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①転校生 ─迅─8
… … …
「ついて来るなよ!」
「そう言われてもねぇ……」
「………………」
「もう俺はお前らとは関わらないって決めてんだ! 卒業まで一匹狼をつらぬくんだ!」
そう言いつつ俺らよりも先にいつもの溜まり場である教室の扉を開けた雷にゃんは、一応言ってることは本気のつもりらしい。
どこが一匹狼なんだよ。 すでに俺らと行動しちゃってるじゃん。
「お前らとは関わらない」って、俺とか翼はもちろんダチみんなに向けて言ってんのか? 今日もニッコニコでそいつらに囲まれてたの、別クラスの俺でも知ってるぞ。
雷にゃんは相変わらずバカだ。 矛盾がひどい。
「それならとことん貫けよー。 昼メシ独りぼっちじゃ寂しいって俺のとこに来てるのは何なんだ? こうやって放課後必ず俺らのとこ来るのは、貫いてるって言えんのか? ん? 雷にゃん?」
「うぁっ……っ♡」
あーあ……まーたエロピアス発動してやがる。
雷にゃんも絶妙にイイ声で啼くなっつの。 そんなだから翼が調子に乗ってエロピアスになんだよ。
もう何日目だと思ってんだ。
初めての「あんっ♡」から二週間は経ってて、懲りずに翼に近寄る雷が悪い。
下半身に響く声、俺にまで聞かせてんじゃねぇよ。
「もうっ! 翼! 俺におっぱいは無いって何回言ったら分かるんだ! 触っても無駄だぞ! 言って分かんねぇんなら見てみるか!? 見た事あるだろうけど再確認しろ!」
「雷にゃん、いいから座れ。 翼も毎日毎日よく飽きねぇな」
「え!? もう見せびらかして分からせた方が早くない!? 俺にはぺったんこなおっぱいしか無えって!」
「見たい見たい〜! 雷にゃん見せてよー!」
「いいっつの。 雷にゃんもそんな簡単に脱ごうとするな。 恥じらいを持て」
胸を触られ過ぎた雷がとうとうおかしな事を言い始めたんで、冷静に止めに入った俺ってまるで勇者。
雷のヤツ……自分から脱ぐなんてバカの極みだ。
んなもんチラつかせたら、翼はガチで俺の前でも平気で舌なめずりすんじゃねぇの。
「マジでいい反応するよなぁ。 そんなだから悪いお兄さんに目付けられちゃうんだぞぉ」
「うぇぇ〜〜! エロピアスめ! 近寄るな!」
ちょこまかと逃げまどう雷を捕まえようとする翼が、いつまでも追い掛けていてしつこい。
そこへ雷が、今日は床じゃなくて椅子に座ろうとした俺の背中に回り込む。
変な態勢を余儀なくされたあげく、この俺を防波堤扱いしたとしても、さすがに追い払えないほど最近の翼は雷へのスキンシップが過多だ。
前から異常なのは知ってたけど、雷に対するギラつき方がハンパじゃなくなった。
それは大いに、あの日俺と翼とが交わした些細な会話に関係がある。
「雷にゃんの処女奪って」とかいう最低な依頼をしてきた翼は、あれ以降俺にも雷にも完全に遠慮が無い。 ついにエロピアスの本性を見せたんだ。
この二週間ダチからセクハラをされ続けている雷は、その度に翼が喜びそうな反応をしている。
雷の言い草的に、授業中とか休み時間にはエロピアスは降臨しない。 本性を出すのは決まって放課後、俺が加わった三人でここでダベってる時だけ。
……なんかコイツの思惑をひしひしと感じるんだが、気のせいか。
「ていうかさぁ、なんで最近俺じゃなくて迅が雷にゃんの椅子になってんの?」
「知るか」
「翼がおっぱいとか耳とかお尻とか色々触ってくるからだろ! 迅は触ってこねぇもん! 無害!」
───そう。 甘い缶コーヒーを奢ってやったからか、セクハラから逃れたいだけなのか知らねぇが、雷は取り憑く対象を俺に替えた。
はじめの一回、俺が拒絶しなかっただけで雷が味を占めて以来、ずっとこうだ。
今も雷は、椅子に腰掛けた俺の太ももの上に乗って喚いている。
「めちゃめちゃいい反応する雷にゃんが悪い」
「なっ!? なんで俺が悪いんだよ! どう考えてもエロな事してくるピアス野郎の方が悪いだろ! ……むぐっ」
「雷にゃんうるせぇ。 これでも食ってろ」
「……もぐもぐ……、ん、うまい」
例の如くキャンキャン吠え始めたら、俺はすかさず薄い鞄からパンやらお菓子やらを取り出して雷の口の中に放り込む。
今日はチョコチップが練り込まれた細いパン、六本入り。
これ咥えさせるのはちょっとエロいかと思ったが、放課後の雷にそんなものは皆無だ。
六本あったうちの四本はすでに腹の中で、袋の中身全部を食べきるつもりの雷の喚きがいつしか止まった。
「餌付けまで開始してんの? そんな迅見たくなかったな」
「うるせぇから黙らせてるだけ。 なんか食ってたらおとなしいもんな、雷にゃんは」
「うんうん、うまうま♡」
「……餌付け成功してんじゃん」
「餌付けって言うな」
大体、翼……お前が本気で雷にゃんを狙い始めなきゃ、俺がこんな面倒を引き受けなくて済んだんだぞ。
なんでわざわざ、朝コンビニに寄って放課後の雷の食料を買ってストックしとかなきゃなんねぇんだ。
お飾りだったから鞄は何も入らなくて、あと半年で卒業だっつーのに一晩かけて鞄の修復をした。
メロンパンとかフワッとしたもんがぺちゃんこになったら、不味くなる。
せっかくやるなら、いい状態で食い物与えてやりたいじゃん?
美味いって素直に笑ってんのもいいし、俺が与えたらさも当然みたいに口開けて従順な感じもいい。 文字通り懐いたしな。 さらには、咀嚼によって雷がおとなしくなって教室に静寂が戻る。
一石三鳥だぜ。 さすが俺。
……ん? 待てよ。
これって翼の言ってた "餌付け" になんのか?
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