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③無防備 ─迅─3
学生最後の夏休みが、あと一週間で終わる。
今年はほぼ毎日雷と居たせいで、例年よりあっという間だった。
おかげで宿題には手を付けていない。 俺も雷も、遊びと毎夜開催される大会とで忙しいからだ。
夏休み期間中、俺はバイトのシフトを増やされたが懐が潤うのは悪くない。
いつでも金欠な雷に食いもん与えられて、遊びにも連れてってやれる。 夏休みが明けたらさらに今月の頑張りが数字となって表れるし、そうすればもっと雷をあちこち連れて行ける。
親の躾がいいのか、雷は俺が奢る度に「ありがと」と律儀に礼を言うんで気まずい。
俺がしたくてしてる。 だから礼なんていらねぇ。 黙って奢られてろ。 ……とか、俺様でヤリチンな発言をすると、アイツは変な顔で俺を見るだろうから言えないでいる。
いやいやいや、そんな事はどうでも良くて。 マジで夏が終わるのが名残惜しい。
初めてだ。
女にもダチにも目もくれずひたすら同じ奴と過ごした事も、この毎日が終わるのがこんなに寂しいと思うのも。
「藤堂、そこ検品終わったら上がっていいぞ」
「あざっす」
モール内にあるメンズ服売り場 “charmant” (フランス語で魅力的だか何だか)でバイト中の俺は、地下倉庫で検品作業中だった。
バイトを初めてもうすぐ二年半。
入れ替わりの激しい社員より長く勤めてっから、表で必死こいて客を掴まえる役回りは去年あたりで卒業した。
そしたら今度は、発注やら商品管理やら本社との新作搬入の打ち合わせやら裏方まで手伝わされるようになって、普段は週末しか出勤しねぇのに気付いたら責任が倍増。
でも俺はあんまりプレッシャーってかそういうのを感じるタイプじゃねぇし、まぁまぁ何でもソツなくこなせちまうんで頼られるのは致し方ないのかも。
「藤堂は卒業したらすぐうちに来るんだよな?」とゴリゴリのヤンキー上がりな店長の方から就職を切り出してくれた時は、普通に嬉しかったしありがてぇと思った。
姉貴と兄貴も家を出て手が離れた事だし、親もそんな若くねぇから早く自立したかった。
進路なんてぶっちゃけどうでもいいと思ってたんだけどな。
こんな風に考え方がオトナになった俺、さらにモテてしょうがねぇっての。
「こんなもんか」
最後の棚まで検品を終えて、パソコンに必要事項を入力して、パパッと狭いスタッフルームを掃除して、今日のバイトは終わり。
ちなみに掃除は俺の意思でやっている。
どうも散らかってるのが好きじゃなくてな。
「……あ、お疲れっす」
「おー。 藤堂、お疲れ。 今上がりか」
社員専用通路を出たところで、同じ職場の四つ上の先輩、堀北さんと出くわした。
堀北さんは正社員じゃなくて俺と同じ気ままなバイトだ。 見た目からして、二十歳を超えてもまだヤンキーを引き摺ってる若干痛い人。
「はい」
「なぁ藤堂、こないだのチビまた連れて来いよ」
「え、なんでっすか」
「アイツなんか可愛いじゃん。 小せぇしよく笑うし人懐っこいし。 首輪付けて散歩してても違和感無くね? あ、犬の方な、犬」
たった一回、雷連れてここに挨拶来ただけでもう気に入られてんのか。
堀北さんも、よく知りもしねぇくせに雷のことを犬呼ばわりしやがって。
雷に首輪してリード繋いで散歩したりなんかするわけねぇ…………まぁ、似合うけど。 髪色とか懐っこさとかはまさに犬感ありまくりだけど。
ただ俺は、雷の事を犬だとはどうしても思えない。
「…………アイツはネコなんで無理っすよ」
「ぶはっ、お前が言うとタチネコの話に聞こえるな」
「そういう意味でもありますね」
「お、マジかよ。 もしかして藤堂、ついに女に飽きたのか」
「飽きてないっすよ。 相変わらず好みはCカップっす」
「ははっ、分かる。 デカ過ぎんのもなぁ、持て余すんだよな」
「Cカップが一番揉みやすい」
「それそれ! ……っと、店長がお呼びだ。 じゃあな藤堂」
「はい。 お疲れっす」
休憩時間だった堀北さんからは、すれ違い様にタバコの匂いがした。
外の喫煙所での一服を許したはいいが、なかなか戻ってこない問題児をスマホで呼び出さなきゃなんねぇ店長の気苦労には合掌だ。
ブランドイメージ的にそこそこイケてる男しか雇わねぇのは分かるんだが、責任感が無いってか仕事をナメてる奴が多くてあんま続かねぇのは考えもんだよな。
俺が働く "charmant" は、ちょっとチャラめな若い男向けのベーシックファッションブランドだから、必然的に身なりを気にする女好きの男性店員しか居ない。
話が合うからついつい、俺も余計な事を言っちまう。
好みはCカップの美乳。 くびれはあるにこした事はないが、ガリガリは萎える。 そして俺にはもう一つ、誰にも言ってない性癖というか願望があって。
まぁそれは置いといて、だ。
バイト中は俺ん家でグータラ過ごしてるはずの金髪ネコに、まずは「お疲れ」と言わせねぇと。
外に出た瞬間、夜でも関係ナシな蝉の鳴き声と熱気を浴びたくなくて、俺はスマホ片手に社員専用の出入り口前で立ち止まる。
「……は? なんで出ねぇの」
呼び出し音だけがむなしく鳴り続ける。
寝てんのか? まだ夜の九時だぞ? 保育園児?
いや、スマホ中毒の雷はもし寝てたとしても、意外と着信音や通知音でパチッとすぐに目を覚ます。
膨大な量の検品作業に夢中で、そういや今日は二時間おきの監視忘れてたな。
五回かけても出やがらなかった。 これは明らかにおかしい。
俺はすぐさま位置検索アプリを開いて雷の居場所の特定を始める。 案の定、目印となる黄色いマークが俺ん家に無い。
「アイツ……」
あれだけ自由行動禁止っつってただろ。
コンビニに行くにしても、雷を示す黄色いマークは俺ん家どころか全然違う場所で止まっている。
フラフラッと出掛けてまた喧嘩を引き寄せでもしてねぇか、道に迷ってんじゃねぇのか、……束バッキー先輩のとこ行ってやしねぇか、こんなに俺が監視してやってんのにアイツは何にも分かっちゃいねぇ。
夏休みも終わろうかっつーのに、てか昨日まではおとなしく言うこと聞いてたじゃねぇか。
今さら反旗を翻すってのか?
上等じゃねぇか。
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