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④監視が強化されたんですけど ─雷─2
新学期が始まって三日目。
六時間目から鳴りっぱなしのお腹の虫に「ちょっと待ってな」と宥めてた俺はたった今、翼経由で仲良くなったダチからカラオケに誘われた。
やったー!行く行く!と二つ返事ではしゃいだはいいけど、監視人に連絡を入れとかないとあとがうるせぇ。
はぁぁ、めんどくせぇよぉぉ……。
なんでいちいち、ダチと遊びに行く報告を迅にしないといけないんだ。
「 "いまからカラオケ行ってくる" ……と。 ま、返事は分かってるけどな」
迅に「めんどくさいぃぃ!!」なんて文句を言った日には、確実に般若顔が鬼瓦に変わる。
喧嘩に巻き込まれてるとこを何回も見られてる(助けられてるとも言う)から、監視がハンパなくキツくても反論できない。
俺、かわいそう。
「……お、きたきた。 "俺も行く" か。 迅のヤツ、一曲も歌わねぇのに来ても楽しくねぇだろ」
迅から届いた味気ない具ナシみそ汁みたいな文だと、どう見ても「行きたい」ようには見えねぇんだけど。
喧嘩に巻き込まれねぇように俺の監視に来るだけにしても、周りがビビっちまうから遠慮してほしい……なんて事もとてもじゃないが言えない。
鬼瓦迅之助ってマジでおっかねぇんだもん。
「雷にゃーん、和也達とカラオケ行くんだって?」
着崩した制服の隙間から、まだバカンスとやらでこんがり焼けた肌を見せびらかしてる翼が、ニヤニヤしながらトイレから戻って来た。
迅之助が迎えに来るまで待機してた教室は、HRが終わってたったの十分で空っぽ。 俺しか残ってない。
まぁ、バカ校の放課後はどこも大体こんなもんだ。
「うん。 翼も行く?」
「んや、俺今日ディナーの予定が入ってんの。 正装して親戚に挨拶して高えメシ食う」
「うわぁ、何だそれ。 ザ・お金持ちって感じだな」
「まぁなー。 でも俺、ラーメンとか牛丼の方が好きなんだぞ」
「箸で食べれるもんな?」
「うーん? そういう意味で言ったんじゃねぇんだけど。 雷にゃんはテーブルマナーとか一切知らなそうだよな」
「テーブルマナー……?」
あ……翼の野郎ニヤニヤが濃くなった。
俺は普通に会話してるつもりでも、迅もたまにこんな風に小さく吹き出す事がある。
俺そんなにおかしなこと言ってんのかな。
笑われてるのは分かってるけど、なんで笑われてるのかは分かんねぇ。 ムカッ。
「雷にゃん、和也達とは何時集合なんだ?」
「もう今から行く」
「迅はどうするって?」
「……行くって」
薄い鞄には何にも入らないし入れる気も無えから、支度は一分も要らない。
翼がその薄っぺらい鞄を小脇に挟んで、窓際の俺の席までニヤニヤのままやって来た。
てか、なんでここで迅の名前が出るんだ。
「へぇ〜。 なぁ雷にゃん。 夏休みの間ずっと迅と居たって、マジ?」
……なーる。 もうそんな噂が出回ってんのか。
迅はとにかくこの辺一体の有名人だからな。
喧嘩が強いって事と、モテまくり伝説の二大巨頭(?)で。
そんな迅様が、近頃金髪チビを "お気に入り" と公言してる情報が俺本人にまで入ってくる。
って事は、バカンスで日本に居なかった顔の広い翼も知ってて当然だ。
「……マジ」
「ダチとか後輩との遊びにも迅が同伴してたってのも、マジ?」
「…………マジ」
「そうなんだ。 こりゃ本格的に迅雷コンビ結成かぁ」
「迅雷コンビ??」
「疾風迅雷、迅雷風烈。 お前ら言葉通り急速に仲良くなってんな。 妬けるぅ」
「しっぷうじんらい、じんらいふうれつ、……」
「あぁ、そんな考え込んだら雷にゃんの脳ミソと脳細胞が大破しちまうから、聞き流しとけ?」
「はぁっ? 失礼な!! あ、えっ、ちょっ……翼……っ」
頭の上に「?」マークをいっぱい並べた俺を、翼がヒョイッと抱き上げた。
落ちる落ちる! なんだこの恥ずかしい格好は!
俺チビだけど一応男なんだぞっ?
なんでこんなにあっさり抱っこされてんの、俺っ?
「迅とこういう事は? した? してない?」
「し、ししししししてないッッ」
抱っこされたまま、ピアスごと耳たぶをカプッと噛まれて狼狽える。
してなくない。 してる。
迅と一緒に居た濃い夏休み期間の間、誰にも言えないくらいまさにエロエロだった。
俺の弱点が耳だからって、ヌきっこ大会開催中は毎日レロレロされたよッ。
やめろって言ってもやめてくれなかったし、むしろSっ気のあるデカチンなヤリ迅は楽しそうに耳を攻めてきてたよッ。
「したのかぁ。 どうだった? どこまでした?」
「してないって、い、い、い言ってんだろ! あぁっ……♡」
なんでだ! 俺はこんな必死に否定してるのに、なんで肯定した事になってんの!?
調子に乗った翼が、耳にチュッとしてくる度に変な気分になる。
迅とは舐め方も噛み方も違うから、もちろんムラムラッとなんかしねぇ。 ……でも俺は認めたくねぇけど耳が弱点なんだ!
翼の肩を押して「降ろせ」と抵抗しつつ、頑張って顔を背けようとしてもチビで非力な俺には限界があった。
「もうマジでッ! エロピアス! やめろ! う、っ……やっ……♡」
「いいじゃん。 ここには俺しか居ない」
なにが「いいじゃん」だ! 何にもよくねぇ!
コイツ、バカンスで浮かれてまた頭ン中がエロに侵されてるぞ!
「──俺も居るけど」
足をジタバタさせてエロピアスから逃れようともがいてたその時、日本刀をチラつかせてそうな鬼瓦迅之助の低い声が聞こえた。
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