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⑤御姉様 ─迅─②

 遠目にもそこそこデケェ女が、明らかに作った声で雷を呼んでいる。  雷も普通に手振って応えてるけど、俺には訳が分からなかった。 「ちょっ、雷にゃん、……先輩ってアレ?」 「シーッ! 普通にしてろよ、普通に! 金蹴りされたくなかったら感想は何も言うな!」 「……分かった」  ナニソレ。 素直な感想言ったら金蹴り食らうのか?  雷の先輩だか何だか知らねぇが、対面してすぐにでも「お前は男?女?」って聞いちまいたい。  けどあの雷が、笑顔を崩さねぇまんま俺にそう忠告してきたって事は(しかも小声で)、色んな意味でヤバイ奴なのは確かだ。  砂利を踏み締めて、目視した瞬間から再会を喜び合う二人が近付くにつれて、気を使わなきゃなんねぇ俺も若干緊張してきた。  趣きのある玄関先、宿のスリッパを履いた束バッキー先輩(野郎とは言えなくなった)が俺達にニコニコ笑い掛けてくる。 「こんばんは〜、こちらが雷のお友だちの迅クンね?」 「……どうも」  とりあえず頭だけ下げて挨拶をする。  背は俺より少し低いくらいか。  背中までありそうな茶髪の巻き髪は恐らくウィッグ。 綺麗なツラしてるしメイクもまぁ上手いんだろーが、何せ骨格は完全な男だ。  ……えーっと。  雷、これは絶対に事前に話しておくべきだったよな。  こんな大事な事を、あんなギリギリのタクシー内で打ち明けようとしたのかよ。  おあずけを食らわされたおかげで状況が飲み込めないから、俺めちゃめちゃ寡黙な紳士だぞ。 「先輩マジで久しぶりー! 元気だったっ?」 「あはは、雷は変わんないねぇ。 ていうか、あんた達ご飯は食べたの?」 「食べてねぇーお腹空いたー。 先輩なんか持ってねぇの?」 「あたしも夕方ここに着いたのよぉ? 持ってるわけないでしょぉ? バカなの?」 「ん〜〜。 中でカップ麺とか売ってねぇかな? 迅、メシどうする?」  雷は普通に喋ってる。 この姿がこの人のノーマルなのか。  避ける自信はあるが、さすがに失礼な事をド直球で尋ねて金蹴りの危険を加速させたくはない。  俺は雷を見下ろして、出来るだけ雷のみを視界に捉えた。  ぶっちゃけ俺は、メシどころじゃねぇけどな。 「チェックインだけ済ませて何か買いに行くか」 「え、そんな事出来んの? 中で名前書いたら閉じ込められんじゃねぇの?」 「んなわけねぇだろ。 この時間にチェックインすんだから素泊まり確定だし融通利くはずだ。 メシ食うとこ探すより、朝の事も考えてコンビニ行く方が賢いかもな」 「なーる!」 「へぇ〜……雷のお友だちにしてはバカじゃないのね」 「先輩! それ遠回しに俺が傷付いてる! てかスドマリって何?」 「………………」 「………………」  首を傾げたチビ雷にゃんに、俺と束バッキー先輩の呆れた視線が下りる。  こうしてる時間が勿体無えと、俺は雷の首根っこを掴んで「行くぞ」と宿内に入った。  ロビーで俺の名前を書いてチェックインを済ませる。 隣でワクワクなツラした雷が落ち着き無くて笑っちまったが、その場でも漂ってる気がする硫黄の匂いに思わぬ旅行気分を味わえている。  性別不詳の先輩を残し、もう一度タクシーを呼んで俺達はコンビニまで向かった。 俺も土地勘が無い上に、辺りが森に囲まれた此処じゃ方向音痴な雷連れて歩く方が危ない。 「──迅〜迅〜、お酒買っちゃう?」  今日の晩メシと朝メシを見繕っていると、ワクワクなツラが剥がれない雷が期待を込めて俺の背中をツンツンしてきた。  せっかくの旅行なのにコンビニ飯なんて情緒が無えよな……と微かに思ってた俺は、直ちにそのワクワク面を睨む。 「ダメ」 「うわ、即答。 ぶった斬り。 迅って変なとこ真面目だよなぁ」 「酔っ払いの世話したくねぇだけ」 「あ、俺お酒弱そうに見える?」 「見える。 〝ビール苦くて飲めねぇ〜、酎ハイもなんか変な味する〜、やっぱコーラでいい〜〟」 「……迅、……俺の真似してる?」 「いや? そんな事ねぇよ?」 「その憎たらしいツラ! それでも憎めねぇなんてどんだけイケメンに磨き掛けてんだよ!」 「憎めねぇんだ」 「だ、だって……っ、なんか、最近また、……ゴニョゴニョ……」 「何? 聞こえねぇよ」 「う、う、うるせぇ! 酒は諦めてやる! あ、あ、朝メシも買うんだろ!」  チビな雷が俯いてゴニョゴニョすると、俺にはまったく何も聞こえねぇ。  顔を寄せて「何?」ともう一回聞くと、近いところで俺と目が合った雷の顔面がみるみる真っ赤に染まって行く。  そして逃げた。  チビだから逃げ足だけは速い。 「意識しまくってんな」  鈍感って言葉では足りないくらい、アイツには俺の気持ちが伝わらねぇ。  だから俺も、急がない。  こないだ我慢出来なくて学校のトイレでシコッた後、こっからじわじわエンジン掛けてくって事を雷に知らしめられた気がするからだ。 … … … 『なぁ迅〜! 怒んなよぉ、俺だけイってごめんってばー!』  俺のヤリチン伝説を平気で口にする雷に、イライラしていた。  お門違いな誤解をしている雷が走って追い掛けてきたからまだ良かったものの、靴に履き替えようとしたコイツの脳天気ヅラにはやっぱりイライラして、俺は生まれて初めて世に言う壁ドンをした。 『お前さ』 『うっ、……な、何?』 『俺が不機嫌になる理由、少しは考えてくんない?』 『や、だから、俺だけイったから迅はいま悶々としてんだろ?』 『んなワケねぇだろ。 雷にゃんの頭ン中はエロしか無えのか』 『ない! そういうお年頃! てか迅に植え付けられた! おッ、俺うまいこと言うなぁ! そう思わねぇ!?』 『……はぁ、……』 『その溜め息やめろよ!! 俺が悪いみたいじゃん!!』 『雷にゃんが悪いとは言ってねぇよ。 むしろ、……』  バカな事を本気で吠えてる雷の唇に迫った。  どんだけ鈍くても、こんな誰が通り掛かるか分かんねぇ場所でキスしようするなんて、ダチ同士じゃあり得ねぇってことくらい気付け。 『……迅……っ?』 『俺は、そのバカさ加減が可愛いと思ってる』 『へっ……!?』 『三ヶ月前から末期なんだよ、俺』 『まっ、マッキー……? ど、どゆ事?』  懇親のイケボを振り絞ったが、また溜め息を吐く羽目になった。  けどその日の大会は雷の顔がずっと赤かったから、意味はあったと思う。  

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