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③無防備 ─迅─4

 おおまかな住所しか表示されないこのアプリは、即刻削除決定だ。  駅までの道をイライラしながら歩いてた俺に雷からの折り返しがあったのは、五回の発信から十五分も後だった。 『あっ、迅〜? お疲れ! いえーい! ごめんな、電話いま気付いた!』  この野郎……何が「いえーい」だ。 どれだけ俺が心配してたと……って、危ない。  これこそ余計な事だ。  黄色いマークは俺ん家じゃなく、隣町のでっけぇ公園にある。  とっとと帰って来いと思いつつ、すでに俺は "おおまかな住所" を頼りに雷が居る場所に向かおうとしていた。  どれだけ雷のスマホに勝手にインストールした位置検索アプリを匂わせても、一向に話が通じねぇ雷に説明するだけ無駄だ。 「……お前今どこに居んの。 なんで俺ん家から出た」 『だって後輩Aに誘われたんだもーん! 花火してんの! 夏のふうぶつし!』  はぁ? 花火?  翼の取り巻きである後輩に誘われたからって、俺の監視の目を盗んでそんなホイホイ行く奴があるかよ。  ってか、花火したかったんならそう言えっての。  夏の風物詩は花火だけじゃねぇ。 家でダラダラ過ごすのもいいが、したい事はハッキリ言ってくれないと分かんねぇじゃん。  何しろ俺は……女がとりあえずは満足しそうな定番デートコースしか知らねぇんだから。 「すぐ帰って来い」 『あ〜それは無理だなぁ。 ここどこだっけ? ……ん? あぁ、そうそう、って、地名聞いても俺分かんねぇし覚えらんねぇわ!』 「その地名を言え。 記憶力も無えのかお前は」 『あれ、迅めっちゃおこだな? 疲れたのか? よしよーし』 「……ふざけんなよ、てめぇ」 『なんだよそんなツンツンして! ツンデレ民に謝れ! ツンデレのツンだけですみませんって!』  バカ雷じゃ話になんねぇから、後輩に電話を替わってもらうなりすれば良かったんだけど。  俺ん家でグータラしてろって言いつけを破った雷にめちゃめちゃ頭にきてた俺は、何も考えられなかった。  無意味な喧嘩をふっかけられて応戦する時とはまったく違う。  雷と居る時たまに味わう、このよく分からねぇイライラはマジで気分が悪くなる。 「いいから場所を言えっ……はぁ、……もういいわ。 今日は家に来るなよ、女んとこ行くから」 『えっ!? それじゃ俺どこに帰りゃいいんだよ!』 「実家に帰れ、実家に。 じゃ」 『はっ? そんなこと言われても……ッ』  当然のように雷を迎えに行こうとしていた、自分の行動のおかしさにやっと気付いた。  雷の言葉を遮って、強引に通話を終了させる。 「…………クソッ……」  パッと浮かんだ言い訳が女しか思い付かなくてああ言ったが、行く気なんかさらさら無ぇ。  この暑いなか、わざわざ俺が性欲処理のために動くわけねぇだろ。 疲れてんだ、俺だって。 「あー……ウザ……」  駅前のゴミゴミした雑踏もうるせぇし、今にも話し掛けてきそうな女二人組が遠くから俺を見てる視線もうるせぇし、立ってるだけでまとわり付く熱気なんかウザイの一言。  なんで俺、一人でイライラしてんの。 雷が後輩と遊んでたって、そんなキレる事でもねぇのに。  雷は、俺の言いつけを破っただけだ。  夏休みの間中ずっと監視に目を光らせて、エロい事して雷を繋ぎ止めて、俺が居ない時は俺ん家でおとなしくしてろって、何を考えてんだ俺は。  言いつけを破った、なんて思ってる時点でやべぇだろうが。  あーイライラする。  アイツが俺の前に現れてからイライラする回数増えたんだけど、どうしてくれんだよ。  そもそも、もう一ヶ月以上もCカップ美乳の女を抱かずに野郎のチン○ばっか扱いてっから、こんな事になってんだ。  いやでも、それは俺がけしかけた事だよな。  ファーストキスはラップ越しの猫相手だとかほざく、中坊より未成熟で無知な雷に何をムキになってんの。  イライライライラ。  止まんねぇ。 頭ん中が雷のニヤニヤ面とトロ顔でいっぱいだ。  これだから女のとこに行く気がしねぇんだ。  セックスの真っ最中に雷の顔と声が浮かぶのが目に見えてて、ふにゃちんだの遅漏だの自分を追い込むような真似は出来ねぇじゃん。  アイツの肌はこんな質感じゃねぇ。 アイツの声はこんなにウソくさくねぇ。 アイツはもっと美味そうな匂いで俺に縋りつく───。  ……はぁ。 俺、末期だわ。  震え続けるスマホを忌々しく取り出して "雷にゃん" の文字を見た瞬間、イライラが消えた。  あぁ、末期決定。 「……なんだよ。 夏の風物詩楽しんでりゃいいだろ」 『やっと出たな、ヤリ迅め! お前いま激おこなんだろ!? そのまんま女のとこ行ったらお前のそのおっそろしい拳が炸裂するかもしんねぇじゃん! 暴力的なエッチなんてしたら女が可哀想だろ!』  俺にこんな事を言えんのは、この辺じゃ翼と雷だけだ。  ふざけんじゃねぇよ。  暴力なんか出来れば男にもしたくねぇって考えの、わりと真人間なんだぞ俺は。  でもいい。 今なら何もかも許す。  キレた俺を気にかけて何回も着信寄越してきたのは、褒めてやる。 たとえそれが、謂れのない女とのセックスに不安を覚えたからだとしてもな。 「……俺をDV野郎みたいに言うな」 『可能性の話をしてんだ、俺は! ……ん、……? あれっ? ……こっちから来たと思ったんだけどなー』 「は? お前後輩と居んじゃねぇの? 移動してんのか?」 『うん』  いや「うん」って。 待てよ。 猪突猛進にも程があるだろ。  引っ越してきたばっかで土地鑑も無けりゃ、口頭だと地名も覚えらんねぇバカなんだぞ、お前。

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