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②迅が不機嫌なんですけど ─雷─6
放課後お決まりの三人の時間を過ごして、翼と分かれてからの俺と迅は、よく分かんねぇ二人だけの時間を過ごす。
どうもエロエロピアス翼も迅と同類らしいから、「じゃまた明日な〜」とあっさり帰ってく後ろ姿を二人で見送ること、早一週間。
合コン見学からもう一週間だぞ、一週間。
こんなに毎日俺と居たらリア充エッチするヒマないだろ? 今までの性欲どうしてんだ? 大丈夫? 爆発したりしない?
……なんて、自分の首を絞めるようなことは言わない。
俺に相手が居たらいいけど、そんな影もないのに言ったらひがんでると思われるもんな。
翼にも話した通り、俺は女ってものが全然分かってねぇし分かりたいとも思わない、特殊な人間なのかも。
童貞なのバカにされるとやっぱりカチンとはくるんだけど、「今すぐ童貞捨ててやる!」ってムキになったりもしない。
だからさ、迅がヤリチンだろうがヤリ迅だろうが俺には関係ないし、ひがむ気持ちも湧かないんだよ。
リア充が羨ましいっていうのはあるけどな、それとこれとはまた別の話って感じ。
それにな、迅はほんとは、見た目ほど怖いヤツじゃねぇ。
甘いものは好きじゃねぇとか言いながら、せっかくばあちゃんが俺達のために作ったものを残したくないって、かなり無理して頑張って食べてる横顔はまぁ……結構いいと思うよ。
般若顔が上手いから、ちょっとの優しさ見せるだけですっごくいい事したように思われて、それで女はキュンッてするのかもな。
ヤリ迅がモテる理由が一つ分かったぜ。
……ていうかガチでこのおはぎ美味しい。
迅に連れ込まれて良かった。
「あ〜美味いなぁ♡ 一昨日のアップルパイも美味かったしなぁ♡ 俺、迅のばあちゃんの子になりてぇ〜!」
「なりゃいいじゃん。 ばあちゃん喜ぶ」
「えっ、マジ!? じゃあお世話になろっかなー!」
俺の握り拳くらいのおはぎをはむっと食べて、モグモグする。
引っ越してきた初日に荷物持ちを手伝ったばあちゃんが、まさかのまさか、迅のばあちゃんだったなんて、一昨日知った時はビックリし過ぎて尻もちついた。
腰が曲がったばあちゃんは隣の家に住んでるらしいけど、両親共働きで家を開ける事が多いから、ご飯の仕度のために夕方だけこの家に来るんだって。
洋菓子から和菓子まで作れるばあちゃんの子になったら、毎日美味しいおやつにありつけて幸せじゃん。
しかもしかも、迅と血が繋がってるとは思えないくらい、ばあちゃんはニコニコしててかわいいんだ。
この家に来るまでは迅に連れ込まれて「はぁ?意味不!」としか思ってなかった。 けど、ばあちゃんと対面しちまうと連れ込まれるのが嬉しくなってる。
その効果は絶大だよ。
「もれなく俺と同室だけどいいの」
「えぇぇ!? それはイヤだ!!」
お茶をグイッと飲んでた迅がむせちまうぐらい、俺は稀に見る即答で返した。
そうだった! ばあちゃんの子になったら、迅と俺が兄弟になるって事だ……!
「は? お前……全力で拒否りやがって。 なんで嫌なんだよ」
「だって迅の方が俺より誕生日早えだろ? 迅のことお兄ちゃんなんて呼びたくねぇもん!」
「……同室なのがイヤなんじゃねぇの?」
「それはイヤじゃねぇよ! 今も一緒にこの部屋にいるじゃん」
俺はたとえどんなに脅されようが、イヤだって思ったらここまでついて来たりしない。
ばあちゃん効果もあるし、性悪般若だと思ってた迅の学校では見られない顔も見れるし、全然イヤじゃないよ。
握り拳おはぎを平らげた俺は、迅からお茶のペットボトルを奪って一気飲みした。
ばあちゃん分かってるなぁ。
和菓子には緑茶だよな♡
「雷にゃんってさ、…………」
「なんだよ、なんでそこで止めたんだよ。 気になるじゃん。 気にさせよう戦法使うなよ」
「うるせぇな。 黙ってろ」
「はぁぁ!? なんだ!? 喧嘩売ってんのか!?」
「そうじゃねぇ。 雷にゃんは清々しいくらいのバカだなって言いたかっただけ。 俺はばあちゃんの子ではねぇよ。 孫だ。 "孫" って分かるか? まーご」
「喧嘩売ってんじゃんーーッッ」
「だからうるせぇっての。 ニャーニャー喚くな」
「ニャーニャーなんて言ってねぇ!」
「今も言ってんじゃん。 ニャーニャーニャーニャーニャーニャー……」
「言ってねぇぇぇ!! うむっ……!」
これも恒例になった、二人っきりになるといつの間にか始まる口喧嘩。
でも今……迅のおっきな手のひらで口を塞がれて、めちゃめちゃ至近距離で睨まれている。
言い合いの途中でこんなことされたの初めてだ。
……うわ……。
迅が近い。
やっぱ間近で見ても腹立つくらいイケメンだな。
鼻が高い。 黒髪がきれい。 眉毛も微妙に整えてあってイケてる。 あ……迅、少しタレ目なんだ。 いいな、男らしい喉仏。
……こりゃモテるわ。
だって控え目に言ってカッコイイよ。 イケ過ぎてるよ。
「うるせぇって何回言や分かるんだ。 そんなデケェ声出さなくてもこの距離なんだから聞こえてる」
「あ、っ……はい、……ごめんなさい」
「なんだよ急に。 気味悪りぃ」
は?と言いながら離れていく迅が、ベッドを背凭れにして俺に片眉を上げてみせた。
いきなりしおらしくなった俺を気味悪がるのも当たり前だ。
もっと言い返すつもりだった。
俺の可愛いおちょぼ口を塞ぐな馬鹿野郎!って、手のひらをベロっと舐めて反撃してやるつもりだった。
「いや、別に。 なんでも……ない」
ムカつくから絶対言ってやらねぇ。
ほんのちょっと、一ミクロだけお前に見惚れちまって、言葉とか思ってる事とかぜんぶ吹っ飛んだんだ、なんて……。
そんなの絶対言ってやらねぇもん。
言ってもどうせお前は、「雷にゃんは考えて喋ってるわけじゃねぇから、それが通常だろ。フッ」って鼻で笑う。
残念だったな。
俺が迅をカッコイイって思っても、嫌味で返ってくるの分かってて素直に褒めるはずねぇじゃん。
そうだろ、イケメン迅様。
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