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①転校生 ─迅─9
俺は、雷に感謝されるために食料を与えてるわけじゃねぇ。
喚いてうるせぇから。
喜ぶから。
素直に食うから。
……断じて、見返りなんか求めてねぇ。
細長いパンを六本ペロッと完食した雷は、俺がギリギリ聞き取れるかどうかのか細い声で「のど渇いた」と呟いた。
そうだよな、確かに。 あれは口の中の水分を全部持ってかれそうな食いもんだ。
明日からはここに来る前に自販機寄って、飲み物も買っておこう。
……って、だから何を考えてんだ俺。
んな事したらまた餌付けだって言われんだろうが。
「あれ、雷にゃんもう帰っちまうの?」
俺の太ももからぴょんっと飛び降りた雷は、そそくさと鞄を手にした。
目ざとい翼はそれに反応して、イジっていたスマホから顔を上げる。
「ん! 今日はもふもふさんに会いに行くんだ。 破廉恥な事されると無性に会いたくなるからな」
「なんで俺を睨むかな? じゃあな〜雷にゃん〜」
そりゃお前がセクハラしまくるからだろ。
睨むだけに留めてる雷はむしろエライと思うぞ。
てかマジでもう帰るのかよ。 まだ十五分くらいしかここに滞在してねぇじゃん。
パン与えて喉が渇いたから、野良猫を言い訳に自販機寄りたくて帰るって言ってんじゃねぇだろうな。
俺が何か買ってきてやるから、もう少し居れば?……とか言って引き止めてしまいそうになった俺を、誰か止めてくれ。
「……絡まれんなよ」
「迅! 一言多いぞ!」
「一言しか言ってねぇよ」
「ぐぬぅ……! 減らず口の性悪おたんこなす迅め! ふんっ」
近頃はいつもこの調子で、ガラガラッと勢い良く開けて教室を出て行く。
ただな、前々から思ってたけど、開けるときは勢い良くても、閉めるときは音が立たねぇようにソーッとなその配慮は一体何なんだ。
陽キャな雷らしくなくてウケる。
まぁ、俺を指差してバカな悪口を吐いた雷からは、前みたいな遠慮を感じなくなったしな。 それはいい兆候だ。
翼が雷にそうなったように、雷の俺への態度も少し前とは全然違う。
同じように見えるが、表情や口調がな。
だから、本当にパンだけ食って帰るやつがあるかよ、と心の中では思っても、セクハラが若干のストレスになってるアイツには野良猫と遊んで心を浄化する時間も大切だ。
「なんか〜お二人さん〜、急速に仲が深まってませ〜ん?」
雷が居なくなった空き教室。
ほんの三ヶ月前までは、これが俺と翼のいつもの放課後だった。
持ち込んだヒョウ柄のラグの上で胡座をかいていた翼が、俺の前の席に座って舌ピアスをカチャカチャ鳴らしてニヤけた。
「ウゼェ喋り方すんなよ」
「あんなに雷にゃんのこと邪険に扱ってたのに〜迅ってばどういう心境の変化〜? 的な〜?」
「的な、の使い方おかしいぞ」
「誤魔化してるとこがまた怪し〜的な〜」
「ウゼェ。 マジでウゼェ。 翼、お前最近マジでどんどんおかしくなってんぞ」
「おかしくなってねぇよ」
「いきなり素に戻んなよ」
ふざけてんのか、ガチなのか、コイツには裏表があり過ぎてたまに気味が悪い。
何やら急に煙草が吸いたくなったが、ここでは我慢する。
ニオイでバレたら一発でこの秘密基地が無くなるからだ。
「いやいやマジでさ。 迅雷コンビって名付けたいくらい二人のダチ感アップしてて、俺超ジェラってんだけど」
「なんでジェラってんだよ。 お前やっぱ雷にゃんのこと狙ってんじゃねぇか」
「だからな、言ったじゃん。 迅が雷にゃんの処女貰ってくれれば、俺も気兼ねなく手が出せるんだって。 大切にするよ、誰よりも」
「……俺に言ってどうすんだ。 俺はヤらねぇぞ。 男はムリだって言ったよな? いくらチビの女顔でも、俺と同じもん付いてんだろ」
「そこが萌えんじゃん〜! 今流行りの "男の娘" みてぇなもん。 乳首触っただけであんなに喘ぐんだぜ? 感度は悪くねぇと思う。 むしろ掘られたらハマって抜け出せなくなる素質ムンムン」
「はぁ?」
雷にそんな素質を見出すなよ。
喘ぐのはどうかと思うが、喘がせてんのは翼だろうが。
……あ? 雷を喘がせてんのは、……翼?
そうじゃん。
平べったい胸を撫で回したり、敏感そうな耳をいやらしく触ってみたり、今すぐここにぶち込みてぇってツラしてケツを揉んだり、翼が雷にしてんのはセクハラの度を越してる。
でも、嫌がって逃げるくせにいちいち喘いでんのは雷だ。
翼が、雷を喘がせてんだ。
……なんだ? なんかすげぇ胸糞悪りぃんだけど。
「……想像したら気分悪りぃ」
「んな事言っちゃって〜!」
「帰るわ。 マジで胃がムカムカする」
え〜迅も帰んの〜?って言われても、最近は俺も翼の発言で気分を害してる。
腹の辺りを触りながら教室をあとにした俺は、とりあえず鞄をヘコませた。 雷の食料のために改造した鞄はこうして直ちに薄くも出来る。
野良猫に名前まで付けて癒されに行ってる雷を追って行って、このムカムカも猫と戯れたら治るのかどうか試したい、……マジでそんな事を考えた。
俺は犬より猫派だからだ。
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