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①転校生 ─迅─
女は約束の時間を一分でも過ぎると、何回も何回もメッセージやら着信やらを寄越してきやがる。
しかもだ。 男は誰しも、セックスの後はちょっとほっといてほしいモードに入るじゃん。
それなのに「他に好きな人でも出来たの」だの、「もう私の事好きじゃないの」だの、マジでめんどくさい。
しつこい連絡もそう、セックス後の余韻もそう。
彼女面も結構だが、それが冷める一因になるって何で分かんねぇんだろ。
ま、はなから俺は燃え上がってなんかないんだけど。
「───迅のお友達が道に迷ってるかもしれんから、出掛けるなら駅まで案内してやってなぁ」
「………………」
出掛けようとした俺がリビングを横切った時だ。
キッチンからヨタヨタと背中に両手を回したばあちゃんが出てきて、そう言って引き止めてきた。
……は? 友達? そんなわけねぇだろ。
ダチには、俺ん家には絶対来るな、来ても部屋には死んでも入れねぇって言ってあんのに、誰が来るって?
「もしその子に会ったら、これ少ないけど……渡しておいてなぁ。 本当に助かったからねぇ」
「………………」
俺はキッチンの床に置かれた四つのビニール袋を見た。
結婚した俺の姉貴一家が遊びに来るからって、たんまりと食材を買い込んで帰ってきたらしいばあちゃんが、今から女と会うために出掛けようとした俺にポチ袋を寄越してくる。
いや、それって俺のダチじゃねぇと思うんだけど。 渡そうにも渡せねぇよ。
……とは言えなかった。
ばあちゃんは小さい。 おまけに腰も曲がってガリガリだ。
こんなに大量の荷物、助っ人が居なかったらスーパーからここまで持ち帰られるはずがない。
誰かがここまで荷物を運んでくれた事は明白で、それがおそらく俺みたいな人種だったからばあちゃんは勘違いしてんだ。
めんどくさっとは思うけど、ばあちゃんを無下には出来なかった。
「……分かった。 そいつの名前とか聞いた?」
「それがねぇ、何にもお礼は受け取ってくれないし、そんな大層なことはしてないよ〜ってすぐに帰ってしまってねぇ」
「なんで道に迷ってるって分かんの?」
「その子なぁ、ここに来るまで、道端の葉っぱをちぎって道路に落としてたんだよ。 目印のつもりだったんだろうけどねぇ、そんなもの落としたところで、風でぴゅ〜っだろう?」
「バカじゃねぇの、そいつ」
「こらこら、そんな事言うもんじゃないよぉ。 親切で活発でとっても可愛らしい子だったんだからねぇ」
手入れを欠かさないリングダッドスニーカーを履きながら、俺は失笑した。
そこまでバカなら確実に俺のダチじゃねぇ。
背後から「髪の毛がキラキラした子だよ!」と追加情報をくれたばあちゃんに頷いて、玄関を出る。
あ、しまった。 キラキラってどっちの意味なんだ。
めちゃめちゃ髪の毛がツヤッツヤな方なのか、髪色がキンキラキンな方なのか、キラキラだけじゃ分かんねぇよ。
超〜〜めんどくさかったが、ばあちゃんに頼まれた手前断れなかった俺は、遠回りして駅に向かう事にした。
そいつはすぐに見付かった。
キラキラは、キンキラキンの方だった。
それだけだと俺のダチと間違えてもしょうがないのかもしれないが、あんな金髪見覚え無ぇよ。
遠目にも分かるチビさと、未だちぎった葉っぱを手にしているバカさ加減にはちょっと引いた。
本当に道に迷ってるのか分かんねぇし、試しについて行ってみると、そいつはマジでこの拓けた住宅街で迷子になっていた。
「さっきからウロついてるそこのお前」
いよいよ時間も差し迫ってきてた事もあって、見るに見かねた俺は金髪チビの頭に向かって声を掛けた。
するとそいつはビクッと肩を揺らし、しおらしく見上げてくるかと思えば真逆で、振り向きざまに威勢のいいガンを飛ばしてきやがった。
……小っさ。 しかも女みてぇなツラしてんじゃん。
私服だと男か女か分かんねぇそいつは、迷っている分際で小生意気に「道案内しろ!」とギリギリ男みたいな声で俺に命令してきたんで、ムカついた俺は別れ際まで散々揶揄ってやった。
最後まで揶揄われてキィキィ喚いてたのがまぁまぁ面白くて、駅までの時間潰しにはちょうど良かった。
十中八九、ばあちゃんの助っ人をしたのはコイツだろうと目星を付けたのに、お礼のポチ袋を渡すのを忘れていたくらいには。
俺のそいつへの第一印象は、クソ生意気な金髪チビ。
翌日学校で「転校生」として翼から紹介されるまで、アイツはもしかして女だったんじゃね?という疑惑は、俺と同じ制服を着ていた事で払拭された。
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