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①転校生 ─迅─5
俺の電話には三回に一回しか出やがらねぇ雷に、しつこく何回も掛けてみたが今日は出ない日らしい。
いっつも肌見放さずスマホを持ってる奴が、俺の着信に気付かねぇわけないしな。
シカトしてやがんだ。 生意気にも程がある。
わざわざ女との約束をキャンセルして追い掛けてやろうとした、俺の厚意を無駄にする気なのか。
翼のガチ変態性癖は隠してやって、悪ふざけなんだし許してやれよと俺が仲裁するのは何か違うと思ったが、あんな顔見たらほっとけねぇだろ。
『女の代わりにするな!』
喚いたあの時、雷の顔面は茹で上がったタコみたいに真っ赤だった。
同じ制服を着てなきゃ女と間違えそうなツラが、よく分かんねぇ複雑な表情をしていた。
揶揄われて怒ってる、てか傷付いてるように見えたんだよ。
凹み知らずのバカ元気なアイツのあんな顔、初めて見たからな。
オレ様な俺にだって心ってもんがある。
さすがに可哀想じゃん。
男なのに乳首イジられて女扱いされたら、いくらチビでも女顔でもバカでもそりゃキレるし傷付くって。
「……ったく。 アイツの行きそうなとこなんて分かんねぇよ」
校門を出たはいいが、俺は雷と二人で出掛けた事がないんで足取りなんか掴めない。
アイツはいつも金欠だし、何処か店に入るっていうのはナイ。
となると、野良にゃんこと遊んでる可能性大だが肝心のにゃんこの溜まり場が分からねぇ。
……いや……待てよ。 そもそも行ってどうするんだ。
電話にも出ねぇ奴に、仲裁に来たぜ、とかこっ恥ずかしい事言う気か、俺?
そんな事頼んでないし!と噛み付かれるのが分かってて、自分から進んでイラつきに行くようなもんだ。
「……やっぱいーや。 ほっとこ」
可哀想だと思った事も、同情した事も、傷付いたような表情も、「あんっ♡」が俺の鼓膜に焼き付いてる事も、何もかも忘れてやる。
翼は「処女はムリ」なんだ。 襲われる心配は今はとりあえずしなくていい。
アイツも俺達に近寄らねぇって息巻いてたし、俺が余計なお世話かましてさらに雷にゃんの機嫌損ねたら何も意味無えよな。
久々に翼の本性を見たせいでつい感情的になっちまった。
「……俺ダセェ……」
雷を追い掛けようとした自分が、途端に恥ずかしくなった。
キャンセルした女に、「やっぱ行く」とメッセージを送る。 ちなみに今日の女は初対面だ。
俺の番号が他校の女達に流れまくってて、言葉は悪いが俺はエサもやってないのに入れ食い状態。
付き合っても俺が本気にはならねぇって事実まで広まってるし、雷が俺を「ヤリチン」やら「リア充」と呼ぶのはあながち間違ってねぇんだよな。
ただし、ほんとの事を言われるとムカつくって、人間のややこしい心理に惑わされそうになったのは雷が初めてだ。
俺にばっかりキャンキャン吠えやがって、揶揄い甲斐はあるがたまにマジでイラつく時がある。
何にイラついてんのかって、……全部だ、全部。
「…………ん、?」
スマホから顔を上げた先に、見慣れた背の低いキンキラキン頭がチラッと見えた気がした。
そいつは一目でヤンキーと分かる男連中に囲まれていて、耳を澄ましてみると「うるせぇ!」という金切り声が聞こえる。
「絡まれてんのか?」
一、二、……五人か。 アイツ……何したんだよ。
俺は、雷が理不尽に他人に喧嘩を売るようなタイプじゃないと知ってるけど、今日は乳首をイジられてカッとなっている。
ムシャクシャして、誰彼構わず喧嘩を吹っかけたとしても不思議じゃない。
「……バカ雷にゃんめ」
ただでさえ雷はチビなのに、いくらイラついてるからって五人も相手になんか出来るわけねぇだろ。
あんな派手な髪して目立つわりに、見るからに貧弱で非力だし喧嘩弱そうじゃん。
マジのバカか。
「そろそろ喧嘩する歳でもねぇんだけどな」
知らねぇ制服を着た不細工に首根っこを掴まれた雷を見た瞬間、俺は走っていた。
俺に喧嘩を吹っかける奴が滅多に居なくなってせいせいしてたのに。 高三にもなって血気盛んな連中と同じになんかなりたくねぇのに。
でも見ちまったからには、ここで知らん顔は出来ねぇ。
アイツはどう思ってんのか知らねぇけど、俺は雷の事は気に入ってんだ。
どんだけ悪態吐かれても、それは俺が揶揄うからバカなりに言い返してきてるだけ。
俺の方が翼より早く知り合ったのに、俺と雷の間にはまだ全然ダチ感が無えのがイラつく。
構ってやろうと思って、俺の方から電話したりメッセージも送ってやってんのにたまにしか返事寄越さねぇ気紛れ猫みたいな奴だけど、お前の顔とキンキラキンな頭見ないと今日が始まった気がしねぇんだよ。
翼とイチャつくのに忙しくて、うるせぇ声で俺に噛み付いてこない日はイライラして物に当たり散らすくらいにはお前の事気に入ってんだよ。
「おい、てめぇら。 俺のお気に入りをどこに連れてって何をする気なんだ」
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