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⑤御姉様 ─迅─④

 雷が腹減りで良かった。  一分と経たずに束バッキー野郎から離れた雷は、再会の抱擁もそこそこにコンビニの袋を物色するために俺の隣に戻ってきている。  まるで食欲の無え俺は、コンビニで買ったとは思えねぇクオリティーの高いコーヒーを目の前に、頭ン中で状況を整理しようと頑張ってみた。  出会い頭は女で、今は完全な男。  この束バッキー野郎は一体どっちがノーマルなのか、それだけでも雷に聞いときゃ良かった。 「泣く子も黙る喧嘩上等の藤堂迅クンってお前だったのかぁ」 「修也先輩、迅のこと知ってたのか!?」 「ヤンキーネットワーク甘く見んなよ。 迅クン、何人相手でもボッコボコにやっちまうらしいじゃん?」 「……売られた喧嘩は買う主義なんで」 「男前だねぇー!」  なんだそのネットワーク。 聞いた事無えぞ。  っつっても、過去俺にタイマン挑んできた野郎は一人や二人じゃなかった。  どこから聞き付けたのか、見た事無え制服の輩はもちろん、はるばる県外から来た奴らまで居た。 なんでそれが分かんのかって、そいつらはバリバリの方言使いだったからだ。  そういう情報が巡りに巡ってネットワーク通じて届いてるっつー事は、やっぱこの束バッキー野郎も俺らと同じ人種なんだろうな。 「修也先輩のとこまで迅の噂が広まってるって事?」 「まぁなー。 迅クン、charmant(シャルマン)ってショップに勤めてるだろ?」 「はい」 「雑魚に押し掛けられたりしねぇ?」 「まぁ、たまに」 「え!? そうなのか!? 迅のバイト先までヤンキー来んの!?」 「滅多に無えよ。 マジでたまにだ」 「そ、そうなんだ……」  へぇ、と苦笑いする雷が晩メシに選んだのは、無難な幕の内弁当。 俺も同じものを買ったが一向に食欲が湧かねえ。  胡散臭いネットワークで、俺の喧嘩事情だけじゃなくバイト先まで知られてたのも気味が悪りぃ。  男バージョンの方で居てくれて話しやすいのは確かだけどな、俺はダラダラとくだらねぇ世間話するためにここに居るんじゃねぇんだよ。 「迅クンの事は雷とのLINEでしょっちゅう話題に上るんだよ。 雷が世話になってるらしいな」 「ちょっ、修也先輩ッッ」  あ、そうなのか。 それならそうと早く言えよ。  俺の知らねぇとこでやり取りしてたのは「はぁ?」だが、悪い気はしねぇ。  軽率に暴露った束バッキー野郎に慌てた雷が、「それは言わない約束だろッ」とキレてるとこを見ると、俺の事を話題に出してたのはマジらしい。  なんだよそれ……すげぇ気分いいんですけど。  俺関連の話題出して顔真っ赤にして、束バッキー野郎に食ってかかるなんて脈アリとかそんな軽いもんじゃねぇだろ。  やっぱコイツ、俺のことめちゃめちゃ好きじゃん?  「雷の世話は大変だろー?」 「フッ……まぁ。 ガチで世話してます。 こんな天然記念物扱うの初めてなんで、そりゃあもう大変っすけど」 「おいヤリ迅!! さり気なくディスるな!!」 「ヤリ迅って?」  少しも表情を変えないまま、なかなか手が伸びなかったコーヒーを一口啜る。  美味い。 最高に美味。  雷が作った妙なあだ名についてを束バッキー野郎に説明してる間(ヘタ過ぎて何分もかかってたが)、雷が乗ってる座布団を引き摺って俺の方に寄せた。  内容は褒められたもんじゃないが、一生懸命俺についてを話してる雷の横顔は、柔らかそうなほっぺたに今すぐ食らいつきたいぐらい可愛い。  その調子で、もっと俺の事考えて耳まで赤くしてろ。 なんなら四六時中俺とのアレコレ思い浮かべて発情したっていいんだからな。  あー。 今まで目に入んなかったけど、窓の外の生い茂った木がライトアップされてキレイだわ。  俺と雷の部屋ってどんな感じなんだろ。  マジで情緒の無え旅になってっから、早いとこ浴衣に着替えてぇな。  先輩後輩の久々の再会談義ってやつに割り込んでる俺は、黙ってるしか無えんだが。 「───あ〜そういう事か。 そういや迅クンのそっちの噂もよく聞いてたな。 取っ替え引っ替えしてっから相当な数の女に恨まれてんじゃねぇの?」 「ほんとほんと! 喧嘩上等な噂だけならカッコイイ武勇伝になるのに、ヤリ迅は平日リア充エッチで多忙極めてたもんな!」  おい、やめろ。 唇の端っこにご飯粒付けて、ドヤ顔でこっち見んな。  お前の口からそういうの聞きたくねぇって、こないだ壁ドンして分からせたはずじゃなかったのか。 「……恨まれるような扱いはしてないと思うんすけど。 俺に期待するなって釘差してから付き合ってたんで。 てか付き合ってた感覚も俺には無えし」 「マジで!? 噂以上じゃん! 迅クン漫画に出てくるクソ野郎みてぇ!」 「うわぁ……ヤリチンリア充なんて滅びればいいのに」 「俺もうリア充じゃねぇから滅びねぇよ」 「んな事言って……何人の女を泣かせてきたんだっつのッ。 ヤリ迅はヤリチンの数だけ恨まれ続けろッ。 フンッ」 「………………」  プチ、プチ、……。  誰が漫画に出てくるクソ野郎だって? 誰がヤリチンの数だけ恨まれ続けろ、だ?  その伝説に終止符を打ったのはお前だろ、雷。  雲行きが怪しくなってきた。  ドヤ顔の次はご飯粒で飾った唇尖らせてツンツンしやがった、ガキみてぇな雷の粗相を取ってやりながら俺の眉尻がピキピキ動く。  束バッキー野郎も、ビール瓶三本空けて口がデカくなってるし。  数分前は最高に美味だったはずのコーヒーが激マズなんですけど。  雷にゃん、今日の大会は予選と本戦確定だ。  覚悟しとけ。

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