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①転校生 ─迅─10
… … …
「迅〜もう帰っちゃうのぉ?」
「………………」
セックス後は必ず甘えたがる、全裸の女が擦り寄ろうとしてくる。
対して俺は一つも制服を脱いでない。
スラックスの前だけ開けて、いつもよりふにゃちんな気がするそれにゴム付けて、射精するためだけの行為に及ぶ。
そして終わったら、一瞥だけ向けて静かに息子をしまい、黙って女の家をあとにする。
全然抜いた気がしなかった。
無邪気全開な雷に「エッチってそんな毎日したいくらい気持ちいいのか?」と問われて以来、マジで女とのセックスに身が入らない。
今までそんなの考えたこともなかったのに。 だからってこれまでも熱心にヤってたかっつーとそうでもねぇけど、集中できないのは俺の沽券にかかわる。
"藤堂くんって意外とふにゃちんだった。"
"藤堂くんって遅漏?"
"藤堂くんって噂通り冷たいね。"
こんな根も葉もない噂が広まったらどうしてくれるんだよ。
……俺に当てはまるのは最後だけだ。
俺は性欲は強い方だし、ナニもそこそこだと思う。 たまに入んなくて痛がる女もいるくらいだ。
そう、中一で初体験を迎えてから性欲処理に困ることが一度も無かった俺様が、セックスに身が入らねぇってのは由々しき問題。
ヤリ過ぎてもう性欲が枯れてきてんのかも。
そんなのヤバ過ぎるだろ。
「クソッ……暑ちぃなぁ……」
七月に入ったら昼間だろうが夕方だろうがそんな変わんねぇ気温に、涼しい顔してんのも一苦労だ。
今日もやっとの事でイった俺は、不完全燃焼でイライラしたまま駅への道を歩く。
このなんとも言えねぇ感覚は、相手がどうとか、穴の具合がどうとか、嘘くせぇ喘ぎ声がどうとかは一切関係ねぇ。
「……いや……関係あるだろ」
自分で自分にツッコむなんて初体験だわ、畜生。
あぁ、そうだよ。
問題は喘ぎ声なんだよ。
毎日毎日、ダチにセクハラされてるクソ生意気な女顔金髪チビの「あんっ♡」を聞いてるせいで、俺の脳ミソが勝手に変換しようとすんだよ。
コイツじゃねぇだろ、ほんとはあのチビの声が欲しいんだろって。
いやいや、翼に感化された俺はついに末期か。
それもこれも、しつこく「雷にゃんの処女奪ってくれ」っつーマジキチな依頼を忘れない翼のせいだ。
そうだ。 そうとしか考えらんねぇ。
洗脳され始めてんぞ、俺。
しっかりしろ。
「…………なんでこんな時に見つけちまうかね」
「あんっ♡」の主が、ただでさえ小さい体をさらに縮めて、電柱の陰からどこかを一心に覗いている。
独りで、だ。
ここが雷の家の最寄り駅だって事は知ってたが、ほんとに出くわすとは思わなかった。
ただし向こうは俺に気付いてない。
陽が長いこの時期、午後七時を過ぎてもまだ辺りはめちゃめちゃ明るくて、しかもあのキンキラキン頭だ。
目立つ頭してっから、チビでもすぐに俺の視界に飛び込んできた。
「……何してんの、アイツ」
例の野良猫と遊んでんのか? ……って、移動すんのかよ。
て事は誰かを尾けてる……?
テケテケ…と小走りで俺から遠ざかっていく雷は、こんなに近くに俺が居るのにその対象しか見えてねぇ。
「………………」
ムカつく。
今日も食いもんを与えてやった俺を「リア充乙、シッシッ」と生意気なツラしてあしらったくせに、お前が誰かを追い掛けてるなんて気分悪りぃんだけど。
そんな真剣に誰を見詰めてやがんのか、リア充街道突っ走ってる俺様が直々に見てやろうじゃん。
俺は不完全燃焼だった下半身事情なんかすっかり忘れて、キンキラキン頭を追い掛けた。
雷が尾けたいと思うなんてどんなイイ女だ。 いや男の可能性もある。 でもな、女を追い掛けてんのは千歩譲って許せるが、男だったらガチでキレんぞ。
だってな、考えてもみろよ。
見た目はそこら辺の男なんか目じゃねぇくらいイケてて、毎日おやつ与えてやって、お前を守る事が出来る喧嘩の強え俺がここにいんだから。
「───じいちゃん! やっぱ俺がその荷物持つから! そんなの持ってフラフラされたら心配だって! 転んだらどうすんだ!」
「あぁ……君かぁ、すまんねぇ……」
「遠慮なんかすんなって! 困ったらお互い様根性なんだぞ!」
「根性……? ははは、君は可愛いねぇ」
「も〜じいちゃんってば! カッコイイって言って!」
──────。
俺の数メートル先で繰り広げられた、穏やかで温かい会話。
雷からはやっぱりバカ発言が飛び出してたが、大きな段ボールを抱えた爺さんが心配であとを尾けてたなんて……その行動は到底、バカとは呼べない。
見ず知らずの俺のばあちゃんの荷物を持って、それこそ見返りなんか求めず家まで運んでくれた事を思い出した。
引っ越してきたばっかりで土地勘も無ぇくせに、素直過ぎる親切心だけで雷は動いている。
いつでも戦闘準備万端みてぇな、あんな派手なナリしといて反則だろ、あれは。
人懐っこい雷の事だ。
こんな事がしょっちゅうなんだろう。
道端で困ってる人を見たら放っておけないらしい雷の人柄の良さを垣間見ると、自分の心はさもしいと思った。
爺さんと仲良さげに会話しながら、小さい体と細い腕で段ボールを家まで運んでやった雷を、今度は俺が尾けている。
放っておけなかった。
この辺の地理は分かってるのか、再び独りになった雷はとある公園へと走った。
今度は何なんだと、俺も汗だくで雷を追い掛ける。
「もふもふさーん! 会いに来たよー! わぁぁっ、今日も順調にもふもふってんなぁ♡ 触っていー? あっ、どこ行くんだよぉ、ついてっちゃうもんねぇ〜」
この公園での雷のお目当ては、例の野良猫だった。
チラッとしか見えなかったが、確かにその名を付けるだけあってもふもふ猫だ。
暑さが引かない夕闇の中、ちょこちょこと移動するもふもふさんを雷は追い掛け、俺はそんな雷を追い掛けた。
暗くなって雷が家路につくまで、ずっと。
「……何してんだ、俺は」
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