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恋人たちの甘い夜

 隼人はなめらかな胸に顔を沈めて、つい今し方まで吸いつくようなキスをしていた唇を這わせていた。それはよどみがなく、どこを舐めれば相手が悦ぶか十分に熟知している動きだった。唇から這い出る舌は、存分に味わっている興奮を隠そうともしないで、綺麗にピンク色に染まっている突起を湿っている先で転がし、鳥の嘴のように何度もついばむ。その刺激に相手の躰がびくびくと反応するが、隼人は両手で押さえ込んでいる。 「……ヤト……あ……」  ロミオはベッドの上に仰向けに寝かされ、両足を目一杯押し広げられていた。その間に隼人が圧しかかり、ロミオを抱いている。淫靡な匂いが立ちこもる中で、互いのペニスは勃起し、快楽の頂点を極めた証に、精液が恥じらいもなく洩れ落ちて、辺りに散らばっている。ロミオの足の間の奥深い秘所は、激しく汚されていた。ねっとりとした白い液がシーツに垂れている。 「……もっと……抱いて……」  ロミオは荒い息を吐きながら、瞳を潤ませた。  しばらく前まで、二人は正反対のことをしていた。 「……あんたの言いたいことはわかったから、もう行けよ!」  そう吐き捨てると、ロミオは問答無用で玄関のドアを叩き閉めた。 「ロ、ロミ……」  隼人が追いすがるように手を伸ばしかけたが、拒否するように鼻先で固く閉じられたドアは、どんな呪文をもってしても二度と開かないような気配を漂わせていた。 「……ロミオ」  がっくりと肩を落とす。あまりに気持ちがへこんでしまって、このまま溶けていってしまいたいほどに、隼人は落ち込んでしまった。  仕事を終えた隼人は、まっすぐにロミオの家へ直行した。ロミオは笑顔で出迎えてくれて、抱きあいキスをした。パスタを作ったから一緒に食べようと誘ってくれたロミオに、今夜は用事があるんだと断ってしまった。残念そうな顔をしたロミオだったが、隼人の仕事にかける情熱にはいくぶん慣れたようだったので、自分の気持ちを切り替えるように、また今度一緒に食べようと前向きに喋ってくれた。  ――あの時、食べていればよかった。たとえ社長との約束の時間に遅れようとも……  隼人は今更ながらに後悔する。さらに悪かったのは、部屋にも入らず、玄関先で、話があるんだと切り出してしまったことだ。 「何だよ」  ロミオはちょっとだけ顔をしかめた。隼人との交際の経験上から、何か嫌な空気を感じ取ったようだ。隼人といえば、ああロミオはどんな顔をしても可愛いなと、これからの嵐を予感しないおバカなことを思ってしまった。 「……いや、今度の連休の件なんだが……」  隼人はロミオと旅行するため、今月の下旬に有給休暇を取っていた。行き先は、地中海に浮かぶロードス島である。隼人は中世の地中海の歴史に興味を持っていて、オスマントルコ帝国と激しい戦闘を繰り広げた聖ヨハネ騎士団の本拠地であったロードス島に行きたがっていたのだ。ロミオも二つ返事で了解し、二人で楽しみにしていた……のだが。 「その……本社の社長が急にイタリアへ来ることになって」  その接待を任されたのだと言う。 「本社の社長は、イタリア語が分からないから、イタリア人の同僚より、日本人がそばで説明したほうが絶対にいいと思うんだ。だから、俺が……」  ふっと、言葉が途切れた。  ロミオの眼差しが、尋常ではなくなっていた。  隼人は我知らず、ごくんと息を呑み込んだ。一瞬、目で殺されるのではないかと妄想してしまった。きつい、厳しい、怖ろしいなどという陳腐な言葉では足りないほどの怒りが、自分をまっすぐに捕らえていた。 「ロミオ、落ち着いてくれ。どうか落ち着いて、俺の話を聞いてくれ」  ロミオは恋人のお願いに従った。そして、言った。 「……あんたの言いたいことはわかったから、もう行けよ!」  ――鍵がかけられたドアは開きそうにない。  俺が悪かったのか……そうだな、いつも俺が悪いんだな……  隼人は、はあっとため息をついて、項垂れた。恋人の手で火炙りの刑にされてしまったような気分だった。  ドアを閉めて、ロミオはしばらくその場を動かなかった。ドアを隔てた通路で、長いため息をする気配が、かすかだが感じられる。くそっとロミオは唇を噛んだ。 「ハヤトのばかやろう……」  ため息をつきたいのはオレの方だと、ロミオの頬が赤くなった。すごく楽しみにしていたのに。いつも仕事でぶち壊しだ……  ロミオは今回の旅行のために、仕事の日程を空けた。と言うより無理やり空けさせた。おかげでマネージャーのカルロからは、火を噴くような怒りを喰らった。 「ばかやろう! お前の仕事はピザの斜塔の埃よりもたまってんだぞ! お前はパウロに次ぐ売れっ子なんだから、この有能な俺さまが持ってきた仕事を全部やってもらうからな! 働け! 働け! 働け!」 「うるせえぞ! てめえはドイツ人か! フロリーナに振られた腹いせをするんじゃねえ!」  フロリーナはカルロの元彼女である。  二つの活火山の戦いは、ロミオに軍配があがった。その代わりに、休み明けは地獄のようなスケジュールを組まされた。それでもロミオは隼人と一緒に行けるなら構わなかった。もちろん、そんな事情を隼人は知らない。  ロミオは息を詰めた。外で靴の踵が鳴る音がして、それはゆっくりと遠ざかってゆく。  ロミオは鼻を啜って、腕で目元をぬぐった。隼人へ見せた怒りは消え失せている。その丸くなった背中は、たった一人ぼっちで置いてきぼりにされた子供のようだ。 「ばかやろう……」  だが突然、ドアが、がんがんと叩かれた。  ロミオ!  通路から声が聞こえてくる。  ロミオ! 開けてくれ!  古ぼけたドアをひっきりなしに叩いている。  ロミオは吸い寄せられるように、ドアを睨んだ。去ってしまったと思った隼人が、自分を呼んでいる。 「……ちえ……」  ロミオは少しだけ嬉しそうに呟いた。だがドアを開ける時は、思いっきり口をひん曲げて悪態をついた。 「うるせえんだよ! 馬鹿みてえに名前を連呼するんじゃ……」  開けた途端に、隼人がロミオに抱きついてきた。びっくりするロミオの顔を両手でしっかりと掴むと、ぶつかるような激しいキスをする。 「ん……ん、ハ……」  苦しそうにロミオは顔を背けようとした。しかし隼人は逃がさないと言わんばかりに、赤い唇を吸いあげる。 「……な、何なんだ……」  ようやく甘い息苦しさから解放されたロミオは、隼人の腕の中で呼吸を繰り返した。 「このまま……帰りたくなかったんだ……」  隼人も息を整えて、ロミオをさらに抱きしめる。   「……用事があるんだろ。さっさと行けよ」 「キャンセルした」  えっ? と聞き返したロミオを、隼人は愛しそうに見つめる。 「癇癪起こしている恋人を慰めなきゃいけないから、社長のワインには付き合えないって、断りの電話を入れた。社長は上機嫌な声だったから、きっと誰かと甘いワインでも飲んでいるんだろう」  その時の電話口の司籐社長の様子を思い描いたのか、隼人の口調は愉快そうだ。 「……いいのかよ」  ロミオはぶっきらぼうに訊いた。だが胸はフラメンコでも踊り始めたかのように、熱くなってきた。  隼人はまるでロミオの高鳴りを感じたかのように、抱く腕に力がこもった。  「いいんだ。ここはイタリアなんだから」 「……ロミオ」  隼人は胸から顔をあげた。 「もう一度……抱いていいか……」 「……いいぜ」  ロミオは熱い息と共に呻いた。  隼人は上半身を起こして、ロミオの両足を持ち上げると、肩で担いだ。ロミオの腰が浮きあがり、恥部が剥き出しになる。今までに隼人の雄を受け入れた場所は、体内で射精された液が溢れ出て、シーツや太腿の内側を濡らしている。獣のように貫いたペニスは、再び狙いを定めて運動を開始した。 「あっ、はあ、ああっ……」  下半身を突き動かす力に、ロミオは背を仰け反らせた。熱くて激しい動きは、いつも心をかき乱し、暖かくしてくれる。 「ハ……あっ……ト……」  ――抱いてくれ、抱いてくれ。  ――もっと、もっと、オレの心臓が壊れてしまうぐらいに、突いてくれ。  ロミオはうっすらと瞼を上げた。  恋人の顔が見える。逞しい胸板、腕、腹部、足。男らしく精悍な肉体が汗ばんでいる。その躰に貫かれ、抱かれている自分。  ロミオはゆっくりと目を瞑った。そして、荒々しくて快い征服に身も心もゆだねていった。         

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