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隼人は言いかけた口縁 を、躊躇うように閉じて、黙ってロミオの横顔を見つめた。その眼差しは、どこか途方に暮れている。
「さっさと言えよ!」
苛々とロミオは叫ぶ。そうしなければ、この場には立っていられないとでもいうように。
「……謝りに来たんだ。この間、お前を残して仕事へ出かけてしまって、本当にすまなかった」
隼人はロミオを見つめたまま、何かに突き動かされるように言った。
「寂しい思いをさせてしまったと、後悔している」
ロミオは隼人から目を逸らしたままだ。
「本当に、すまなかった」
繰り返し言うと、隼人は目を伏せて、静かにロミオに背を向けた。その背中はひどく落ち込んでいる。まるで重石を担げと命じられたかのように、痛々しくて辛そうだ。
ロミオは隼人に気づかれないように、ちらりと視線だけ動かした。頭痛にでも堪えているかのようなふらついた足取りで、隼人が去ってゆくのが見える。本当に、そのまま倒れてしまうのではないかと思うほどの憔悴ぶりだ。
「……」
への字に結ばれていたロミオの唇が、熱に触れたかのように解けた。
「――待てよ」
押し殺した声が、出る。
「それだけかよ」
アパートメントの階段を下りようとしていた隼人は足を止めて、信じられないように振り返った。ロミオはまっすぐに隼人を睨みつけながら、この上なく不機嫌に言い放った。
「キスぐらいしていけよ」
隼人は面食らったかのように、ちょっとの間立ち尽くした。
「……ロミオ」
イタリア人の恋人は、自分が口にした言葉の意味がわからなければ、次に何の爆弾を投げつけてやろうかというような物騒な空気を発している。
隼人は吸い寄せられるように戻った。
ロミオは再び目の前に立った隼人を見上げる。隼人はロミオより背が高い。一八〇センチを越える身長は、日本人の平均的なイメージではないようで、当初イタリア人の同僚たちから「ハヤトは実はオランダ人だろう」とからかわれた。ヨーロッパで背が高いといえばオランダ人だが、平均的なイタリア人もそれほど身長があるわけではない。ロミオも背が高いわけではなく、二人一緒の時はいつも隼人がロミオを見下ろし、ロミオは隼人を見上げる。そして、パズルのピースがぴったりと合わさるように、キスをするのだ。
「……本当にすまなかった」
隼人はまだ言い足りないように口にする。
「聞き飽きた」
ロミオは口を尖らせる。
隼人の顔にみるみる苦笑が広がっていった。
「わかった」
まるで重石が外れたかのように肩で息をつくと、ロミオの背中を抱いて、そっとキスをする。
ロミオは待っていたように隼人の首に腕を回し、さらに熱く唇を重ねあわせた。隼人の接吻 は優しくて温かくて真面目だ。労わるようなキスが繰り返され、ロミオは隼人の気持ちを感じながら、強く抱きついた。
「……ロミオ」
隼人は唇を離して、熱っぽい息を吐く。
「この間の続きをやらないか」
「……いいぜ」
ロミオも蕩けるように呟いて、隼人の胸に顔を埋めた。
「……あ……あ……」
激しい息遣いが、腰の動きにあわせて吐き出される。
脱ぎ捨てられた衣服や下着が、ベッドの足下にある。ひとり用にしては大きいベッドで、隼人が枕に頭をのせて仰向けになり、その躰の上にロミオが馬乗りになってまたがっていた。ちょうど隼人の腹部あたりで、ロミオは両足を広げていて、隼人の手で腰を動かされている。
「は……あ……」
隼人のペニスが、深々とロミオの中へ押し入っている。それは腰が前後に動かされる度に、ロミオの中を何度も貫いて、嵐のような快感を与えている。
ロミオは浅黒い肌に汗を浮かびあがらせ、突きあげてくる刺激に上半身を揺らしていた。耐えられないような声を洩らしながら、行為に喘いでいる。ロミオのペニスも勃起している。
隼人も息を乱しながら、ロミオを支えるように掴んで、自分のペニスで力いっぱい突いている。体内に挿入された快楽に素直に身を任せる恋人の姿は、日頃のへそ曲がり振りからは想像もできないほど淫らで可愛らしく、隼人の性欲を刺激するのに十分だった。
「ハ……ヤト……」
やがてロミオは、全身に衝撃が奔ったように仰け反った。そのまま倒れそうになるのを隼人の手が支える。
隼人はひと息ついて、上半身を起こした。ロミオは隼人の胸に力なく倒れこみ、弱々しくしがみつく。
「……大丈夫か、ロミオ」
自分の胸の中で荒い呼吸を繰り返す恋人を、優しく抱きしめた。ロミオの中で、自分のペニスが達し精液を撒き散らしたのだ。
「……平気……」
ロミオは胸から顔をあげた。そのエメラルド色の瞳は、恍惚げに潤んでいる。さらなる行為を要求するように。
隼人は喉で息を呑み込む。一度達した自分の性欲が、再び勃興するのを感じた。
隼人はロミオの口を塞ぐようにキスをする。唇を吸いあげながら、ゆっくりとロミオをベッドに仰向けに押し倒す。それから唇を首筋へと這わせ、胸の乳首を舌で舐めた。
「……吸って、ハヤト……」
ロミオは甘くねだる。
「わかった……」
隼人はその通りにした。
ロミオは強く吸われて再び声をあげる。その嬌声に、隼人は堪えられなくなった。
勢いよくロミオの両足を抱えると、また腰を掴んで動かし始める。秘所に入り込んでいたペニスが、二度目の征服を開始する。
「……ああ……」
ロミオはシーツの上で震えた。臀部が浮きあがり、繰り返し繰り返し突き入れられる。ロミオのペニスもその動きにあわせるように、ぶらぶらと揺れ動く。
隼人は熱に浮かされたように行為に没頭する。ロミオもまた全身を熱くさせて、されるがままに腰を揺らし続けた。
「ロミオ……」
ようやくお互いに満足しきってセックスを終えた二人は、そのままベッドで横になり、仲良く寄り添っていた。
「……何だよ」
ロミオの声が少しだけハスキーになっている。セックスをしている間中、声をあげていたからだ。
「ちょっと早いが……ヴァカンスはどこへ行きたい?」
隼人にぴったりとくっついていたロミオは、驚いたように顔をあげる。
「ヴァカンスって……休みが取れるのかよ」
「たぶんな……きちんとヴァカンス後の仕事の準備をしたら、うちの社長は休んでいいと言っている」
イタリアのヴァカンスシーズンは八月である。今はまだ春だが、ヴァカンスの予定を立てるのに早いにこしたことはない。
「ロミオが行きたい場所へ行こう……サルデーニャ島でもシチリア島でもいい……それとも国外へ出かけようか?」
イタリアの有名リゾート地をあげて、隼人は自分の胸に顔を沈めているロミオを覗き込む。
「……別にどうでもいい」
ロミオの反応は鈍い。
「予定を決めたって、本当に行けるかわからないもんな。ハヤトが仕事だって、オレを置いてきぼりにするかもしれないし」
「……いや、ロミオ……」
隼人は困ったようにロミオの髪を手で撫でる。自分と同じ色合いの髪でも、ここまで違うのかというくらい軽くて艶々している。
――やはりまだ怒っているんだな。
隼人は真剣に考え込んでしまった。ここで下手なことを言えば、またへそを曲げるだろう。そこがまた可愛いのだけれども、この二人だけの穏やかで濃密な空間を壊したくはなかったので、かける言葉を探しているうちに、沈黙が落ちてしまった。
「……オレ、ずっとハヤトのこと待っていたんだ……」
無言の空気を打ち破るように、ロミオがぽつりと呟いた。
「ベッドの上で、ハヤトが帰ってくるのを待っていたんだ……けれど、空が白みだしても戻ってくる様子がなかったから、自分の家に帰ったんだ……」
「……すまん」
その寂しげな口調に、隼人は一人ベッドの上で自分を待つロミオの孤独な姿が思い浮かんだ。
「本当にすまなかった……」
明け方近くに帰宅したので、ロミオとすれ違いになったのかもしれないと後悔した。もう少し家の内部に気を配って、ロミオがずっと待っていてくれた痕跡を見つけていたら、自分もすぐにロミオの家に飛んでいったのに……
――いや、そうじゃなくても、すぐにロミオの元へ飛んでいくべきだったんだ……
隼人は今さらながら、自分が悪いんだと深くため息をついた。
「だから、聞き飽きた」
ロミオは気持ちを切り替えるように寝返りを打つと、隼人の左頬に手を添える。
「ヴァカンスだろうが、オレはハヤトのそばに居られたら、それで十分だ。あとは何もいらない」
顔を寄せて、右の頬にキスをする。
「オレはハヤトが好きなんだ……」
「……ロミオ」
隼人はいったん鎮まった胸の高ぶりが、再び噴火するのを感じた。その火柱をあげ始めたマグマの勢いに押されるように、ロミオを枕元に押さえると、上から覆いかぶさって、息すら奪うような熱いキスを交わす。
「……まだ夜だ、ロミオ」
隼人はロミオの耳元で囁いた。手は恋人の下肢を触っている。
「いいぜ……」
もうすでにロミオも感じながら、隼人の躰に腕を絡める。
「ずっとオレを愛してくれ、ハヤト……」
夢見るように、そう呟いた――
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