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①転校生 ─迅─2

 金髪チビ……もとい、水上 雷はかなりのバカだ。  しかも超が付く天然で、元気いっぱいと言うと聞こえはいいが発言、行動、とにかくバカだった。  転校初日で猫を "にゃんこ" と呼んでいた事を自らバラし、俺と翼から「雷にゃん」と呼ばれる羽目になっても突っ掛かってくる程度でキレはしない。  人当たりが良くて社交的で、俺らと同類でありながら敵を作るタイプじゃない事はすぐに分かった。  転校してくる前も、めちゃめちゃイジられ役だったんだろうが周囲から好かれていたのは間違いない。  翼と仲良くなった雷は、自ずと俺と居る時間も増えた。  俺と翼は放課後、空き教室でダラダラと一時間くらい溜まってから帰るのが日課で、それに雷が加わったのもごく自然な流れだった。 「翼〜腹減った〜」 「なんか買って食えよ」 「奢って〜」 「なんでだよ、雷にゃんもう小遣い底ついたのか?」 「野良にゃんこ達のエサ代に消えちまうんだもん〜」 「それだけじゃないよな」 「深くは聞かないでくれ。 男たるものダチにさえ秘密にしておかなければならない事もある」  翼の背後霊となって甘えている雷に、俺はスマホの画面に視線を落としたまま「何言ってんだ」と鼻で笑った。  今日の女が十分前からしつこくメッセージを送ってくるんで、どれだけ既読スルーをすると鬼電が始まるのかという最低な検証を、俺は勝手に始めている。 「どうせ漫画やらゲームやらエロ本やらくだらねぇもんに金使ってるだけだろ、バカ雷にゃん」 「そ、そ、そ、そんなこと微塵もないし!」 「微塵ってここで使うか?」 「使わねぇだろ。 雷にゃんはバカだから使いどころ分かってねぇんだ」 「ムーカーつーくー!! 迅ってなんでそんなに俺をイラつかせるのがうまいんだ! せめて喧嘩が弱けりゃなぁ……!」 「弱かったら何だよ。 俺を倒して土下座でもさせようっての?」  翼にしがみついている雷に視線をやり、もう一度鼻で笑ってやる。  喧嘩負け知らずな俺には、認めてない舎弟が校内に何十人か居て、校外にもそれが居るらしいが把握しきれないしぶっちゃけどうでもいい。  無敗な俺の噂が広まっている今、相当な勘違い野郎からしか喧嘩をふっかけられなくなった。  雷が転校してきて三日後、珍しくその勘違い野郎と出くわした俺はものの一分でカタを付けた。 その立ち回りを見ていた雷は見事にドン引きし、以降は必要以上に俺に近寄らない。 「あーそうだよ! 「二度と生意気な口叩きません、許してください雷にゃん様〜」って言わせる!」 「土下座させた奴に雷にゃん様って呼ばせんの? ウケる」 「雷にゃん、あだ名気に入ってんだなー」 「ちがぁぁーう! 揚げ足取るなよ! 迅、お前マジでムカつく! 翼も感心してないで何か言ってやれよ!」  近寄りはしないが、こうして遠くからの威勢のいいご立派な吠えだけは一丁前だ。  雷を揶揄うのはマジで楽しい。  今までこんなに反応がいい奴は居なかった。 揶揄い甲斐がある。  笑っていると、手にしたスマホが長く震えだした。  送信してすぐに既読の文字が付く画面に業を煮やし、キレかけた女からのメッセージやスタンプは数え切れなくなっていた。 「耳元で喚くなよ、雷にゃん声高えから耳がキンキンすんだけど」 「ごめん翼! だいじょぶ?」 「大丈夫じゃなーい。 舐めて治して」  疑う事を知らない雷は、大袈裟に左耳を痛がる翼を心配して首を傾げた。  舐めて治してって……何考えてんだ、翼の奴。  最初から雷を気に入ってる翼は、俺とは少々毛色の違った、こんな趣味の悪い揶揄いをよくしている。 「耳がキンキンした時は舐めれば治るのか?」 「治る治る。 これマジよ」 「へぇ〜知らなかった。 治るんなら舐めるけど、あとでキモいとか言うなよ?」 「あぁ痛え〜早く舐めろよ雷にゃん〜」  「分かった!」って、おい。 バカじゃねぇの。  天然記念物並に素直過ぎるバカ雷にゃんは、マジで信じて翼の肩に手をやって舌を出した。  キモいキモくない以前に、それが翼の口からでまかせだって何で気付かねぇんだ。  俺の言う事には反発するくせに、翼の分かりやすい冗談は一発で信じて真に受ける。  ……気に食わねぇ。 「んなわけねぇだろ。 すぐ騙されるなよ、雷にゃん」  雷の舌が翼の耳まであと数センチのところで、二人をベリッと引き剥がして睨みをくれてやる。  それは雷にだけだ。 「え!? 嘘だったのか!? ひでぇよ翼!」 「迅、余計な事するなよ。 雷にゃんが俺の耳ペロペロしてくれたら治ってたかもしんねぇのに」 「……言ってろ」  お前には下心しか無ぇだろうが。  振動が止まないスマホをポケットにしまい、薄い鞄を脇に抱えた俺は立ち上がった。 「もう行くのか? 今日早えな」 「あぁ。 スマホ鳴りっぱでうるせぇ」 「モテる奴のセリフってなんでこうもムカつくんだろ……シッシッ、リア充乙」  邪魔者を追い払うかのような、雷の手のひらのシッシッには俺もムカついた。  雷の野郎……リア充で何が悪い。  ひがむなバカ雷にゃん。

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