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③無防備 ─迅─5
ザッ、ザッ、と砂利を踏む足音が聞こえる。
さっきまでのどんちゃん騒ぎは聞こえなくなって、雷の周囲がやたらと静かだ。
この分だとほぼ100%の確率で、コイツはこのまま向こう見ずな方向音痴を発揮する。
「おい、一人で移動するな。 引き返せ」
『なんでだよ! すぐ帰って来いって言ったり引き返せって言ったり訳分かんねぇ! 俺はなぁ、迅が女んとこに行くのを阻止するために帰るんだ!』
「………………」
だからなんで俺がDV野郎設定なんだよ。
んなのしたいと思った事も、実際にした事も一回も無えって。
俺の心配よりお前は自分の心配をしろ。 阻止するのは、自らの自信満々な思考回路だ。
『あれぇ〜? なんかどんどん暗い道に行ってる気するなぁ』
ほら見ろ。 もう迷ってんじゃねぇか。
俺は会話しながら、無線のイヤホンに切り替えてさっきのアプリを起動した。
迎えになんか行くかとキレてる場合じゃねぇ。
何しろ忘れちゃなんねぇのは、雷はとにかく素直バカなトラブルメーカーだって事。
電車とかバスとかでちんたら移動してる暇は無いと、ひとまず駅前でタクシーを拾った。
「お前は無自覚な方向音痴なんだぞ。 マジで引き返せって」
『ん〜〜。 でもさぁ、ここまで後輩Aのバイクで連れて来てもらったんだけど、アイツらまだ帰んねぇらしいから俺一人で帰ろうと……痛ッ』
「おいっ、どうした!」
俺がタクシーに乗り込んだ瞬間、電話の向こうでいきなり雷が痛がった。
転んだのか? でもそんな音はしなかったぞ。
タクシーの運ちゃんから「あのぉ、お兄さん、行き先は?」と問われたがやむなくシカトした。
電話越しに、雷がブチ切れ始めたからだ。
『痛えなぁっ! 前見て歩け! 目ついてんのか!? ……ちょっ、なんだよ! 細い目だなって言っただけだろ!』
「………………」
……待て待て、なんか威勢のいい声聞こえてんぞ。 また雷が人様に迷惑かけてんじゃねぇだろうな。
「お兄さん、行き先を……」って、うるせぇよ運ちゃん。
ちょっと黙ってろ。
『〜〜ッ嫌だね! なんで俺が謝んなきゃなんねぇんだ! ぶつかってきたのはそっちだろ!』
……いやこれ、絶対誰かに食ってかかって迷惑かけてる。
前見て歩けって、ついこの間もそんな事が発端でボコられそうになってたじゃねぇか。
しかも考えナシに発言する雷が、相手の顔面ディスって煽ったから向こうが相当ヒートアップしている。
激しく言い争う複数の男の声がして、今にも雷が胸ぐらか首根っこかを掴まれてる気配もして……そこで通話は切れた。
「おい雷! おい! ……ったく何やってんだアイツは!」
「お兄さん、行き先言ってくれないと車出せない……」
「っるせぇな! 超特急でここに向かってくれ!」
「は、はいぃ!」
ひぇぇ、と怯えきった運ちゃんには申し訳ない事をした。
でも今の俺は、それを口に出せるメンタルじゃねぇ。
アプリに表示された住所を運ちゃんに見せたあと、何度も雷に電話をかけてみたが出なかった。
俺が「すぐ帰って来い」って言ったからなのか?
激おこ状態で女のところに行くってでまかせ言ったから、雷は一人で帰る羽目になった?
………………。
俺のせいか。
俺のせいで、雷が絡まれてんのか。
「…………チッ」
イライラすんなぁ、もう。
怪我なんかさせてみろ。 俺、雷に絡んできたヤツ殺っちまうかもよ?
窓の外の流れる景色を見ながら、何回も舌打ちした。
その度にビクビクした運ちゃんがアクセル踏んでるけど、俺の知ったこっちゃねぇ。
とにかく無事でいろ。 俺のせいだっつーんなら、詫びの印に何でも好きなもん食わせてやっから。
「…………これどういう状況?」
「あ、迅! やっほー!」
後部座席からタクシーの運ちゃんを威圧しまくって約十五分。
案外近かった目的地に到着してすぐ、キンキラキン頭の雷を見付けた。
公園から続く山道の入り口で、ニコニコ元気なチビ助が俺に手を振ってきたんでとりあえずホッとした。
そこまではいい。
「………………」
汚え公衆便所前に、貧相なヤンキーが三人蹲っていた。
無邪気で得意気なツラと、無傷っぽい雷を見た俺は状況を察し、「マジで?」と呟く。
「俺がやったんだよ! 俺が! 華麗な脛蹴りで!」
「……だからコイツらのたうち回ってんの」
「そそ! まぁ俺にかかればチョチョイのちょい……」
「雷にゃん伏せろ」
「んえっ?」
────ガッ。
蹲っていた貧相なヤンキーが雷に殴り掛かろうとしていたところを、すかさず右ストレートでぶっ飛ばす。
もちろん雷を俺の背中に避けて。
まさかコイツらも、こんな華奢な男から反撃を食らうとは思ってなかったんだろうな。
見るからに悔しそうに顔面を不細工に歪ませてんぞ。
「お前の華麗な脛蹴りは効果が持続しないらしいな」
「ぐぬ……ッ」
「ま、そこで見てるんだな。 俺なら三人一分、チョチョイのちょいよ」
……うわ、恥っず。 雷の真似して言った台詞をあとで後悔するってめちゃめちゃダサいな。
引っ越してきたばっかの時はドン引きしてたけど、二人目を難無く地面に転がした俺をキラッキラな目で追ってるアイツは、ちょっと可愛かった。
三人目はちょっと肉付きのいいプロレスラー体型だったが、腹に蹴り入れて顎に拳入れたらあっという間にゴロンだ。
な。 一分でおしまい。
「…………スゲー……」
ふぅ、と息を吐いて拳を開く。
雷の感嘆の声が心地良かった。
喧嘩が強くてイケメンで、チン○扱くのもうまい俺はまぁまぁ雷の役に立つと思うけど。
だからさ、黙って俺に監視されてろよ。 雷にゃん。
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