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①転校生 ─迅─7

 いつでも金欠の雷に、駅前の自販機で甘い缶コーヒーを買ってやると異常なくらい驚かれた。  顔からして甘ったるいし、年相応には見えねぇガキっぽい雰囲気の雷は、絶対にブラックなんか飲めねぇだろうっていう俺の読みは当たった。  小さい口でちびちびと甘いコーヒーを飲む横顔は、制服を着てなきゃマジで男には見えない。  髪をキンキラキンに染めてみたり、両耳合わせてピアスを四つも付けてみたり、口調も荒くてヤンキーぶってるけど、お前鏡見た事あんのか?って問い質したくなる。  雷は暗めの茶髪に戻して、にゃんこと戯れてるくらいがちょうどいいだろ。  弱っちいくせに絡まれてんじゃねぇよ。 ……心配するだろ。 「あー生き返る〜」 「そんな喉乾いてたのか? てか、なんで絡まれてたんだよ」  駅とは反対方向に歩き始めた雷に、いつの間にか俺がついて歩く方になっていた。  またバカ雷にゃんがヤンキーに突っ掛かって絡まれたら面倒だしな。  別に、……俺が雷と話したかったわけじゃない。 「……走ってたら先頭に居た奴とぶつかったんだ。 イライラしてたし……痛てぇなぁ!ってキレたらアイツらに囲まれた」 「お前見掛け倒しじゃん。 喧嘩するようなタイプじゃねぇだろ? 吹っかけてんじゃねぇよ」 「いや俺、意外と強いんだぞっ? 信じらんねぇかもしんないけど! 迅には及ばねぇけど!」 「ウソだな」 「ウソじゃねぇ! 俺って人よりちょび〜〜っとだけ背が低いじゃん? だから相手の脛狙うんだ」 「脛?」 「そう! 態勢低くして回し蹴りの要領で……、よっ、と。 こんな感じ!」  立ち止まった雷は、俺に鞄とコーヒーを預けてその場で俊敏にくるっと一周した。  なるほどな。 チビはチビなりに攻撃法考えてあったのか。  でもこれをするとなると相当な接近戦で、短足が相手に届くかどうか分かんねぇ上に威力も大した事なさそうだ。  「どうだ!」って言われても……すげぇドヤ顔してるから何か言ってやった方がいいのか。 「へぇ〜……」 「興味無さそうにするなよ! いいもんね〜だ。 迅が信じてくんなくても、ほんとの事だし!」  言葉が見付からなくて、はいはいと頷いてやると、それが適当な返しに聞こえたらしくベッと舌を出された。  ……生意気だ。 そんなの似合うなんてお前くらいだぞ、雷にゃん。  ただちょっと、今のダチっぽい感じは悪くない。  そういえば、雷とまともに話したのは一番最初に保護した時以来かもしれねぇな。  あとはずっとエロピアスが雷にくっついてたし、俺もバイトと女で忙しいし……って、そうだ。  さっき俺、女との予定をキャンセルしたのをキャンセルしたんだった。  ポケットの中がブルブルしてんのは女からの着信に違いない。 「……じゃ、俺行くわ。 今日は真っ直ぐ帰れよ、雷にゃん」 「えっ? 迅……もう帰んの? 今からカラオケ行こうぜって流れだろ?」 「行かねぇよ。 俺は予定がある」 「……まーた女かよ」 「リア充なんで。 悪いか」 「悪くないけどさー。 毎日女と会って何すんの? やっぱり……エッチばっかしてんの?」 「………………」  ……それって、踵を返した俺を引き留めてまで聞きたい事なのか?   "ボク童貞なんで分からないんです、その辺教えてください迅様〜" って言ってるようなもんだぞ。  俺のカッターシャツの裾をクイクイっと引っ張る雷の目が、俺の返答を待ち侘びて輝いている。  乳首イジられてキレてたけど、こいつにも一応その手の興味はあるんだろうな。  チビなのはさておき、顔だけだったら本気出せばすぐに相手は見つかりそうなのに。 「なぁなぁ、エッチって、そんなに毎日したいくらい気持ちいいのか?」  いやいや……無邪気だな、おい。  俺の目の前、いや二十センチ下から目をキラキラさせて見てくるこいつって、もしかして性に目覚めたての中学生?  そんなお子さまな雷には理解出来ねぇかもしれないが、少し考えた俺は誤魔化さずに中坊の問いに答えた。 「そう言われると、気持ちいいかどうかでヤってねぇかも。 性欲処理」 「うわ……最低。 リア充最低」 「雷にゃんはもちろん童貞なんだろ?」 「もちろんってなんだよ! 決め付けるな!」 「じゃあ非童貞?」 「うぐっ……! じゃ、じゃあ俺電車でゴーだから! ばいばい!」  都合が悪くなったら逃げる、ガキの典型。  何が「ばいばい」だよ。 逃がすか。 「待てよ、童貞」 「迅……てめぇ……! こんな道端でそういう事言うなよ!」 「女扱いされんのが嫌なら、雷にゃんも早いとこ男になんねぇとな。 頑張れよ」 「ムカつくーー!! 迅なんかさっさと女のとこでもどこでも行っちまえ! 二度と俺に話しかけるな! バーカ!」  俺に背中を向けやがった雷には、皮肉の一つでも言わねぇと気が済まなかった。  駅の方へ戻る途中で振り返ってきたから、やっぱりまだ俺と居たいんじゃねぇかよと口元が緩みかけた時。  「バーカバーカ!」と追加のバカをくれた。  ───チッ。 「……ガキかよ」  アイツを取り囲んでいた五人のヤンキーを、お湯入れたカップ麺が出来上がるまでの短時間で地面に転がした俺の勇姿を、もう忘れてやがる。  綺麗な金髪をボサボサにかき回してやろうか、飛び上がるほど嫌がってた乳首開発を俺様直々に施してやろうか、そんな悪事を考える俺も相当だ。  キンキラキン頭が、駅の構内に消えた。  ……気に入らねぇ。 女に会う気なんかもう失せたわ。

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