弄る頃には声を抑えることなどできなくなることサリエルはよくわかっていた。
もはや目の焦点が合わなくなるほど快楽に没頭してきた愛しい主。
悲鳴を聞かせる形に開けられたままの可憐な口元に柔らかな慈しみのキスを落とし、今だけは自分の虜となるその身体の隅々に労りの口づけを落としていった。
ミカはあの男との間に単発的な発情を迎えた直後から、秘密裏にひたすら抑制剤を服用し、オメガの本発情の発現を無理やり遅らせてきた。
初めての本格的な発情期を迎えたのはあれから1年後、昨年のことだった。
それでもまだ性的に幼いミカは恐怖し、込み上げる熱を発散することもできずに泣きながら震えていた。
『サリィ、こわい、こわい……』
自分で陰茎に触ることすら嫌がっていたが、次第に高まり苦しみを与える熱に浮かされ、自然と自らの手で達しようと無茶苦茶に擦っていた。しかし怖がり泣きながら苦しみ、途中で投げ出していた。
怖いことではないと教えなければ、この先この行為を苦しみと恐怖で迎えてしまう。
サリエルはそれが切なすぎて、ミカに代わって敢えて優しく心地よく感じられるように大切なミカに触れていった。
気持ちよくて良いのだと。感じてもよいのだと。
初めてミカが小さく小鳥のように身じろぎしながらサリエルの手の中で射精したとき、身が震えるほどの興奮を覚えたが同時に罪深さで心は沈んだ。
その後も発情期のたび、苦しむミカの相手をして過ごした。
幼い頃から見守ってきた相手とこんな関係になることを望んでいたわけではない。
しかしあの時のように、他の男に汚されるくらいならばと言い訳じみて初めた行為に、溺れきっているのは自分の方だとも思う。
あの日大量の性フェロモンを浴びながら目の前でミカを犯されてから、サリエルの中には、消すことのできない欲の炎のようなものが立ち昇り、それは熾火となって消えることはなくなってしまったのだ。
眼下に有るのはあの時よりもより美しく成長した、オメガとしてのしなやかな肉体がある。
乳首は発情期のたびに何度も何度も舐め齧り、泣くほどに善がらせ、そこだけでいけるほどに調教した。
今日もまた、すぐにぷっくりと立ち上がり、赤い果実のようにふるふるとサリエルを誘う。
人目についたらきっと、男に愛されている淫らな身体だとすぐにわかるほどに。
もはや妻帯することは困難だろうが、純真なミカはそんなことも分からず自分がアルファとしてみられてこの家を継いでいけると信じている。愚かで健気で…… 堪らなく愛おしい主。
たまらずに乳首を慾ると、ミカは喘ぎ、腰をくねらせて涙を溢れさせた。指ではさみ、グネグネと刺激したあと舐め、乳輪のすぐ上に赤い花を咲かせてはまた舐め齧る。
「きもちいいっ もっとして もっとお」
高まれば高まるほどミカは忘我の境地に入りながら淫らに腰を振り、与えられる愛撫に身を任せ子猫のような声を上げる。
「ミカ様…… ミカ。愛している」
堪えきれなくなり、サリエルはすきのない、スーツ姿を崩し、ズボンを寛げながら寝台で見悶えるミカに再び覆いかぶさった。
そして、何度も何度も熱い口内を舌で犯し、舌先で触れ合いながらより高め合う。
ミカは狂おしいほど名前を呼びながら自分を犯そうとする男が誰なのかわかっているのか……
与えられる愉悦から箍が外れた瞬間、サワーレモンキャンディのような甘く刺激的な香りを更に強く撒き散らす。
乱れれば乱れるほど。求めれば求められるほど。沢山交わるほどに早めに発情期が落ち着いていく。ベータでありミカを番にできないサリエルにはこうして主の負担を軽くしてやることしかできないのだ。幾度自分がアルファであったならすぐにでもミカを番にし、この身をいくらでも捧げ尽くして愛しぬくと思ったことか……
しかしベータであるサリエルは獣のように、数カ月に一度この狂瀾の交わりに永い時を使い、主とともに身を焦がす。
チャラと音を立てて握っていたミカの手先から何かがこぼれ落ちた。
それはあの日あの男からもらった、塔の鍵のついたネックレスだった。
「バルクぅ、抱いてぇ」
その名を聞いた瞬間、サリエルは指を勢いよく抜き去り、長い自らの陰茎をミカの滴るほどに濡れた暖かなスリットに、埋めていった。
嬌声を上げ汗で濡れた額を晒し、ミカは美しく嬉しげな顔をして自らの従者に激しく揺さぶられる。
サリエルはのまれそうなほどの快楽に苛まれながらも心は冷たく凍えていた。
ミカはサリエルではなくて、あの男のことを考えて、夢の中では、あの男に抱かれている。
起きているときは距離をおいているあの男に、本当は抱かれたくて仕方ないのだ。
あの日から、ミカの全てはあの男に囚われたまま。抑え込んだ胸の中を占めるのは恋慕の情ばかり。あの男への恋の下僕と成り果てている。
あの日のことはミカに硬く内緒にさせ、父親である公爵にも話させていない。
使用人の中でも身の回りの世話をする口の硬いものにだけ、男に汚されたという、事実だけを話してミカの自尊心を守るためにと協力を仰いだ。そしてあの日から数日ミカの身体の回復に努めた。
あの男も約束を守って誰にも言わないでいてくれているようだ。もちろんそれがいつまで続くからはわからない。静かなのは今だけで、いつかはきっとミカを奪いに来るのだろう。
昨年発情期が来るまではオメガであることも隠し、サリエルがそれまでもその後も抑制剤を用立てて飲ませてきた。
ミカはフェロモンが未成熟なまま発情を起こし、その後も不安定になりやすいとの医者の見立てであった。初めのうちは効いていた抑制剤も徐々に効き目が悪くなり、2年目の今では発情期前や発情期中には、ほぼ効き目を持たない。これ以上飲み続けてはただでさえ弱くまだ年若い身体を蝕んでしまうといわれているのだ。
勿論医師には番を作ることを一番に勧められているし、公爵にあの日のことを話したらきっとミカをあの男に嫁がせようとするだろう。
あの男、バルク・モルスはレネ・アナン伯爵にとっては兄とも慕う人物の息子。
素行はあまり良いとは言えないらしいが成績優秀、眉目秀麗。家柄もよく、ミカが嫁ぐ分には申し分ない。むしろ理想的と言って良い。
そう嫁ぐ分には。彼は次男でありながらモルス家の嫡男でもある。
ミカは嫁ぐことなど望んでいないのだ。
ミカとサリエルは年こそ離れているが、幼い頃から共に育った仲の良い幼馴染でもある。
ミカはサリエルの父が家令を務める公爵家の嫡男だ。
ミカの母は運命の香りに導かれて父が探し当てた魂の番。
仲睦まじい夫婦で片時も離れぬほどそばにいて暮らしていた。しかし夫人は中央の生活には馴染めず、病をえて久しい。
魂で結ばれた番はとても相性がよく、素晴らしい子を授かるといわれていた。
これは全くそのとおりだった。
初めに婦人によく似た面差しの、暖かなひだまりのような瞳を持つ、白金髪の女の子を授かった。とても朗らかで明るく、友人にも恵まれ、発情期を迎えるまでは好成績で学校にも通っていた聡明な少女だった。
続いて生まれたのはダークブロンドに暁の空のように輝く瞳の愛らしい男の子。身体は弱いが勉強家で優しい男の子。ミカだ。
一家は幸せに暮らしてきた。
適齢期を迎え姉のほうが母と同じくオメガであるとの診断がくだった。
すぐに従兄弟との正式な婚約の手筈が整えられた。従兄弟との婚約は幼い頃から決められていたのだが、一つ問題が生じた。
従兄弟は二人兄弟で兄はベータ、弟はアルファだったのだ。
姉は昔から年が近い兄のことが好きだったから何となく二人は将来を誓い合うようになっていた。
しかし周囲は姉がオメガであったことから弟との方との婚約を無理矢理推し進めようとした。
兄は弟に爵位を奪われ、しかし納得して軍人になり従軍し、立派に戦歴を上げて帰ってきた。
その間に進められた弟と恋人の婚約は当人たちを置いてきぼりにし親族の間では取り返しのつかないところまで進み……
恋人たちは手に手をとって駆け落ちし、公爵家一族の探索の手から逃れることはできずに湖に身を投げた。
「ねぇ、サリエル。僕がオメガだってもっと早くわかってたら、僕が代わりにカイトと結婚して、姉様は死なずにすんだと思う?」
自らがオメガと知ったあと、部屋で一人ミカはサリエルにだけ、胸のうちを打ち明けて泣いていた。
「母様も僕がアルファでなければみんなからもっと悪く言われる…… 運命の番は素晴らしい子を産むって。遥々香水の匂いを辿って遠くまで探しにいって、みんなの反対を押し切ってまで結婚したんだから、絶対にアルファを産むはずって…… 身分違いで嫁いできて…… ずっとみんなから虐めれていたんでしょ? 母様を、守りたい。姉様の分までこの家を守って、アルファとして生きていきたい」
サリエルは小さな主の切ない決意をくんでやりたかった。
ミカは身体こそ弱いが賢く努力家で、誰よりも優しい少年だ。
自身がオメガとわかる前から、オメガやベータの女性、また獣人所縁の人々や少数部族の人々の人権問題に興味を持ち、新しい国作りをモスル伯爵や父達とともに勧めていく派閥に加わりたいと考えて学んできた。
しかしもはや番なしで発情期を過ごすことは限界かもしれない。
発情期の間、暗黙の了解としてこの離れでサリエルと過ごすことを、屋敷のものは家令であるサリエルの父も含めて本当はよしとしていない。
しかし誰にもどうすることもできず、男性オメガは発情期の番とのヒートでしかほぼ孕まないため、黙認されているにすぎない。
だがきっと、この刻が止まったような箱庭の中で、サリエルがミカを愛し続けられる時間は、あと少しだけ。
泣き濡れてぐったりとした身体を寝台になげうったミカ身体を、暖かな湯を浸した布で拭いながら、サリエルは苦しい発情期を過ごすその小さな手の甲を労うように口づけた。
「私がアルファであったならば、あなたは私の愛を受け入れてくださいましたか?」
少しだけヒートが収まり疲労の色を見せながらもあどけなく眠るミカ。
その子供の頃から変わらぬ愛らしい顔に、
せんことない問を告げながら、頬に口づける。
するとミカの美しい瞳が開いて、サリエルにむかってほっそりとちいさな手を延ばした。
夕日に照らされた輝く瞳は潤み、僅かに穏やかさをたたえていた。
「サリエル、もっと……」
甘い甘い声で求められているのはフェロモンがなさるわざだとわかっている。
わかっていても……
主はサリエルの気持ちにすら気づいていて、こうしてかりそめでも求めてくれるのではないかと思った。
昔から本当に優しくて愛らしくて、サリエルの宝物のような少年なのだ。
「仰せのままに。我が君」
発情期はまだ始まったばかり。
熱く苦しく、サリエルにとっては、狂おしいほどのに幸せな7日は続いていくのだ。
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