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8 誰の目からも

ミカは朦朧とする意識の中闘っていた。 幸い苦くて少ししか薬入りのお茶を飲まず、完全に眠らされるほどの効き目は持たなかったようだ。少しの間意識は飛んでいたが、頸に手を当て衣服の乱れのない身体を見回しまだ無事であることにミカはほっとした。 しかし誘発剤の方は着実に効いてきていて、前回の発情期が終わってまだ10日ほどしか経っていないというのに再び発情に見舞われて悲しくて悔しくて死にそうだ。 セラフィンはバルクと自分のことを知っていた。本当に兄弟であることは確かなようなのにこんな酷いことをして許せないと思った。 しかし今はそれどころではない。 窓から差し込む日差しの角度から終業まであと少ししかなさそうだと推察した。オメガであることも周囲にまだ知られたくないし、勿論バルク以外に番になどされたくはない。 ミカはソファーから転がり落ちるように下りて、ガクガクと震える足を𠮟咤しながら部屋の中を見渡した。 入ってきた入り口とは別に、セラフィンがお茶を取りに行った部屋とその隣にもう一つ扉が見えた。とりあえずそこに入って中から鍵を締めてやり過ごすしかない。 そうしている間に終業のベルがなる。 ミカは這うようにして隣の部屋へと入り、ドアにすがりつく様にして立ち上がると内側に鍵を探した。 しかし扉に鍵はついていない。それでもあちらの部屋にいるよりはましと動くのをやめた。 入った部屋は準備室のようで奥にだけ窓があり、片側が書棚で覆われていた。ここの部屋には誰も入ってきませんように、と祈りながら震える熱い身体を両手で抱きしめドアの前に蹲った。 徐々にヒートの症状がでてきたが、薬で誘発したものであるからか普段よりは緩やかな気がする。もうフェロモンが漏れているのかはわからないが、この状態でどうやってここを出ればいいのか見当もつかずミカは途方にくれていた。 こんなことになってしまい、大きな騒ぎになったら学校を辞めねばならないかもしれない。 まだまだ学びたかった。 もっと学んで…… (なんのために学ぶの? オメガで番持ちになったら子を産み育てることだけが課せられるんじゃないの?) 両目から涙があふれて、発情期後にまた痩せてしまった頬を伝っていった。 ああ、やっぱりもっと沢山学んで仕事がしたかった。誰もが暮らしやすく性差によっての差別も、獣人などルーツによる差別もない戦後の国作りに携わりたかった。 そう思って更に泣けてきた。しかし心とは裏腹に、ゆっくりと意識が朦朧としかけ、後孔の濡れが尻のほうまで伝わっていく。 胸が疼き、足の間もじんじんとした刺激に苛まれる。 このまま流されたら今までの努力も学んできたことも全て無駄になる。 もしかしたらこのあとすぐに知らないアルファに犯され番にされるかもしれない。 意地を張って首輪をするのをやめなければよかった。 色々なことが頭をうずまき、ミカはもっと身体を縮めて声を押し殺しながら泣いた。 しかしついに扉の向こうの部屋で物音がしはじめた。 そのまま人の気配はやまず、なにか言い争うような声までもする。 恐怖による震えはもはや全身に広がり、歯の根が合わぬほどだった。 目を瞑り耳を塞ぎどうかここに気づきませんようにと祈りつづける。 しかし祈りも虚しく背中越しにドアノブにガチャガチャと回される。 細い背中で一生懸命ドアを押し返すが、なんなく身体ごと扉を押し開かれた。 開いたドアを見上げられずに、蹲ったままで震えていると、頭上から懐かしい声がした。 「ミカ! 大丈夫か?!」 バルクはドアの隙間から無理矢理に部屋に入ると再び扉を締めた。 そしてしゃがみこんでいたミカを力強く腕の中へ抱き寄せた。 「バルク」 ずっと会いたかったバルクの顔を見て気持ちが緩んだのか、迸るようにフェロモンが溢れ広がる。 あれから不意の発情にあっても互いの意に沿わぬ番契約を結ばぬように、バルクも外国製で良品の抑制剤を定期的に服用していた。 実際あれから一度他のオメガの不意の発情に当たってしまったこともあったが、ミカのときのような事にはならなかった。 しかし、やはりミカのフェロモンは駄目だ。 そもそも前回のときもそうだが、こんなにも抗い難い気持ちになるのはミカだけだ。 しかしミカをこれ以上怯えさせたくないと優しげな声を出そうと思い、半ば感情を押し殺したように響く声は掠れ気味になった。 「ミカ、よかった。間に合って。弟のせいでこんな目に合わせてしまって本当にすまない」 バルクは流されそうになる意識を押さえ、爪が手のひらに食込むほど握りしめる。 とにかく、ミカと話をしなければならない。 それまでは何があっても前のように無理矢理奪うような真似は避けなければならないのだ。 しかしそんなバルクの気持ちを知ってか知らずか、ミカのほうが安堵感から一気にヒートが加速し、もうじきに意識が飛ぶ寸前になってしまっていた。 それでも懸命に名前を呼んでくる。 「バルク、バルク…… 会いたかった……」 震えながらすがりつく身体の儚い細さに、バルクは不覚にも涙が出そうになった。 「ずっと、迎えに来なくてごめんな。お前から番になりたくないと言われたら、今度こそ無理矢理にでも奪ってしまいそうで…… 成長したお前から番にしてほしいと言われたらなんて…… そんな都合のいいことばかり考えていた」 そう言いながら抱き込んでいた身体を少しだけ離すと、唇を寄せて優しく頬に口づけた。 「ごめん、やっぱり大人になるのを待てなかった。ミカ、俺の番になってくれるか?」 「嬉しい」 涙を浮かべた朝日のような瞳は午後の白々した光の中で涙ごと輝いた。 その一言だけでバルクの気持ちはより固まる。 「でも…… 怖い」 素直な気持ちをぶつけると、バルクも抱きしめる腕に力を込めて返した。 「ああ。俺も怖い。でもそれ以上に、お前を失うことのほうが、怖いよ」 バルクはいよいよ覚悟を決めた。この校舎に入った後、サリエルは一度抑制剤を取りに行こうとしていたがそもそも抑制剤に耐性ができてしまって苦しんでいたのだから効くと思えない。 「今ここで、お前を番にする」 きっぱりと宣言した。 着ていた上着を脱ぎ準備室の床に敷くと、額に汗を浮かべてぐったりしたミカを優しくよこたえる。 不安げに見上げてくる顔を見下ろしながら頭を撫ぜて両手で頬を包んだ。 「こんなところで…… ごめんな」 「僕も男だよ。気にしないで」 そんなふうに気丈につぶやいたがそこまでだった。 「も、限界…… 触って。バルク」 互いの正気が保たれていたのはここまでだった。ミカが苦しげに眉を顰めた悩ましい顔つきでそれでも自らスボンのベルトを外そうとした試みた瞬間、バルクの視界は真っ赤に染まったような興奮状態に陥った。 力任せにズボンと下着を引きずり下ろして後ろへ投げうつ。 真っ白でか細い腰に下がる、ぶるっと飛び出した陰茎はあの日よりも大人のそれになり、剥けた状態で天を仰いでいる。 バルクはそれをやや睨めつけるようにしながら、上の方の皮をわざと引き伸ばすようにねちゃねちゃと手のひらで包み擦りあげるとミカはあっという間に達した。吐き出した欲望の証を指にまとわせながら、バルクは一度味見するようにミカの後孔に指を差し入れる。 そこはすでに緩ゆると露をこぼしながら小さな収縮を繰り返し、バルクは息を呑んで指を抜いた。 はくはくと息をはき涙をこぼすミカは、追い打ちをかける早急さで両足を開かれ抱えあげられる。 ミカは反射的に足を自分でさらに大きく開くと後ろから両手で尻たぶを抱え少し腰を浮かし、とろりと愛液の滴るさまを見せつけるように後孔を晒してバルクを誘惑する。 「バルクぅ」 まだいったあとの刺激でビクビクする身体を腰の脇から撫であげ、この後に及んでバルクは少しだけ焦らした。ちらりと見えた青白いほどの腹は抉れるように凹んでいて、犯したら突き破ってしまいそうな頼りなさだ。しかし嗜虐的な煽りをそこから受けとり、バルクのはちきれそうな欲望もズボンから取り出され、開放された。 欲を帯びたミカの大きな暁の空の瞳が揺れる。 「俺がほしいの?」 「欲しいのっ! バルクが欲しい!」 言質を取った瞬間、バルクはうっそりと嗤ってミカの膝裏に手をかけると大きく開いた足を胸につくほど折りたたみながら、一気に蜜壺を貫いた。 「ああっ!」 そこは潤みきり、柔らかくしっとりとバルクの雄に絡みつく。 あの時計塔の午後にはヒートが起こってもそれなりにきつくバルクが動くと傷つけるほどだった狭いそこは、この一年他の男の愛撫によって溶けきって充血し迎え入れる準備が整いきっていた。 焼け付くような嫉妬を胸に秘めたまま、溶けるような快感を訴える腰をぬちゃりと前後に動かす。 乱暴にシャツを上へのずらして肋が浮き出る胸を晒すと、そこには赤い茱萸のように色づき震える両胸の飾りが身体とともにふるふると揺さぶられていた。 ぎちっと奥まではまり切るほど腰を進めて身動きさせずに抱きすくめた状態で、おもむろに胸を嫐る。すすって、舐めて、噛み付いて…… 「ああっ、駄目! 駄目!」 「ん? あの男に、こんなになるまで可愛がれたくせに、なんで俺は駄目なんだ? ああ?」 感じすぎておかしくなりそうで身をよじるが身体の動きを意地悪く拘束されてしつこくしつこく攻め立てられる。ミカは再び胸の刺激だけで達してしまった。 続けて大きく腰を掻き混ぜ、乱暴な仕草でバルクはミカの前髪を痛くない程度に掴むと口を塞ぐことが目的のように唇を奪った。 その仕草からバルクの静かな怒りが伝わり、ミカは瞳を見開くと、絶望したように泣きじゃくりはじめた。 サリエルとの情事を知られたくなかった。しかし知られないと思っていた自分が浅はかだった。 サリエルの手跡のついた身体で、バルクに縋る自分はまさしく淫乱なΩでしかない。 「ごめんなさい! ごめんなさいぃ。あっあぁっ…… あん」 声を上げさせ、扉の向こうのサリエルに聞こえよがしに喘がせる、自分の中に巣食う醜く黒い嫉妬心に吐き気がしつつも、バルクは好いた相手を滅茶苦茶に泣かせるほどに攻め追い立てた。 パンパンっと尻と腰がうち合わさり合い、細すぎて骨ばったミカの身体は、痛みと倒錯的な疼きと圧倒的な快楽に溶けきった。 「はうっ 苦しい……」 「苦しくてもよがるくせに、トロットロだな」 桃色に染まるミカの身体は熱く、互いのフェロモンはあの日を再現するかのごとく混じり合う。 その芳香に惑い、バルクも汗を滴らせなぎらミカを犯しつくす。 「俺のものだ。ミカ。俺の……」 頸に輪をつけていないか確認するため、犬が餌皿に鼻先を突っ込むような荒々しさで首筋を唇で弄るようにして探る。柔らかく脈打つ項から迸るフェロモンを大きく吸い込んだ直後、バルクは獣のように犬歯を剥くとミカの細い細い頸に歯を突き立てた。 ミカが全身を引き裂かれるような悲鳴をあげたとき、扉の向こうで、縋るような音がたった。 きっとサリエルだと脳裏で思いつつ、口の中に広がる錆くさい血の香りに酔いしれ、痙攣し収縮を繰り返してバルクを締め付ける後孔へ、思う様欲望をぶちまけた。 「孕めよ、ミカ!」 狂ったように孕め、孕めと耳元を舐めながら囁くバルクの執着にミカは震え、逃げることもできずに正面から穿たれたまま身体を揺さぶられ続けた。 両手で掴みあげると余ると思うほど薄く細い腹。上からバルクの形が浮かぶほど薄い胎内が、今しとどに濡され汚されているかと思うとと、半ば意識を失って揺さぶられるままの番を本当に手に入れられたという悦びでバルクの心は昏く満たされた。 この様は傍から見たら痛々しく暴力的で支配的に映るだろう。 それでもいいと思った。愛情よりも全てを奪い尽くしたい欲望に支配され、それでも愛しているから何をしても許されるような気持ちになった。 もう噛みつかなくて良いのに頸を食み、もう放たなくて良いのに犯し、身体を裏返し腰を抱えあげ、さらに深く穿とうとバルクがにやりと嗤ったとき、チャリっと音を立てて、ミカの乱されたシャツの上の方からネックレスが飛び出してきた。 先程胸元にむしゃぶりついた時には背の方に回り、興奮で首元の鎖に気が付かなかったそれは、バルクからもらった石と塔のあの部屋の鍵だった。 脳裏に幼くいじらしいミカの姿が浮かび、急にバルクは頬を張りつけられた後のような胸の痛みを感じながら正気を取り戻した。 頬を床に押さえつけられるようにしてうつ伏せられていたミカの、赤くなった頬に気づき、まだ子種を放ち続ける楔を抜かぬままからだをひねり、抱き上げる。 そして自分が仰向けに寝転んで腹に乗せて温めるようにして髪を撫ぜて痛めつけた背中を抱きしめた。 「ごめん…… また乱暴してごめんな」 互いに謝ってばかりの二人だ。 愛しいのにどうしてこんなにも傷つけてしまうのだろう。 愛憎は表裏一体で、激しい心の揺れはあっという間に逆に傾く。 しかし、紆余曲折をへて、ミカはバルクの番になった。 その事実だけが今のバルクにとって唯一充分な歓びだった。 バルクとミカが番になった日、本当は自分の新しい住処へ連れて行きたかったバルクだったが、薬を使われたミカがいつ何度体調が悪化しないとも限らないため、またセラフィンの責任も追求することもあり、モルス家に連れ帰った。 父も母も仰天したが、父はすぐさまセラフィンとバルクのしでかしたことの詫びをしに、ともにモルス家に来ていたサリエルを連れアナン家に向かった。 先触れも出さずに乗り込んできた敬愛する友の行動にアナン公爵はひどく驚いたらしい。 ことの経過はサリエルにより伝わったが、バルクたちが発情期を終えた後に委細を確認することとなりサリエルとともにミカはそれまでモルス家に預かられることとなった。 番を得たためか、薬で誘発したものだったからかミカのヒート症状は翌日には大分落ち着きをみた。 しかしバルクがミカを離さず、二人は発情期がそのまま続いているかのように、それから三日間ミカの体調を慮った家人に止められるまで客室で獣のように交わり続けた。 番がいるものたちのフェロモンは他の人間が判じることはできず、発情期が終わっていると発見が遅れてしまったのはそのせいでもある。また、アルファであるバルクのなりたての番への執着は凄まじく、食事や寝室を清めるために入った顔見知りの侍女たちまでもあの陽気なバルク様が人から変わったようだと怯えるほどだった。 三日目の朝、再び痩せてしまったミカを後ろから抱きしめ二人して褥に横たわりながら、バルクは気を失うように眠る番にゆるゆると中挿していた。眠る相手を犯すなど不埒なおこないだが、この3日で感覚がすっかり麻痺してしまったバルクはもはや番の虜のようにほっそりした体を一時も離さない。 腹側の感じる部分に当てると、眠っていてもきゅんっと締め付けながら身を震わせるのが可愛い。 バルクは夢中になってミカを貪っていた。 こつん、こつんと奥まで刺激し、いつまでもネチネチと貪る。 「あっ  ん……」 快楽の苦悶に眉根を寄せ、か細い喘ぎ声をたてるのがたまらなくて、頭のてっぺんに口づけをしながら徐々に腰の動きを激しくさせる。 喉の奥から空気だけが通り抜けるような声にならない声を発してミカは透明の液体をとぷとぷと垂らして果てた。しかしバルクはいまだ離さず恋人の中に居座ったままだ。 「ああ、ミカのここ、やっと俺の形になったな」 昔から恋人の過去や行きずりの関係などあまり相手の昔に頓着したことはない性格だったがミカのこととなると話は別だ。 あれほど後悔した初めての交わりさえ、あの時に番にまでしてしまえばよかったのだとか、そんな恐ろしい考えまでも頭をもたげるのだ。 バルクが胸元に柔らかなミカの髪が揺らめき触るのを感じながら腰を使い、昼夜執拗に弄り、擦れて赤くなったままの乳首を再び指先で弄んでいると、扉がノックされた。 ギシギシと寝台の軋みだけが響く室内に向い、父のラファエロが扉越しにバルクに呼びかけた。 「バルク、ミカ様を医者にみせなさい」 バルクはミカを犯しながら無言で抵抗の意を表した。 このままミカを誰の目に再び触らさせるぐらいなら、この腕に抱いたまま儚くしてしまいたかった。 いや、本当にこのままの交接を続けたらそうなってしまうかもしれない。顔色は真白で目の下に隈までできた、痛々しいミカ。 守りたいとも思ったのに、この衝動は何なのだろう。 自分でも理解できない心の動きに、バルクは番を得て初めて知った相手を滅ぼすまでの身内に飼うドロドロとした昏い独占欲に気がついた。 「私にも覚えがある。番を誰の目にも晒したくない衝動はアルファならば皆持っている。しかし番を喪って苦しむのもまた自分だぞ。いい加減ミカ様を離してあげなさい」 ぎゅっと眼を瞑り、バルクは自らの身体を、無理矢理ミカの中から引きはぎした。 ミカの後孔からは、注ぎ込まれた行くたびかの白い液体がこぷこぷと流れ落ち、ぽっかりと開いて覗く赤い被膜に再び誘惑されそうになりバルクは、その素肌に上掛けをかけ自分の視界から隠した。 そうして番になって初めての発情期は終わりを告げた。 その後相愛の二人が再び発情期を迎えるまでには年単位の時間が必要となったのだった。

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