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⑤御姉様 ─迅─③

 カウントダウンの意味が変わっちまった。  キスはクリアしたが、トラウマ根強い乳首とコイツの意識改革だけはまだかなり時間が掛かりそうだと、あの日改めて判断し直した。  でもま、毎日穴に突っ込まなくても生きていけるって分かったし、突っ込みたいと思えるヤツが三ヶ月前から一人しか居ねえってのが明確だから、そりゃ俺も忍耐強くなる。  何とかして繋ぎ止めようと必死なのが、ちょっとイタイと自分でも分かってんだけどな。  いやマジで言うなら、雷の攻略法が分かんねぇから急がねぇようにしてんのかも。  完全にアウトな境界線を越えて手出しても、それが普通だって言えばすんなり信じ込む免疫ゼロの童貞男子相手だ。  俺の不名誉な伝説を語り継がれても困るから、早急に何とかしたいところだがそれは無理な話。  餌付けから始まり、監視、コキ合い、雷曰くのタトゥー、ディープキス、壁ドン、……普通はキスした段階で「迅、好き♡」って言葉が出てもおかしくないのに、雷にはそれが一切通用しねぇ。  俺は初めて、ヤリ目じゃなく一人を堕とすために少しずつ順を追ってるつもりなんだけど。  ──てか俺、なんでこんな必死になってんだろ。  食いきれねぇほど食料を買い込んで宿に到着するなり、雷が小声で吠えてきた。 「とにかく見た目については何も触れるなよ、何にも!」 「分かったって」 「お前失礼なこと言っちまいそうで怖えんだよ〜っ」 「説明不足な雷にゃんが悪い。 俺これでも緊張してんだぞ。 謎の先輩が現れて気使ってっから」 「えっ!? 迅が緊張!? そのツラで!?」 「あぁ? ツラは関係無えだろ」 「いやだってずっと無表情じゃんっ。 この能面イケメンめ!」 「最近毎日俺のことイケメンって言うな、お前」  フッと笑って見下ろすと、雷の顔面はお決まりの色に染まった。  コンビニでは何も感じなかったのに、宿のスリッパ履いて館内歩いてるだけでさっきの雷のワクワクが移っちまう。  雷に浴衣着せて、内風呂でとりあえず一発シコって、二組並んだ布団の上でゆっくり浴衣を脱がす。  ムードが欲しかったら抱っこして窓辺に連れてけば、もしかしたらトラウマ乳首が解禁されるかもしんねぇ。  雷のツラ見てたら期待しか無えわ。  だってコイツ、もう絶対俺のこと好きだろ。 「うっ!? ンな事無えし! お前に意地悪されたら〝不細工黙れ!〟って悪口言いてぇよ、俺だって!」 「それはヒドい悪口だなー。 俺は不細工じゃねぇから痛くも痒くもないけど」 「そういうとこ! そういう生意気な時に悪口言いたくなる!!」 「フッ……」  小学生かよ。 真っ赤な顔して吠えてきやがって。 可愛いヤツ。  まぁ、俺もついこのツラ見たさに〝意地悪〟言っちまうから、雷と変わんねぇか。 「で? これから先輩の部屋行ってメシ食うじゃん? 謎の先輩の説明はいつしてくれるんだよ」 「ふ、風呂のあとだ!」 「あ〜その方がいいな。 雷にゃんの下っ手クソな説明だと朝になるだろうし」 「はぁ!?」 「俺はとにかく寡黙な紳士で居りゃいいんだろ?」 「お、おう、そうしてくれ!」  分かった分かった。  そんな目ん玉まん丸にしてギャースカ言わなくても、俺はこれでもデキる男だ。 紳士で居てやるよ。  しかもあれが束バッキー先輩の趣向なら、俺にとやかく言う権利は無えからな。  あの謎のナリで雷の童貞と処女を守ってくれてたと思えば、俺の溜飲が下がって感謝すら覚える。  雷がスマホで聞き出した部屋番号の前にやって来て、すでに鍵を開けてくれてたらしい扉を躊躇なく開く。  俺は紳士らしく、先に雷を通してから扉を閉めて、鍵を掛けた。 「お〜、お前ら遅かったじゃねぇか。 待ちくたびれて酒回ってきたぞ」  中から聞こえてきたのは、さっきの口調と作った声じゃなかった。  どういう事だ。  俺は、ついさっき見た束バッキー先輩の姿を思い浮かべながら戦地に赴いたつもりなんだけど。  振り返ってきた雷に「今すぐ説明しろ」と目で合図を送ったがシカトされ、仕方なく廊下を進んだ。  滅多にないプチパニック状態で、雷が開いた襖の奥に目をやると案の定、──。 「………………っ」 「………………っ」  ───おい、話が違う。  なんでバージョンが変わってんだ。  たった何十分か前に茶髪のウィッグ付けてワンピース着てた人間が現在、宿の浴衣を着た、まんま男の姿。 座布団の上で男らしく胡座かいて、枝豆とスルメをつまみにビール飲んでるし。  こっちは雷から忠告受けて、失礼なこと言わねぇように寡黙な紳士貫こうとしてたんだぞ。  てか雷も驚いて固まってんじゃねぇか。  コンビニ行ってる間に性別変えるなら言っといてくれよ。 「修也先輩、……ッッ」 「おぅ、雷。 来いよ」 「修也せんぱ〜〜いッッ」  え、おい、ちょっと待て。  雷のヤツ、先輩の性別変化に驚いて目丸くしてたんじゃなかったのかよ。  「来いよ」の一言で一目散に先輩の懐に飛び込んで行った背中を、信じらんねぇ思いで見つめた。  そういえば束バッキー先輩の名前聞いてなかったから今初めて聞いたな。 どんな野郎で、二人はどんな関係で、ヤツがどんな趣向の持ち主でどんな仕事してんのか、俺は予備知識がまったく無えんだよ。  雷を必要以上に束縛してたって事以外は。 「迅クンもそこ座れば?」 「………………」  色々思うことはあったが、目の前の光景に処理が追い付かなかった。  とりあえず、雷が引っ付いてる束バッキー野郎から指差された場所に座る。  胡座をかいて、二人をなるべく見ないようにした。  いつまで抱きついてんだよ。 早く戻って来いよ。 すぐにでも首根っこ掴んで奪い返してぇの、拳が震えるくらい我慢してんだぞこっちは。  ただ雷は、俺が色々と教え込むまで童貞男子の異名を欲しいままにした純粋無垢な男だった。  っつー事は、この束バッキー野郎とはその手の経験をしてねぇってこと。  よし、それなら我慢できる。 あと一分だけ久々の再会の抱擁を認めてやる。  そう一分だ、一分。

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